第98話 桔梗32

 永廻ながさこ恭子きょうこの前に立つと、私は彼女に謝罪した。

 吸血鬼になったのは、私の判断ミスからだと。

 そうしないと気持ちが収まらなかった。私の気持ちのどうこうなんて、彼女には関係のない話だから、身勝手な謝罪である。


 彼女は私の謝罪にあまりぴんときていないようだった。それに、鬼化したことに関して、怒りや悲しみ、あるいは喜びといった、何らかの特別な感情を持っているようには見えなかった。

 この一夜で、彼女は気持ちの整理をつけたのだろうか。それとも様々な感情が湧き上がるのはこれからなのだろうか。

 もしかすると、吸血鬼になったことで感情の動きすらも人間のものとは変化しているのかもしれない。


 それから我々とわかれたあとの話を聞いた。

 まずは彼女から、そして遅れてやってきた冴島理玖からも。

 二人の話は大筋において違いはなかった。


 森咲もりさきトオル、永廻恭子、冴島さえじま理玖りくの三人は公主の言っていた裏口へと向かった。向かった先には掃除用具入れのような小さな扉があり、中は窓のない真っ暗な部屋だったそうだ。

 何も見えないまま部屋を進むと反対側にも扉があった。そこが裏口らしかった。


 しかし、外へ出ようとしたところで神様が現れた。森咲トオルは二人に隠れるように言って自分だけ外に出た。


 以前、森咲トオルと神様が戦闘になった際、冴島理玖は巻き込まれて足を失いかけている。森咲トオルの身を心配した二人は、助けを求めて、私たちがいる公主の部屋へ引き返そうとした。


 そして見知らぬ男性に攻撃を受けた。

 その一撃で永廻恭子は瀕死の状態になる。

 相手は人が隠れているというだけで攻撃してきたらしい。そして、二人がまだ子供であるとわかったあとも尚、追撃しようとしてきた。


「僕が吸血鬼になれば、恭子さんを助けられるって思ったんです。失敗してしまったんですけれど」


 冴島理玖がそう言って、永廻恭子を見た。彼女は頷く。


「理玖くんならそうしかねないと思って、自分が先に道を進みました」


 鬼化することで復活した永廻恭子が応戦。チャイムが鳴り、笑い顔の人に止められるまで戦っていたそうだ。


 笑い顔の人とは、公主の眷属の一人だと思う。

 常に笑っているかのような表情の男性だ。背が高く痩せ型。飄々としていて、人懐っこい印象がある。だが会話らしい会話をした覚えはない。まだ無口である榎木丸潤也とのほうが話したことがあった。避けられたいのだろうか。


 戦闘後、二人は校舎から出て、アザミさんに会い、パトカーで病院まで向かった。


「恭子さんと戦っていた人、吸血鬼だったと思います。もう一人いた男性に、お前はわからないと思うけど、二人とも、つまり僕と恭子さんは迷子だって言ってました」

「うん。そうだと思う。私もあの人を見たときにそう感じたから」


 いなくなった迷子のうちの一人だろうか。

 体力に自信があれば、迷子期間から間を空けずに吸血鬼へと道を進むこともできるだろう。


 それにしても子供二人を足止めするために攻撃する必要はあったのだろうか。

 合図があるまで足止めするよう指示されていると、その男性は言っていたみたいだが、戦ったのはどう考えてもその男性の意思だ。

 今までに会った吸血鬼たちが、みな温厚な部類なので、殊更危険な人物に思える。


「そういえば笑い顔の人から去り際に、私も一緒に行かないかって誘われました」

「どこへ?」

「わかりません。これから先、吸血鬼として一人で生活していくのは大変だから、助けてあげるって、そんなことを言ってました」

「断った?」

「はい。ついていけば、もしたしたら涼子に会えるかもった思ったんですけど……」


 永廻恭子はそこでため息を軽くつく。


「あの人、私が死にそうになってるの知ってたみたいなんです。だから、信用できないなって……」

「そう」


 出来るだけ仲間を増やして廃校を去りたかったということだろうか。けれど、事情も知らされずその場に残されているメンバーも相当数いる。

 あのとき連行されていったメンバーたちは、立て篭もりもイベントの一つだと思っていたと話している。


 突入する側と立て篭もる側に分かれて戦うゲームだと。だから、途中でメンバーが減っていることにも疑問は抱かなかった。いなくなったメンバーは、突入側に回ったのだと思っていた。

 警察に連行されるということすらイベントの一環なのだと、そう思い込んでいる者もいたそうだ。


 

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