(81)チョコレートクッキング

~紗彩目線~



 厨房についた私達は、目の前の台の上に広げられている道具たちを見ていた。


 実家でも見たことがあるものもあれば、全く見たことのないものもある。

 なんというか、有名なレストランの厨房という感じだ。


 いくつかの道具の中に、埋もれるようにしておいてあった丸い型もあった。

 大きさ的には、コンビニに売っているおにぎりのような大きさもあれば、スーパーに売っているようなチョコの大きさのものもある。



「あ……型はあるんですね。というか、この大陸でのお菓子と言うのはどう言うものなんですか?」

「………………これだ」

「…………うわぁ」



 この世界のお菓子が気になりラーグさんに聞けば、一冊の本を見せてくれた。

 その本の表紙には、【お菓子の作り方】と書かれていた。

 たぶん、料理本ならぬお菓子本なのかもしれない。


 その本を開けば最初のページにこの世界のお菓子の写真が載っているんだけど…………これ、お菓子と言うよりケーキでは?


 載っていたのは、高級なお店に並んでいそうなケーキの写真だった。

 他のページを見てみても、すべてケーキの写真だった。


 え、この世界だとお菓子って高級なケーキなの?

 クッキーは?

 ガムは?

 グミは?

 シュークリームは?


 一応、チョコレートはあったけど。

 載っている写真を見たかぎり、たぶんチョコレートは飾り用なのかもしれない。


 そう思ってノーヴァさんに聞いてみれば、チョコレートは板型で持ち運びはしにくいけどケーキとは違って一応持ち運びは可能だから食べているらしい。


 …………ここに来た日本人の方、できれば一般的なお菓子の方も普及させてほしかった。


 とはいっても、私自身作れるのは一般の家庭でも作れるものばかりだ。

 こんな、明らかにパティシエが作っていそうなケーキなんて作れない。

 ケーキで作れるとしたら、パンケーキぐらい。



「申し訳ないのですが、私はこういうものは作れません」

「…………簡単なものを教わると聞いた」

「本当に、子供でもできるものですけど」

「…………問題ない。教えてくれ」



 ラーグさんに心配になってそう聞けば、問題ないと言われた。


 とはいっても、何を作ろう?

 一言に家で作れるお菓子とは言っても、いろいろある。


 チョコは湯煎して型に入れるだけだから、一番簡単かな?

 蒸しパンもあるし、クッキーも作れる。

 他にも、ある程度の道具があれば作れる。


 とりあえず、ノーヴァさんに聞いてみよう。



「えっと、どういうものがいいですか?」

「チョコレートは?もうちょっと、持ち運びしやすくなるものない?」

「チョコでも、いろいろありますよ?基本、板チョコを湯煎することから始まりますから」



 そういえば、ノーヴァさんが前に教えてくれた。

 チョコレートは、板の形のものしかないって。


 ケーキに乗っているチョコは、専用の型がないと作れないって。

 別に専用のものを使わなくても、触った感じでは厨房にある型の素材的に使っても問題はなさそう。


 そう思いながら言えば、ラーグさんとノーヴァさんは首をかしげていた。



「……………………湯煎?」

「湯煎って何?」

「…………マジですか」


 

 首をかしげながら言う二人に、思わず心の中でうなだれてしまった。


 まさかのそこからですか。


 いや、でもこの世界ではケーキ以外のお菓子はチョコしかなさそうだ。

 それにチョコも専用の方しかないらしいから、もしかしたら専門用語的な扱いなのかもしれない。


 …………これ、ちゃんと教えられるか不安なんだけど。



「えっと、まずはチョコを刻みます」

「…………大丈夫か?」



 台の上に乗り、準備を始める。


 ラーグさんに頼んで用意してもらったのは、五つ。

 複数の私にとっての普通サイズの板チョコ。

 三本の包丁。

 白色のまな板。

 そして、鍋とボウルだ。


 ラーグさんとノーヴァさんは普通の大きさの包丁で、私は包丁の中で一番小さな包丁だ。

 一番小さな包丁で、私が知っている普通サイズの包丁。

 他の包丁は、もう私にとっては包丁と言うよりは完全に武器にしか見えない。


 包丁を持って見えやすいようにチョコを掲げながらそう言えば、ラーグさんがポツリと言った。



「大丈夫です。料理は、一応ある程度はできますから」



 ラーグさんの言葉に答えながら、板チョコを刻んでいく。

 それにしても、板チョコが私の知っているサイズでよかった。


 そう思いながらザクザクと刻んでいけば、左隣でラーグさんが慣れた手つきで複数の板チョコを同時に刻んでいた。

 さすがと言うべきか、普段から包丁を使っている手つきだった。


 一方、私の右隣ではノーヴァさんが苦戦していた。

 包丁が滑りそうになったり、指を切りそうになったりと見ていてものすごくハラハラする。

 そういえば、私も初めて友チョコを作る時もこんな感じだったな。


 過去を思い出しているうちに、板チョコをすべて刻み終わったことに気が付いた。



「刻みましたね?刻んだチョコはボウルに入れます。そのつぎに、この鍋にお湯を入れます」

「これには入れないの?」

「…………混ざりますよ?」



 ザラザラと音を立てながら刻んだチョコを入れていると、ノーヴァさんがお湯を入れた鍋を指さして言った。

 そんな彼の言葉に、私は思わず内心呆れかえりながら言った。


 さすがに、お湯が混ざったチョコは食べたくない。


 そう思いながら、お湯が沸騰したのを見てボウルを持ち上げる。



「チョコを入れたボウルを、お湯が入っている鍋の中に入れます。火傷に注意してください」

「ああ」

「あ、溶けてきた」

「混ぜます。そして、この後はこの型に流し込みます」

「それは、おにぎり用だぞ?」

「この素材なら、チョコにも使えます」



 鍋の中にボウルを入れ、ヘラでかき混ぜているとノーヴァさんが嬉しそうな声音でボウルの中を覗き込んでいる。

 ヘラでかき混ぜていれば、少しずつチョコが溶けて、厨房の中にチョコの甘い香りが広がっていく。


 説明しながら型を持つと、不思議そうに首をかしげながらラーグさんが言う。

 というか、やっぱりおにぎりもあるんだ、この世界。


 でも、まあこの素材的には問題ないからいいんだけど。

 そう言いながら、型の中に溶けてトロトロになったチョコを流し込む。



「そして、これを冷やします。これで、板チョコよりは食べやすくなります」



 冷蔵庫がどこだろうと見まわすと、ラーグさんがさりげなく型を持って入れてくれた。

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