第79話 恭子27

 ツーブロックにカジュアルな麻のスーツ。

 若手の起業家といった風貌だ。

 喋り方が乱暴なので、下手な詐欺費の変装のようにも見える。


 ひとりぼっちサークルだとか、吸血鬼だとか、そういったものに興味があるとは意外に思えた。


「私、別に吸血鬼になんて興味ないんだけど」

「でも、なってんじゃん」

「あなたたちのことにも興味ないし。ここから出たいだけ」

「痛かったなー、さっきの。腹に穴が開いたよ、あんたの蹴りのせいで」


 舌打ちする。

 たぶん、誰にも聞こえなかったはず。

 怒りが沸点を越えそうだ。


 ただでさえ、身体は力が満ち満ちていて、ここから飛び出したくてうずうずしているのに、怒ったりなんかしたら、もうすべてを滅茶苦茶にしてしまいそうだ。

 深呼吸で誤魔化す。

 そのとき、ずっとかすかに聞こえていた足音が、こちらに向かってきた。

 さっきここにいたもう一人だろう。

 二対一で勝てるだろうか。理玖くんを守りながら。


「そもそも誰のせいだと思ってんの」

「知らないよ」


 そこでようやく足音の主が姿を現す。

 金髪にアロハシャツ。でも悪者というよりは、浮かれた大学生のような感じだ。


「突入された! 合図があるまではそのまま!」


 合図?

 目の前のツーブロックの人は、わざとらしく肩をすくめる。


「この瞬間から、俺の役目はここであんたを足止めさせることになったから」

「意味わかんないんだけど」

「俺だってわからないよ」


 殴りかかってくる。


「足止めするだけなら、戦わなくても良いんじゃないの」


 そう言いながら避けるために身を屈める、そこに相手の膝が入った。


「こんな力があるのに、使わないなんて損だろう?」


 鼻と、あとどこからかわからない部分から血が噴き出した。

 もったいない。

 血が目に入ったので肩口で拭った。

 洋服のあちこちが血で汚れている。

 洗濯しても落ちないだろう。気に入っていたのに。

 その前にこの格好のまま家には帰れない。

 誰かに服を借りないと。

 伊織さんに電話すれば持ってきてくれるだろうか。

 そこで少しだけ笑った。

 何を考えているのだろう。

 まだ大丈夫だ。

 私は。


 戦いは五分五分だった。

 相手は喧嘩に慣れていると思う。


 私は自分が応戦できていることに驚いた。誰かを相手にして戦うなんて、体育で柔道をやったとき以来だ。

 たぶん、私のほうが早く動けているからだと思う。

 それはもともとの運動能力の差ではないだろう。私はそこまで運動ができたわけではないし。


 どたばたとして、全然洗練されてない、見苦しい身のこなしだけれど、相手より早く動けばそれをカバーできた。


 金髪の人は最初、離れた場所で私たちを見ているだけだったけれど、ツーブロックの人に指示されて理玖くんを確保するために走ってきたから、遠くに投げ飛ばした。


 しばらくは床に転がっていて、そのあとはちゃんと立ち上がって階段があるほうへ向かった。

 仲間を呼びに行ったかもしれない。

 けれど、今それを不安がってもしょうがないから、気にしないようにした。


 時折、理玖くんが無事かどうかを確認した。

 そうすることで冷静になれた。


 いつの間にか、こんな状況に流されてしまって、私はいったい何のために戦っているのか、わからなくなるからだ。

 楽しいから身体を動かして、戦っている。そんな風に思ってしまう瞬間があった。

 

 そうして、それは、聞き慣れてはいるけれど、今のこの瞬間には相応しくない、学校のチャイムの音で唐突に終わった。

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