第77話 恭子25

 理玖くんは、子供の自分が出て行けば二人の戦いをやめさせることができるのではないかと思ったのだと言っていた。

 だから二人の間に割って入ったらしい。

 つまり、今回もその選択をする可能性がある。

 その考えに至った瞬間に理玖くんが立ち上がった。


「出たら駄目!」


 手を伸ばして指に触れた洋服を掴む。


「でも」


 焦った声。


「中のほうが安全って言ってた。あの人なんでしょ? 理玖くんの足を」

「だから助けにいかないと!」

「子供にそんなことさせられないよ」


 理玖くんの声に感化されて、自分まで焦って早口になってしまった。そうすると、私の声でさらに理玖くんも焦ってしまうだろう。まずは自分が冷静にならないと。


「大丈夫。さっきの部屋に戻ろう。あそこには桔梗さんもいるし」


 私がそう言うと、理玖くんの身体から力が抜けたのがわかった。


 先に部屋の反対側へと歩き出す。

 まっすぐ歩いてきたつもりだったけれど、反対側に着いても扉はすぐに見つからなかった。


 二人で手分けして探し、いざ見つけて開けようとすると、扉の向こうで話し声が聞こえた。

 扉に耳を当てる。


 誰だろう。公主ではないことはわかる。イベントの参加者? それともあとを追ってきた桔梗さん?


「警察の人がここまで来たんでしょうか?」


 思ったよりもすぐ近くで理玖くんの声がした。

 若い男性が二人で喋っているように思えた。そうなると桔梗さんではないだろう。

 理玖くんの言う通り、警察だろうか。


 このままやり過ごそう。

 その言葉は最後まで言えなかった。


 衝撃。

 身体のあちこちから何かが折れる音が聞こえた。

 それから身体が熱くなった。

 何が起こったの?

 落下する感覚。

 頭が揺れて気持ち悪い。

 頬に冷たい床が押しつけられる。

 倒れた?

 早く立ち上がらないと。

 理玖くんを守らないと。

 でも手足がどこにあるのかわからない。


「警察________女子高生と……あと子供だ」


 誰かの声。


「え? ____殺し_____ヤバいじゃん」


 もう一人別の人。


「死んでないよ。お前、__________二人とも迷子だよ」


迷子?


「それこそ、______ないの? こっちの仲間か_____のに」

「そんなの_____ないじゃん」

「もしそうなら、こんな____コソコソ_____わけないよ」

「せっかく______てるのに、後ろからやられたりなんかしたら……」

「そうか____見回りにきて良かったな」

「まだ仲間が______ない」

「わか___俺見てくるよ」


 空気が動いた。

 誰かが近くにいる。


「_________こさん」


 震えている声。

 これは誰だっけ?


 目を開けてみる。

 何も見えない。

 私は瞼を開けられているのだろうか?

 頭を少しだけ動かした。割れるように痛い。

 男の子がいる。

 知っている子だ。

 顔が強張っている。

 かわいそうに。

 綺麗な目がどこかを見ている。

 つやつやした大きな瞳だ。

 その瞳の中にどこかの風景が映っている。

 目の前の景色を、そのまま反射している。

 今この子は、綺麗な夕空を見ているのだろう。

 だめだ。

 だめだ、だめだ。

 その道は進まないこと。

 そう言われた。

 この子はその道を進もうとしている。

 選ぼうとしている。

 進んだら帰れなくなる。

 こんなに小さいのに。

 大丈夫。

 心配しないで。

 代わりに私が行くから。




 冷たい風が吹き付けてきて目を閉じた。

 湿った風だ。

 冷たいけれど気持ちが良い。

 風がおさまったので目を開ける。

 草花で覆われた高原が広がっていた。その真ん中を、木製の遊歩道が続いている。

 近いようで遠い山々。

 星がまだいくつか輝いていた。でも、もう夜明けが近い。

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