第56話 桔梗18

 もちろん苗字が同じで顔が似ているからといって、血縁者であるとは限らない。可能性が高いくらいにしておこう。無視できない程度ではあるけれど。


 五年前なら、私はまだ学生だ。

 この事件について私は何も覚えていない。


 警察官が起こした殺人。これが本当ならセンセーショナルだし、もっと世間は騒いだはずだ。私が覚えていないということは、警察官が犯人ではなかったということなのか。


 ネットで調べてみると、この事件についての記事はあるのだが、警察官が犯人かもしれないという記述はなし。


 犯人は未だ逮捕されていないようだ。ならば現在も捜査は続いているだろう。


 そもそも、この事件について調べてファイルにまとめていたのは誰だろうか。


 普通に考えれば記者。二番手に家族。


 一般人がおいそれと入手できない捜査員の日誌のコピーまであるから記者だろうか。

 家族だったら眷属の青年がこのファイルの持ち主であるかもしれないのか。


 持ち主本人の考えなどは見当たらないけれど、集めてある情報から察するに、この人物は犯人が警察官であると考えているらしい。


 なぜ持ち主は手放したのか。

 それとも、置いていったのか。


 このファイルがあの部屋にあった理由についてもわからない。


 あの男性が置いていったとは思えない。こんなまどろこしいことをするタイプではない気がする。彼ならば、読めと言って渡してくるだろう。


 そもそもこんな遠ましなやり方では、読んでほしいものも読んでもらえない。私が拾わなかったらどうするのだ。


 私に読ませたかったわけてはないか、もしくは別に読んでもらいたくて放置したものではない、ということなのだろうか。

 うっかり忘れるような物でも場所でもない。


 資料室へ入ることができるのは、あの男性を除けば警察関係者。


 あと、バックドア。


 それがこっそり侵入できる裏口の意味だとしたら、あそこに鏡さえあれば、自由に出入りできる人間がいることになる。

 資料室に鏡はあっただろうか?


 しかし、吸血鬼たちの口ぶりからすると、その出入り自由な人物は警察側にいるのだろうから、そんな特殊なやり方をしなくても良さそうだ。


 つまり、私がどれだけ考えてみても何もわからない。そういうことだ。


 眠くはないがコーヒーをいれた。


 筋トレでもしようか。

 しかし揺れというのも結構近所迷惑なものだ。真夜中だし。疲れて眠くなっても嫌だ。


 テレビをつけてぼんやりしていると電話がなった。


 アザミさんからだ。

 森咲トオルが本物の吸血鬼になり、子供を吸血鬼化させたという知らせだった。


「すぐ登庁します」

「いや、このまま聞いてくれ。彼がついさっに戻ってきた。彼は本当に森咲トオルのところにそのまま向かったんだ。戦闘になり、子供が巻き込まれた」


 彼とはあの資料室の男性か。


「その子供は?」

「彼が言うには、片足が切断されたと」


 息をのむ。


「おそらく、森咲トオルが変化したのもその子供を助けるためだと思われる」


 吸血鬼の血液によって怪我の治癒がのぞめるのだ。ただその子供が吸血鬼になることを選択するかは賭けだっただろう。


「じゃあ助かったんですね?」

「わからん。最寄りの警察に現場を確認させているところだ」


 切断されたのなら大量に出血しているはずだ。傷が治るとはいえ体内の血液量が増えるとは思えない。すぐ病院に行ってくれていると良いが。


「なぜこんな夜中に子供が? 戦闘は市街地だったんですか?」

「山の中の神社らしいよ。どうやらその子供と森咲トオルとは面識があったようだ」

「そうですか」

「きみが明日……いや、もう数時間後だね。現地に向かうのは変わらない。ただ、森咲トオル本人からの事情聴取は避けてくれ。危険だからね」

「危険……そうですね」


 最近温厚な吸血鬼にしか会っていないから実感はないけれど、彼らは国家を転覆させ得るほどの強大な力を持つ存在なのだ。


 だから我々が見張っている。


「森咲トオルの出方によっては他の吸血鬼に協力を要請して彼を狩ることになる」

「狩るって、殺すんですか?」

「逮捕、勾留なんてできないからね。あくまで向こうの出方次第だよ。そういった荒事を避けるのが我々の仕事だ」

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