(111)シヴァの過去

~紗彩目線~



 おもいきり泣いた私は、現在ラーグさんにゴシゴシと濡れタオルで顔を拭かれている。



「こんなものか。…………断るにしても受けるにしても、団長と話す必要があると思うぞ」

「そうですよね…………第一執務室にいるでしょうか?」

「…………どうやら、本人がお迎えに来たようだぞ」



 ゴシゴシと拭われたタオルが離れ、視界が明るくなる。

 ラーグさんは、私の鼻水や涙で汚れたタオルを洗いながら言った。


 まあ、確かにシヴァさんに言う必要があるだろう。


 まだ第一執務室で話し合いをしているのだろうかと思い言えば、ラーグさんが入り口の扉を見ながら言った。

 どういう意味だと思い見れば、扉を開けたシヴァさんと目が合った。


 …………全く気付かなかった。



「サーヤ」

「シヴァさん」

「話をするのなら出て行ってもらえると嬉しい。さすがに、団長までいたら邪魔になる」



 シヴァさんを見ていると、ラーグさんにジトリと睨まれながら言われてしまった。

 ラーグさんに言われた通り、厨房を出てシヴァさんと廊下を歩く。

 窓の外を見れば、空は少し赤くなっていた。


 …………もう、そろそろ夕方か。


 そう思ってると、シヴァさんに話しかけられた。



「…………お前はどうしたい?」

「…………私は、城で働きたいとは思いません」

「そうか…………保護者の件だが、お前さえよければ俺でもいいだろうか?」

「…………いいんですか? その……ご迷惑になりますし」

「別に、迷惑じゃない…………ただ聞いてほしいことがある」



 シヴァさんの言葉を聞いて、少し意外だと思った。


 少なくとも、彼は確か私の保護者になることを嫌がっていたはずだ。

 雰囲気的にだが。


 そう思っていると、シヴァさんが真剣な表情を浮かべて私を見た。



「知っていると思うが、俺はハーフだ。狼の獣人と吸血鬼の。お袋と俺の立場は悪かった。お袋は、いつもあいつに取り入った尻g……まあ侮辱の言葉だな。俺は、知能の低い畜生だと見下されていた。あいつは、お袋と結婚してあげた可哀そうな聖人君主という扱いだった」

「は?」



 シヴァさんの言葉に、私は思わず自分の耳を疑ってしまった。


 別に、ハーフに関してはどうとも思わない。

 今までだって、直接ではないけどなんとなくそうなのではないかと思うような話題もあったから。


 でも、それ以降の話が悪かった。


 シヴァさんが、知能の低い畜生?

 誰だ、彼にそんなことを言った奴は。


 あいつっていうのは、たぶん話の流れからしてシヴァさんの父親だろう。


 父親の話をしている時だけ、シヴァさんの表情が非常に怖い。

 眉間にしわが寄っているし、何より普段のシヴァさんからは想像もつかないような冷たい雰囲気を纏っている。

 少なくとも、母親とは違い父親に対しては非常に嫌な感情しか抱いていないんだろう。


 まあ、話からして明らかに母親て父親の扱いの差があるし。


 なんとなくだが種族は理解できる。

 母親が狼の獣人で、父親が吸血鬼だろう。



「意味が分かりません…………。なんで、シヴァさんたちがそんな扱いを受けなければ……」

「吸血鬼にとって、いや奴らと一緒にしたらまともな吸血鬼たちに失礼だな。奴らにとって、純血種である存在こそが尊い存在。純潔でない存在は、ただのゴミ。自分たちが認めた種族以外は、低能な生き物。…………それが、血統主義って奴だ」



 『血統主義』。確か、前にアルさんが教えてくれた思想。


 魔族と精霊族の一部にいるんだっけ?


 はっきり言って、もう思想というよりはただの差別じゃないか?。



「…………クソじゃん」



 本音が出てしまったけど、後悔はしていない。


 いったい、何様のつもりなんだろうか?


 別に、どういう思想を持っていようがそれは自由だ。

 でも、それで他人を侮辱していいっていうの?


 怒りに震えていれば、シヴァさんが悲しげな表情を浮かべていることに気づいた。



「…………俺は、実の親から愛されたことはない。お袋は、とにかく俺を守ってばかりだった。お袋の背中しか知らない。奴からは、父親らしいことをされたことがない。…………いや、まず奴を父親とすら認めたくない。いつもいつも、お袋以外の女を連れていた。…………異母兄弟だって、何人いるかもわからない」



 シヴァさんがそう言いながら取り出したのは、一枚の紙だった。


 ところどころ黒ずんでいる白色の紙。

 表には女性の寂しげな顔が映っていて、裏側は白色だ。


 なんというか、元の世界にある写真に似ている。



「……それ」

「複写魔法で紙に写したお袋の顔だ。…………もう、お袋の声すらうろ覚えだ。でも、絶対に忘れたくないんだ」



 シヴァさんは、紙を写っている女性の髪を撫でるように触る。


 手つきは優しいのに、彼の瞳は寂しさと悲しさに揺れていた。



「『親父』が教えてくれた。生き物には、三つの死がある。一つ目は、心が死んだとき。二つ目は、心臓が止まった時。…………三つめは、誰かの記憶から忘れ去られ消えた時。だから、俺は絶対に忘れない。何がなんでも覚えている。…………お袋に、三回目の死を迎えさせないために。…………何度も思ったさ。奴じゃなくて、『親父』が実の父親だったらってな」



 そう言ったシヴァさんは、軍服の上着のポケットに紙をしまう。


 そして、私を見るシヴァさんの瞳はもう揺れてはいなかった。

 シヴァさんは、真剣な表情を浮かべて言った。






「…………これが俺だ。騎士団長ではない、シヴァという一人の男だ。お前はハーフに対して差別思考を持っていない。それは知っている。だが、俺はうまく保護者らしいことができる気がしない。『親父』からは愛されたが、自分で出来るかと言えば自身がない。こんな俺でもいいか?」

「私は、シヴァさんがいいです」

「そうか…………これから、よろしくな」

「はい!!」






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