88 穏やかな日常

族長の家のとある一室。

中央にソファーとテーブルが置かれている部屋で、使用されている家具や食器はシンプルな装いだ。

だが見る者が見れば金を積んでも手に入らない貴重な物とわかる。

そんなお茶室と呼ばれる部屋で2人はお茶を楽しんでいた。


「あの娘は本当にいい子だね。どうしたらあんな素直な子になるのか不思議だけど、教えてはくれないんだろう?」

「そうですね。いい子ではありますが、素直なのは環境が良くなかった反動でもあるのでしょう」

「そうね。確かに不安になるくらい愚直ね」


その言葉にじいじはリサと会った頃を振り返る。

あの虚ろな目を。その後のもう一度輝きを取り戻した目を。

最近は余りにもトラブルに巻き込まれるので、荒んだ目になりかけていたが、エルフの里での穏やかな日々に癒やされているようで良かった。


「まあいいさ。他のエルフたちもリサを受け入れていているし、変化があるのは望ましい」


エルフは長寿ということもあり、子どもが生まれるのは百年の単位でしか生まれない。

そのため人族としては成人しているとはいえ、エルフから見るとリサは小さい子供のようなものだ。

それもあってリサを可愛がるエルフが多くなってきた。


「ここであれば戦う以外の技術も学ぶことができますからね。生きるための手段はいくつあってもいいでしょう」

「それもそうだが、じいさまだって大抵のことはできるんだから、自分で教えれば良かったんじゃない?」


突然連絡が来たかと思えば、幼子に色々教えてやって欲しいという内容だった。

じいさまの頼みでもあるし、性根が悪くないのであれば構わないと返答していた。

じいさまが認めている子であれば万が一にも性根の腐った子ではないだろうという確信もあったからだ。

そしてその確信は当たっていた。

しかしそれでも疑問は尽きない。

この里のエルフが教えられるものは目の前のじいさまでも教えられるものだ。

わざわざエルフの里に来る必要はないと思える。


「それでも、必要なことですから」

「まあ細かいことは気にしない質だからいいけど、あの子に誤解されないようにしておきなよ」


もうそろそろ時期だからねと問いかけるエアーディリアに、目の前の人物は笑みを浮かべるだけだった。



エルフの里に来てからリサの穏やかな日常は続いていた。

洋裁や薬草栽培に加え、木工に調薬、果てには楽器演奏まで教えてもらっている。

ハープらしきものを演奏している人に出会い、何の楽器か質問したところそのまま教えてもらう流れになったのだ。

念のためにいうが、調薬の方法はちゃんとした方法を教えてもらった!

じいじ流の魔法ゴリ押し方法じゃない普通の方法を!

完全マスターとはいかないけど、初心者レベルは脱出できるくらいの技量を身につけることはできたはず。

これもエルフのみなさんが丁寧に教えてくれたおかげだ。

色んな事を学べ、それが自分の力になっていく実感がある。

この里の皆さんには感謝しかない。

何かお礼をしたいのだけど、私にできるのは料理のレシピを献上するだけなのが悔やまれる。


「今日は何をしようかな〜」

「そろそろ魔法の訓練でもいたしましょうか?」

「おぅ!?じいじ!いつも唐突に現れるね?!」


じいじは最初のほうはエルフさんの講義についてきていたが、それも回数を重ねる事に一緒に付いて来なくなった。

寂しい気もしたが、族長のリアさんに何やらおつかいを頼まれているらしい。

在宅費を払ってもらっていると思えば我慢するしかない。

それにじいじはいなくてもパックっちゃんはずっと一緒にいてくれている。

何故かじいじがずっと隠蔽の魔法をかけたままにしているけど、一緒にいられるならどっちでもいいかと思って追及していない。

そんなじいじが今日は一緒にいてくれるらしい。


「最近は生産系ばかりでしたから。せっかくエルフの里にいるのですから、エルフから魔法を教わるのもいいかと思いますよ。どうですか?」

「エルフって風魔法とか植物魔法が得意なイメージがあるけど?」

「そうですね。概ねそのイメージで合っていますよ」


やっぱり森に住んでいるから必然的にそういう系統になるんだろう。

風魔法にはいつもお世話になっているから是非とも強化したい!


「教えてもらいたいです!」

「それでは訓練で使用しているところへ行きましょう。そこで待っているとのことですから」


すでに訓練場らしきところで教える人が待っているらしい。

それって私に拒否権はなかったのでは?


「自分から決めた方が身につきやすいので。では行きましょう」


そういって笑うじいじに、仕方ないなと笑ってしまう。

自分で決めたほうが身につくけど、逆をいえば決めなくても魔法を習うのは決定事項だったんじゃないかな。

まあそういうのもじいじらしいけど。

ともかく、エルフに魔法を習うチャンスはこの里にいる時しかないだろうから、学べるものは学ばさせてもらおう。

前世とかでは時間があってもお金がないとか、お金のために学ぶ時間がなかったりとかいうことが多かった気がする。

今はお金もあって学ぶ時間もあるというボーナスタイムだ。

この機会を逃すほどもったいないことはないよね!

強くなっておけば自衛もできるし、お金も稼げる。

魔法があって、魔獣がいて、ダンジョンなんかもある世界で良かった!

エルフさんの魔法、どんなものかな。楽しみだな〜

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