(105)銅像と首なしの怪異は努力家
~紗彩目線~
トイレから離れた私達は、また廊下を歩いていた。
「それにしても、見つからないもんだな」
キョロキョロと前後を見ながら言うレオンさん。
確かに、いまだに侵入者は見つかっていない。
この異空間のデメリットからして、侵入者はどこかにいるはず。
とは言っても、その侵入者本人はいまだに見つかっていないけど。
「隠れている可能性もあるんじゃないですか?怖いのが苦手っぽい発言をしていましたし」
「なら、やはりどこかに隠れているんだろうな」
「ですが、まだ行っていない場所はありますからね。そこにいる可能性もありますからね」
オズワルドさんとレオンさんの会話を聞きながら、思わず遠い目をしてしまう。
何しろこの建物は違う点もあるけれど、基本本部と似た作りをしている。
そのためか迷うことはないけれど、探す場所が非常に多い。
もともと大国を守る騎士団本部とあって、そこで暮らしている騎士も多いから部屋数も多いし。
…………というか、これって見つかるのか?
そう思いながら内心ため息を吐いていれば、廊下の奥からギシギシという音が聞こえてくる。
…………また、怪異かな?
もう、そろそろ怪異側も襲っても無駄だということを理解してほしいんだけどな。
この二人がいると、いろいろとツッコみを思わずしてしまうから疲れるんだけど。
そう思っていると、廊下の向こうからやって来た人物の姿がわかった。
グレーの手足。
グレーの本。
背中には、グレーの焚き木をのせた木材らしきもので作られたリュックのようなもの。
グレーの体に刻まれている、着物の形のような線。
それは、小学校時代に学校の校門の近くにあった『二宮金次郎像』だった。
…………というか、なんで二宮金次郎像?
あれって、別に怪異って扱いじゃない気がするんだけど。
たしか、二宮金次郎像は二宮尊徳という江戸時代後期に報徳思想を唱えた農政家を元にした像なんだっけ?
なんだっけ?
「至誠報徳」の教えのためだっけ?
確か昔は金属で作られていたけど、大東亜戦争に入ってから金属供出によってコンクリートとかで作られるようになったんだっけ?
少なくとも、怪異という扱いを受けるのはちょっと失礼な気がするんだけど。
…………そういえば、学校の七不思議にあったな。
夜中に歩き回る二宮金次郎像。
もしかして、二宮金次郎像がこの空間にいる理由ってそのせい?
そう考えているうちに、二宮金次郎像が近づいてくる。
目の前を歩いていたオズワルドさんが、腰に差してある剣に手を添えて警戒をしているのがわかる。
個人的に、二宮金次郎像は歩いているだけだから他の怪異と違って特に私達に悪影響はないと思うんだけど。
そう思っていると、二宮金次郎像が私達のことに気づいたのかペコリとお辞儀をして道を開けてくれた。
…………あら、優しい。
「おお、こんにちは」
お辞儀をした二宮金次郎像に対して、レオンさんも挨拶をしながら頭を下げている。
…………なんか、いっきにさっきまであった緊張感がなくなってしまった。
でも、確かに二宮金次郎像には今までの怪異のようなピリピリとした雰囲気がない。
…………もしかして、敵意がないのだろうか?
そう思ったのは私だけじゃなかったのか、目の前にいるオズワルドさんも警戒を解いていた。
「勤勉なのはいいが、何かを見ながら歩くのは怪我をする可能性があるから危険だぞ」
「ああ。勤勉な部分は褒められるが、どこかで座って集中したほうが頭に入るぞ」
オズワルドさんとレオンさんがまじめな表情で言った言葉に、二宮金次郎像はまたペコリとお辞儀をして開いていた本をしまってどこかに行ってしまった。
そんな状況に、私は思わず思ってしまった。
…………いや、うん。
確かに二人の言う通り、本を見ながら歩くのはちょっと危ないけど!
ながらスマホは危険とか言われている時代から来た私も同じことは思ったけど!!
なんで!!
こんな異空間で!!
明らかに普通そうじゃない相手に対してそんな普通な対処法を示しているの、この人達!!
…………早く、帰りたい。
心の中で泣きそうになりながらも、私はそんなことをおくびにも出さずについて行く。
とりあえず、侵入者を見つけた暁には私が作った対変質者用の道具を使ってやる。
心の中で侵入者に対して「はげろ」だの「家具に足の小指をぶつけて悶絶しろ」だの文句を言っているうちに、鍛練場についてしまった。
鍛練場は、学校の体育館のように道具を入れるための部屋がある。
いろいろな道具が置いてあるから、隠れている人間がいれば意外に陰になって見えにくい。
だから、ここに隠れている確率もある。
そう思いながら、鍛練場の扉を開ければ首のない半透明な何かがいた。
暗い鍛練場の中でぼんやりと光っている、半透明な首のない体。
その手は、まるでバスケットボールの球のように自分自身の首をついている。
とりあえず、思ったこと。
なんで、ここで七不思議の大して怖くもない怪異が出てくるんだろうか?
いや、テケテケとか落ち武者とかは怖いよ?
山姥もきっと悲鳴を上げていれば、優しいお婆ちゃんにならなかったと思うよ?
でも、二宮金次郎像も首のないバスケットボール部員の幽霊も大して怖い存在じゃないじゃん!!
元になった二宮尊徳に謝れよ!!
というか、テケテケって都市伝説じゃん!
落ち武者は知らないけど、動く二宮金次郎像とか首のないバスケットボール部員は七不思議じゃん!
せめて、七不思議なら七不思議で統一しろよ!
都市伝説なら都市伝説で統一しろよ!
…………もうやだ、この空間。
そしてそんな私を置いて、オズワルドさんとレオンさんは首をかしげている。
もう、この人たちも何も言わずにそっと扉を閉めてほしい。
切実に。
主に、私の精神衛生上のために。
「何をやっているんです、彼?」
「毬つきという遊びじゃないか?」
「いや、頭ですよ?」
オズワルドさんとレオンさんの会話に、思わず心の中で頭を抱えてしまった。
お願いだから、もう怪異なんて無視して探そうよ。
そう思うが、二人は幽霊に対して話しかけている。
「もしかしたら、何かの鍛錬なのかもしれないな」
「なるほど…………だが頭を使うのは怪我の心配がありますよ」
「鍛練もいいが、ほどほどにするんだぞ。怪我したら、元の子もないからな!」
レオンさんとオズワルドさんの言葉に、幽霊が持っている本人の首を非常に微妙そうな表情を浮かべている。
例えるのなら、予想していた反応を貰えずどうすればいいのか困った表情だった。
鍛練場を調べた後、他の部屋に行こうと思い廊下を出て歩いていれば座り込んで正座をしたまま本を読んでいる二宮金次郎像に出会った。
「本当に勤勉なんだな」
「それに礼儀正しい」
「きっと、将来はしっかりとした大人になるでしょうね」
立ち上がってお辞儀をした二宮金次郎像に対して、褒めるオズワルドさんとレオンさん。
そんな二人に、ポリポリと恥ずかし気な表情を浮かべながら頭を掻いている二宮金次郎像。
…………早く帰りたいと思うのは、私だけなんだろうか?
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