第17話 怪物退治を頼まれました 2

「えっとあの、それは……」

「『アイテムボックス』。自由に物を収納することができる『スキル』だ」


 突然現れた白い箱に驚く久遠に、俺は冷静に説明する。

 やはり何かを説明する上で一番効果的なのは実際に見せることだからな。


「それじゃあ昨日突然消えたのも……」


 俺はカバンの中から壊れた腕時計を取り出すと、それを『空間転移魔法』で自宅の机の引きだしへ飛ばす。


 一連の俺の行動を見て、彼女も否応なしに理解したようだ。

 俺が本当に【ゲームのような力】を持っているということを。


「他に何か聞いておきたいことは?」

「……その力は私でも手に入れることが出来るのでしょうか?」

「分からない。俺たちを異世界に召喚しようとした奴なら多分その方法を知ってるだろうけど」

「そう、ですか」


 俺の返事を聞いて久遠はどこか落ち込んだ様子を見せる。

 ゲームのように自在にスキルを扱えたり、レベルを上げて強くなれる能力が存在する、なんて聞かされたらそりゃ手に入れたくなるわな。


「なら俺から質問。その逃げ出したっていう大妖魔は一体どんな奴なんだ?」


 そう聞くと、久遠はカバンから古い巻物を取り出し、それを広げる。

 そこに描かれていたのは黒い肌に牛のような角を生やした鬼の頭、そして蜘蛛の体を持つ怪物だった。


「これが今この街に潜伏している妖魔『牛鬼』です」

「牛鬼……、名前だけなら聞いたことがあるな」

「有名な妖怪ですからね。それだけに強力で危険です。そして一番厄介なのは……」


 巻物をさらに広げていくと、そこには牛鬼が女性に化けて人を襲っている姿が描かれている。


「なるほど、つまりその潜伏中の牛鬼は人の姿に化けているってことか」

「はい。それと私たちの存在はなるべく公にはしたくありません。ですので……」

「つまり被害が出て大騒ぎになる前に牛鬼を見つけ出してぶっ倒せ、ってことだな?」

「そういうことになります。色々と制限をかけてしまい本当に申し訳ありません」

「大丈夫だ、問題ない」


 話を聞きに来た時点で面倒なことになりそうなのは覚悟してた。

 それに彼女から聞かされた情報が本当なら今の俺なら十分に対応できるはずだ。

 問題があるとすれば……。


「一応確認しておきたいんだが、化けた牛鬼を探し当てる目処はついてるんだよな?」

「はい。既にこの街全体に妖気を感知する式神を放っております。いくら人に化けていようと妖は妖。その身から出る妖気を完全に隠すことは出来ません」


 こうして退治しようと提案してきているのだから、ある程度作戦は考えてきているか。


「ただ私の式神では大まかな位置を特定することくらいしかできません。ですので牛鬼を探し当てるには最低でも1週間はかかると思ってください」

「……なあ、その妖気っていうのは感知できたらすぐに知らせてもらうことってできるか?」

「え? ええ、それは可能ですが……」

「なら感知できたらその結果はすぐに俺に教えてくれ。あ、これ俺のIDね」


 俺は久遠が今朝渡してくれたメモ用紙の裏に自分の通話アプリのIDを書いて渡す。


「えっと、その。どうするつもりですか?」

「どうするって、そんなの決まってるだろ」


 俺は首を切るジェスチャーをして、こう返した。


「この化け物を速攻でぶっ倒す。そういう話だろ?」






◇◇◇







 深夜の繁華街、僅かにネオンの光が差し込む路地裏を2人の男女が身を寄せ合いながら歩いていた。


「ねえ、これから私の部屋に来てくれない?」

「い、いいのかい? 僕なんかが君の部屋に入って……」

「貴方だからこう言ってるのよ」

「じゃ、じゃあ……」


 若い美女からの予想外の申し出を、酒で顔を赤らめたスーツ姿の中年男性は心底嬉しそうに承諾する。

 その男の様子に女は一瞬獣のような表情を浮かべると、近くを通りがかったタクシーに乗り込んだ。


「あ、あれ。随分と遠くまで来たようだけど……?」


 男はタクシーの車窓から見える景色が田畑が広がる山間部となったことに不安を感じて女に話しかける。

 しかし女はそれに一切答えず、窓の外を眺めていた。


 やがてタクシーは山の麓にある小さな廃工場の前に止まる。


「あの鬼嶋さん、ここは……?」


 男が振り返って問いただそうとすると、女がはそれを遮るように男をタクシーの外へ突き飛ばした。


「い、いきなり何を……ひっ!?」


 思いもよらない事態に男が抗議の声を上げようとするが、暗闇から突然伸びてきた黒い手により悲鳴へと変わってしまう。

 男はそのまま為す術なく廃工場の中へ引きずられると、雑に放り投げられる。


 月明かりが差し込む工場の内部には人の形をした黒い影のようなものが蠢いていた。


「き、鬼嶋さん……? これは一体どういう……」

「ごめんなさいね。手下と連絡がつかないからこんな荒っぽい方法を取らないといけないのよ」

「な、何を……」


 男が困惑の声を漏らすと、鬼嶋と名乗っていたその女はクスクスと笑って近づく。

 そこで男はようやく理解する。

 女から伸びるその影が明らかに人の形をしていないことに。


 恐怖を前に、男は指一本動かすことすら出来ずにいた。

 一方で女は、いや女だったものはその姿形を変形させながら男へと手を伸ばす。


 そしてその距離があと1メートルまで迫ったその時。


「……?」


 女だったものは自分の頭上に何かの影を見る。

 次いで天井の窓ガラスが割れて、ガラスの雪と共に何かが降ってきた。


「ッ!?」


 女だったものは咄嗟の判断でその何か・・から距離を取ろうと試みるが、それは女だったものよりも早く動き距離を詰めてくる。


「……『空間転移魔法』」


 そして次の瞬間、廃工場から女だったものと蠢く黒い影は全て消え失せていた。

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