(41)小さな光
~セレス目線~
サーヤちゃんに男だとバレた。
でも、この子は態度を変えなかった。
団長たちのように。
でも、アタシにはそれが不思議で仕方がなかった。
子供っていうのは、悪意なくそういうのを抉ってくると思っていたから。
『男なのに気持ち悪い』
…………ああ、昔言われた嫌な言葉を思い出してしまった。
アタシだって、好きでこんな口調になってわけじゃないのに。
これは、ある意味癖のようなものなのに。
「…………ねぇ、サーヤちゃん」
「?なんですか、セレスさん?」
「どうして、態度を変えないの?」
「え?」
「アタシは男だった。男が、女の言葉を話すのはおかしいでしょ?」
だって、そうでしょ?
あいつらは、アタシが女でいることを望んだ。
男の口調で話せば、鞭がとんできた。
だから、この口調で話すことが癖になった。
でも、普通に考えればおかしいと思われる。
それに、アタシは騎士。
ただでさえ、団長たちのようにがっしりした体格じゃない。
それに、この口調で一部から女だと思われている。
てっきり、サーヤちゃんも女だと思っていて男だとわかった瞬間何か言われるのかと思った。
でも、違った。
「え?だって、それっていわばセレスさんの個性の一つでしょう?」
「こ……せい……?」
「はい。それに、どんな話し方をするのかなんてセレスさんの自由ですし」
まるで、どうしてそんなことを言うのかわからないと言いたげな声音だった。
この子、無表情だけど声音でだいたい思っていることがわかってしまう。
だから、この子は本当にそう思っているのね。
それにしても、個性。
そんなこと、初めて言われたわ。
自由も、初めて言われた。
この子は、アタシの話し方をおかしいと思わず『個性』というたった一つの言葉で片付けてしまった。
そう思うと同時に、心の中でストンと落ち着いた気がする。
そうか、『個性』か。
おかしいと思っているのに、アタシは話し方を直そうともしなかった。
今になって、わかってしまった。
アタシは、この話し方がアタシの話し方だと認めていた。
癖なら、よほどのことがない限り努力すれば直せるのに。
「自由…………ふふ、サーヤちゃんっていい子なのね」
「いい子なのかは、いまいちわからないのですが」
いい子…………ううん、この子は暖かい子だ。
自分の考えも価値観も押し付けてこない。
でも、アタシのことを哀れみもしない。
「いい子よ。…………アタシはね、可愛いものが好きなの。誰かを飾り立てるのが好き。自分が作ったり選んだりしたものをあげて、使ってもらうのも好き」
あいつら__アタシの両親は、本当は女の子が欲しかったらしい。
アタシは物心がついたころから、両親から男であることをなじられた。
あの頃は、困ったわ。
性別のことを言われても、アタシにどうすることもできないもの。
でもアタシが可愛いものが好きだということを知って、今までの態度とは正反対になった。
当時は、アタシも嬉しかったわ。
可愛いものが好きなんて、男らしくない。
余計に嫌われてしまうって。
でも、可愛いものが好きだと聞いて喜ぶ両親を見て、やっとアタシも両親と好きなものを共有して愛されるんだと思った。
でも、現実は違った。
今ならわかる。
あいつらは、ただ自分たちの好きなように飾り付けができる人形が欲しかっただけ。
女の子を欲しがった理由は、人形だと動かないから。
当たり前ね。
魔法だと、人間らしい動きなんてできないもの。
それからは、地獄だった。
自分の好みじゃない、ただただ派手なだけの趣味もセンスの欠片もない服を着せられた。
面白くもないのに、笑えと言われた。
女でいることを強要された。
好きだった肉も、女らしくないという理由で食べることを禁じられた。
はっきり言って、よく野菜と果物だけでもったと思ったわ。
その頃かしら、ノーヴァもあの異常なノーヴァの親のせいで会えなくなったのは。
女の子は、妖精のように美しくとてもか弱い。
そんな両親の妄想を、アタシは__俺は押し付けられた。
あの頃は、正直俺だったのかアタシだったのかは詳しく覚えていない。
ただ、俺という存在は否定され出てしまえば、鞭で叩かれる。
だから、いつの間にか『俺』という一人称ではなく『アタシ』に変わった。
本当は『私』を望まれたが、当時の俺にはどうしても無理だった。
何故かはわからない。
結局、地獄のような日々を何年か過ごした後に当時見習い騎士だった団長に出会ったことで、アタシとノーヴァの地獄のような生活は終わりを告げた。
アタシもノーヴァも、自分の両親からの異常なほどの干渉で栄養失調だった。
当時、騎士団の医師を勤めていたジョゼフの父からは「生きているのが不思議」と言われるぐらいだったわ。
それを聞いて、見習い医師だったジョゼフがキレていたのも覚えているわ。
あの時は、血のつながりもないジョゼフが心配しながらもあいつらを怒ってくれて嬉しかった。
「別に、女になりたかったわけじゃない。ただ、自分が好きなものを否定されたくない」
アタシは、ただ両親に愛されたくて好きなものを共有したかっただけ。
でも、あいつらは違った。
あとから聞いたけれど、アタシが保護された後「セレスは、私達の物なんだからどうしようと勝手でしょ」と言っていたらしい。
あいつらにとって、アタシは獣人ではなく物としか見られていなかったんだ。
これを聞いた時は、悲しかったけれど心のどこかでは納得していた。
だから、あんなふうに押し付けられたんだって。
「私は、物語が好きです。動くことも得意です。あと、物事を考察するのも得意です。服は、動きやすさ重視でシンプルなものは好きです。ヒラヒラとしたスカートも、ピシっとしたスカートもあまり好きではありません。どちらかと言うと、ズボンの方が好きです。料理だって、あまり得意ではありません」
「私は、女らしくありません。でも、気にしません。だって、好きでもないものを強制されるのも悩むのも苦痛ですから。そりゃあ、悩んだ時はあります。周りから浮いている気がしましたから。でも、母が言っていたんです。人それぞれ個性があるんだから、好きなものは好きでいいんじゃないって」
「!?」
サーヤちゃんが、好きなものや苦手なものを教えてくれた。
確かに、あいつらの言う女の子らしさから考えればこの子の趣味趣向は正反対だろう。
でも、この子は周りがどう言おうと気にしないと言った。
悩んだ時もあった__この子は、やっぱり年齢からは考えられないほど大人びている。
でも、この子の母親の話を聞いてとても羨ましかった。
アタシも、そんな風に悩みを打ち明けられる存在が欲しかった。
でも、今は違う。
団長も副団長も、ジョゼフやノーヴァもいる。
この子は確かに周りから虐げられていたのかもしれない。
でも、その母親がいることで今のこの子がいるんだ。
「…………そうね。ありがとう、サーヤちゃん。なんだか、サーヤちゃんには情けないところを見せてしまったわね」
本当に、アタシは情けないわ。
まだ成人どころか、二十年ぐらいしか生きていないような幼い子に弱音を吐いてしまった。
でも、どこかすっきりとした。
確かに、サーヤちゃんや彼女の母親のような考え方はアタシにとってはとてもいい考え方だ。
「気にしなくていいと思います。私だって、ジョゼフさんの前で泣きましたし」
「サーヤちゃんは、逆にため込みすぎると思うわ」
サーヤちゃんがどこか恥ずかしそうにしながら言った言葉に、アタシは思わず心の中で苦笑してしまった。
別に、ジョゼフの前で泣いたっていいじゃない。
あなたは、まだ子供だもの。
でも、そう言ってしまうような環境にいたのかもしれない。
アタシ達は、まだで会ったばかりだからお互いに対する信用も信頼もない。
でも母親代わりになりたいわけじゃないけど、この子が安心して泣いて悩みを相談してくれるぐらいには信頼関係を築いていきたいわ。
そう思ってしまうぐらい、この子はアタシにとって光なんだから。
これからよろしくね、サーヤちゃん__サーヤ。
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