第64話 理玖21

 そこから、知り合いの人も加わって校内に入った。


 トオルさんも桔梗さんも断るのかと思った。けれど、二人は一瞬顔を見合わせて無言で相談みたいなことをしたあとで、「お好きにどうぞ」とトオルさんが言った。


 昇降口の隣の扉から中に入って、一度二階へ上がり隣の校舎へ移る。


 トオルさんが一番前を歩いて、その次に知り合いの人。そして僕と恭子さん。一番後ろは桔梗さんだった。


 中に入ってからも、僕と恭子さんは手を繋いだままだったので少し恥ずかしかった。でも恭子さんは気にしていないようだった。だかは僕も気にしていないふりをした。

 恭子さんが緊張しているのが繋いだ手から伝わってきたから、恭子さんのために、そのままのほうが良いのかもしれないと思ったのだ。


 そこかしこから声が聞こえてくる。大きくはないけれど、学校の空気が小さく振動しているような感じだ。

 前回来たときは誰もいなかったのに、今日は最初の校舎にも、隣の校舎にも、人がたくさんいたからだ。


 トオルさんくらいの年齢の人が一番多くいたと思う。もっと若い人と、もっと年上の人はちらほら。


 みんなひそひそ声で話しているのに、僕たちが通り過ぎる時には話すのをやめて、じっと僕たちを見ていた。少し怖かった。でも同じくらい向こうの人たちも、怖がっているような気がした。


 校長室の前に来ると、トオルさんが一度振り返る。


 僕もつられて振り返った。

 桔梗さんと目があった。桔梗さんが頷いたので、僕も頷く。どんな意味かはわからない。


 ノックをした。公主のあの低い声が聞こえる。


 扉を開けて順番に中に入る。

 人の隙間から公主が見えた。

 前と同じように大きな机の向こうに座っている。

 すると知り合いの人が躓いた。

 固い音が響く。

 躓いた拍子に何かが落ちたのだろうか。

 それは部屋の奥まで転がっていったみたいだ。

 トオルさんと恭子さんは、咄嗟に知り合いの人を支える。

 繋いだ手がはなれる。

 僕は転がったものが気になってしゃがんだ。

 何かは机の左隣を通り過ぎて、壁にぶつかって止まったのだと思う。

 床に液体が広がっていた。

 なんだろう。

 光を反射しているのがわかった。


 鏡みたいだ。


 そうわかった瞬間に、そこから真っ黒な塊が飛び出してきた。

 水面から出てくるみたいに。

 音はない。

 だからその場面を見たのは僕だけだったと思う。

 黒い塊はそのまま公主の背後に回った。

 その時点でみんなが異変に気づいて、動きが止まる。

 桔梗さんだけが素早く部屋の中に入って、僕らを庇うように前に立った。


 人だ。

 ヘルメットに付いている透明なもので顔は覆われていた。口元は布で隠れていて、目の部分しか出ていない。その目はまっすぐ公主を見ている。

 濃い紺色の服の上に黒い防弾チョッキみたいなものを着ていた。

 息をしていないんじゃないかと疑うくらい、ぴくりとも動かない。


 公主は微笑みながら、ゆっくりと両手を上げる。

 その人が何か囁いた。


「そうだよ。僕がきみらが言うところの三月うさぎ。こんな大袈裟なことをしなくても、普通に会いにきてくれて良かったんだよ。まったく、床が汚れてしまった」


 公主は目線だけで水溜りを示す。


 それから一呼吸おいて、可愛らしく笑う。


「でも、きみにはずっと会いたかったんだ。バックドアくん」

 

 

 

 

 


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