第43話 林間学校が始まりました 4

「あー、あっつ……」


 ついに我慢できなくなったのか、前を歩く廉太郎がそんな声を漏らすと、タオルで額の汗を拭う。

 周りを歩いている他の生徒もまた同じように暑さに顔をしかめながらスポーツドリンクを飲んだり、携帯型の扇風機を顔に当てたりして何とか涼しさを得ようとしていた。

 都会と違ってアスファルトの熱がなく、空気も美味く、上を木々が覆い爽やかな風も吹いているのでマシと言えばマシなのだが、それでもエアコンの冷房をガンガンに効かせた部屋と比べると遥かに暑い。


 この場にいる者は思いは全員同じ、さっさとこの山から降りて宿泊施設でエアコンの冷房を全身で浴びたいというものだった。


(あらら、大変そうだな)


 ――ただ1人、俺を除いては。



 林間学校2日目のスケジュールは班ごとに分かれての山登りだ。

 1日目は午前中の殆どを移動に使い、午後からは翌日以降のスケジュールと安全確認の講習で終わったからか、生徒たちも最初は「ようやく息抜きができる!」と足取りも軽かったのだが、中腹に差し掛かる頃には皆もう暑さでヘトヘトになっていた。


「……随分と余裕そうね、修」


 そんな彼らの様子を少し後ろの位置で眺めながら登山道を歩いていると、アリシアがジト目で話しかけてくる。

 俺はアリシアと歩調を合わせ、『認識阻害魔法』を発動させて周りに声が聞こえないようにしてから返事をした。


「あんたはかなりキツそうだな。てっきり暑さや寒さに耐える訓練とか受けてそうなものだけど」

「いくら訓練したって暑さを感じず汗をかかないようにすることなんて出来ないわよ。……というか」


 アリシアは視線を俺が来ている服へと向ける。

 この林間学校は動きやすい服装であれば何でもいいとなっているので、私服を用意して参加している生徒が殆どだと聞いていた。

 なので俺も使い捨て前提で古着屋で購入したもので参加していたのだが……。


「……この服、そんなに変か?」

「そっちじゃない。もう1時間くらい山の中を歩いてるのにどうして汗1つかいてないの? 絶対なにかしてるでしょ」


 ありゃ、バレちゃったか。

 気づかれない様になるべく死角に入っていたつもりだったのだが。

 ……しかしバレてしまったのなら誤魔化す意味もないか。


「上着の裾、そこに指を突っ込んでみて」

「こう? って、冷たっ!?」


 俺が言った通りにアリシアは上着の腕の裾に指を入れる。

 すると流れてきた冷気に驚いて、すぐに手を離してしまった。


「な、な、何よそれ」

「色々と工夫して服の中に簡易冷房を用意したんだ。これのおかげで暑さや汗もへっちゃらってわけ」


 やっていることは至極単純。『氷結魔法』で生成して細かく砕いた氷を、『風魔法』で服の内部を循環させているだけ。

 『水魔法』による動物生成で腕を鍛えた今の俺ならこの程度のこと造作もない。


「それも例の異能の1つ?」

「……まあ、そんなもんだ」


 アリシアの確認に敢えてぼかした言い方で返す。

 正直に言って彼女のことはまだ信用できていない。

 俺が何かしら異能を持っていることは知っているようなのでそこは隠さないが、具体的にどういったものなのかは伝えない、それが今のアリシアへの対応方針だ。


「ねえ、その異能でわたしの服も同じ状態にしてもらえない? 日本の夏は本当に久しぶりで正直参ってるのよ」

「いやまあ、出来ないことはないけど……」

「けど?」

「そのためにはその……全部脱いでもらう必要があるぞ……?」


 この簡易冷房は服を着る前に仕込む必要がある。

 一度着た状態でもかけられないか試してみたのだが、一部だけやたら寒いという不快感が強いものになってしまった。

 色々と調整や練習を重ねていけば服を着た状態でも出来るようになるだろうが、今それをすることは出来ない。


「……はあ、わかった。我慢して歩くことにする」


 俺の言葉に一瞬顔を赤らめたアリシアだったが、すぐにいつもの様子に戻ってため息をつくと頂上に向かって歩き出す。

 彼女にはあまり詳しく能力の詳細を話したくなかったので、素直に引いてくれたのはありがたい。

 しかし一切汗をかいていないというのは流石に違和感を持たれるか。


(……仕方ない)


 俺は簡易冷房を『ディスペル』で打ち消すと、改めて班のメンバーと歩調を合わせて汗をかきながら山頂を目指す。

 

 それからしばらくして俺たちは開けた場所に出た。

 広場の一角には簡素な売店と頂上を表すモニュメントが置かれてある。

 つまりここは。


「やった、頂上だ……」

「つっかれたあ……」


 登り初めて3時間、ようやく頂上にたどり着いた生徒たちは次々に腰を地面に降ろした。


「それにしても修、お前全然息切らしてないな」

「えっと、少し前から筋トレ始めたんだよ。それのおかげかな」

「ふーん。おれもバイト始めてジムにでも通おうかな」


 廉太郎とそんな雑談を交わしていると、警戒監視用にとこの山に事前に放っておいた『水魔法』で生成した動物に反応があったので、『感覚共有』で視角を共有する。


(これはまた面倒くさそうなものが現れたな……)


 位置は……、うん、ちょっと本気を出したら3分で戻ってこられそうだな。


「どうした?」

「悪い。ちょっとトイレに行ってくるわ」

「あ、ああ」


 廉太郎にそう告げると俺はトイレに行くフリをして、山の斜面を一気に駆け下りていく。


 迫り来る脅威をで解決するために。

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