第18話 怪物退治を頼まれました 3

 ――数十分前。


『伊織さん、出ました! 牛鬼の反応です!』


 スマホの通話アプリに着信があったのでそれに出ると、久遠の切羽詰まった声が耳に入ってきた。


「場所は?」

『繁華街の路地裏……、■■ホテルの裏手です!』


 その場所はちょうどこの前、俺が身体能力の検証も兼ねてジャンプで屋上へ上がろうとしたホテルだ。

 それならわざわざ『空間転移魔法』を使って移動する距離じゃないな。


『すぐに私も向かいます。伊織さんとは現地で……』

「いや、その時間も惜しい。久遠はそのまま式神でそいつを追跡して逐一俺に報告してくれ」

『は、はい!』


 俺は電話を切ることなくそのまま窓から飛び出すと、家から家へ飛び移りながら目的地まで移動していく。


『! 速度が上がりました。多分タクシーか何かを使用していると思われます』

「そのタクシーは普通のタクシー?」

『……いえ。牛鬼と思われるものと比べればごく僅かですが別の妖気を感じられます』

「りょーかい」


 ならもう少し速度を上げないとな。

 俺は勢いを乗せるためにタイミングに合わせて『風魔法』を発動する。

 もはやジャンプというより空中歩行だな、などと呑気なことを考えていると。


「久遠、確認したいんだがタクシーの後ろにくっついている白い鳩、あれがお前の式神か?」

『え、ええ。というかもう追い付いたんですか!?』

「うーん、まだ完全に追いつけてはないな。それと……」


 ジャンプで移動しながら、俺はタクシーの車窓から見える人影を『鑑定』する。


――――


猪口保 人間 41歳

状態:酩酊・幻惑状態

補足:幻惑の術をかけられて牛鬼に対して強い好意を抱かされている


――――

――――


鬼嶋 牛鬼 1900歳

状態:長い間封印されていたので妖気の欠乏で飢えている 人間の女性に化けている

補足:手下の鬼の8割を殺害されたため、安定的に妖気を得る手段を失ったことで平静さを欠いている


――――

――――


名無し 小鬼 500歳

状態:長い間封印されていたので妖気の欠乏で飢えている 牛鬼の力で人間のタクシー運転手に化けている

補足:対象は牛鬼に隷属している


――――


「良いニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」

『……良いニュースからでお願いします』

「あのタクシーに乗っているのは牛鬼で間違いないよ。あと運転席に木っ端の小鬼が座ってる」

『……では悪いニュースは?』

「人間の男も一緒に座っている。多分被害者第一号にするつもりだろうな」

『……!』


 鑑定結果とあの絵巻から得られた情報を見るに、この男は牛鬼に拐かされてしまったのだろう。


『どうするおつもりですか?』

「適当に認識を紛らわせて牛鬼から引き離すよ。久遠は昨日鬼と戦っていた場所で待機していてくれ。そこへ“飛ばす”から。あ、それと今後の連絡はチャットで」

『は、はい!』


 それを最後に通話を切るとスマホの通知をバイブありのマナーモードに切り替える。

 さて、このタイミングで牛鬼を転移させてもいいのだがそれだとタクシーをコントロールできない。

 かといって車内でいきなり暴れ出されたらそれはそれで面倒だ。

 ここは付かず離れずの距離を保ちながら様子見しよう。


 そうして追跡を続けていると、タクシーは山間部へと進路を取る。

 やがてタクシーは使われなくなって久しい廃工場の前で停車した。

 男は無理やりタクシーから降ろされると、中に潜伏していた別の小鬼によって引きずられる。


「っと」


 俺は工場の屋上へとジャンプすると、天井に設置されていた窓ガラスの側に立つ。

 中では牛鬼が化けていた女が男にその手を伸ばしつつあった。

 これはそろそろ動き出さないとダメそうだな。


『言われた場所に到着しました』


 そこでスマホが振動し始めたので確認すると、久遠から目的地に到着したというメッセージが届いていた。

 ならこっちも始めるとしようか。


 俺は窓ガラスの状態を確認してそれが十分蹴り壊せるものだと判断すると、敢えて音を立てて窓ガラスの上に立つ。


「ふんっ!」


 そして勢い良くそれを片足で蹴り壊すと、その流れに乗って工場内に突入する。


「ッ!?」


 牛鬼は咄嗟の判断で俺から距離を取ると、そのまま影に潜む。

 が、あれならすぐに追い付けそうだから問題ない。

 それよりも今は……。


「こ、今度は何なんだあ……!」


 哀れな被害者第一号(予定)だった男は混乱で泣き叫んでいる。

 まずはこっちを大人しくさせる方が先決、だな。


(『認識阻害魔法』)

「あ、あれ……?」


 スキル『認識阻害魔法』、それによってこの男に「自分は強い眠気に襲われている」と思い込ませると同時に直近数時間の記憶を思い出せないようにする。

 『認識阻害魔法』を受けた男はそのまま工場の床で寝始めてしまう。

 この季節なら凍死することはないだろうけど一応カイロをポケットに入れておくか。


 さて、牛鬼とその手下の気配は徐々にではあるが俺から離れていっている。

 俺は力を込めて地面を蹴りあげると、一気に加速して牛鬼へと追いつく。


「……!!?」


 ただの人間だと思っていた者が超スピードで自分に追いついてきたのがそれほど衝撃的だったのか、牛鬼は唖然とした表情を浮かべると何らかの力を行使しようとする。


 だがそれよりも前に牛鬼へと手を伸ばすことに成功した俺は、予定どおりにそのスキルを発動させた。


「……『空間転移魔法』」

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