第14話大公家粛清大会開催中
メイドが転がされて家具を破壊した大音量が二度も聞こえたので、先程の家令が戻ってきたが、すでに手遅れだった。
「何事だっ?」
「ギーーーーー(死ね)」
相手を治療しようと思わなくても、ある程度の定型の言葉を使わなくても天使は降りて来る。
特権命令12685と言う意味不明の文言さえ頭の中にあれば、無詠唱でも良いのに魔女は気付いていた。
「「「「「「あああああっ」」」」」」
部屋に入って来た家令と、メイド数人が天井あたりに開いた黒い召喚陣を見て、その中から巨大なハエが降りて来るのも見た。
「ぎゃあああああっ」
商家から行儀見習いに来ていたクズメイドは、頭の上にいるお仲間のハエに体を治療され、二目と見れないハエの化け物へと書き換えられて行った。
「ミーーー、ミーーーーッ」
空の飛び方を知らないのか、体のサイズと羽の大きさがあっていないのか、巨大なハエは羽ばたいても地面を転がったり壁に衝突したりして空を飛んで逃げることもできないでいた。
「「「「「キャーーーー、イヤーーーーーッ!」」」」」
元メイドが飛び回るたびに普通のメイドが悲鳴を上げて逃げ回る。
「なんと言う事だ……」
大公家に魔物の侵入を許すなど有り得ない失態なので、家令も対応が遅れた。
「あら、流石大公家ですね、侵入している魔物の数も沢山」
「何ですとっ? 他にも?」
「わたくしが治療するために天使を召喚すると、悪魔が怪我をしている時は仲間の悪魔が降りてきて治療して、魔物の時は魔物が降りて来るので、魔族は正体を現してしまうのはもうお聞きになってますよね?」
家令はそこまで詳しいことは聞いていなかったが、この娘に逆らうと、汚らしい魔物へと姿を変えられるのをメスガキに分からされた。
普通の13歳児はこんな喋り方をしないが、レベル上げによって知力も大幅に向上しているので普通の子供ではない。
こうして魔女は「新人が虐められて家族から託された大金を先輩に見咎められて泥棒扱いされて取り上げられる」イベントを難なくこなした。
「衛兵っ、衛兵っ!」
廊下に出て大声で衛兵を呼ぶ家令。メイドたちはドアから逃げ出そうとして家令に止められ、貴族の側仕えも関係者として逃げ出すのは許されなかった。
「この件に関して一切の広言を禁じるっ、飛ぶことも争う事もできないので大した魔物ではないから、衛兵が取り押さえるのを待てっ」
軽装の警備兵が駆けてくる音が聞こえたが、魔女は平然とこう言った。
「この女も魔物ですよ、天使は降りて来そうにないですし、結構強力な魔物が降りてきますから、人間のうちに捕らえて下さい」
「「なっ?」」
貴族出身の側仕えが名指しで魔物指定され、貴族家の子女は全く身に覚えが無いので激高した。
「何を言うか平民如きがっ、我を男爵家令嬢と知っての狼藉かっ?」
精一杯高飛車に出て、下郎に言い渡すように下知したが、既にメイド達や家令は距離を取って遠巻きになるよう遠ざかって行った。
「あら、もしかして貴方、自分が魔物なんだと本当に知らないんですの?」
嘲笑うように言い渡し、十人近い衛兵が詰所からなだれ込んでくるのを平然と待って、ハエの化け物が槍で串刺しにされて哀れな声で鳴き喚くのを楽しそうに聞いた。
「男爵令嬢を捕らえよっ、こいつも魔物だっ!」
さらに家令が大声で叫んで男爵令嬢に縄を掛けて捕らえるよう命じているのを、嫌らしいニヤニヤした表情で見送った。
「ミーーーーーッ、ミーーーーーーッ」
クズメイドは多分、「助けて」だとか「私は魔物じゃない」とか泣いているようだが、すでに人語ではない虫語なので誰にも分からない。
槍で刺された部分から紫色の汚らしく臭い汁を出し、酸でも含んでいるのか槍の穂先を溶かしている。
捕らえられた男爵令嬢は「私は魔物ではない」とか「無礼者っ、後で思い知らせてやる」と泣き叫び続けたが、五月蠅いので騙らせて、止めを刺してやる事にした魔女は兵士やメイド、家令にも順番に治療呪文を間を置かずに掛けて行った。
「この通り、心正しくて清潔な人物には天使が降りてきて祝福を与え、耐えがたい苦痛に苛まれているのを救われ、時間を巻き戻して負傷前へと書き換えられるのです」
「「「「「「「「おおおっ」」」」」」」」
目の前で次々に奇跡が起こるのを見せられ、召喚陣から天使が降臨したのを見た衛兵は、この少女こそ噂通りの大聖女なのだと確信した。
話半分程度に聞いていたメイド達も、こちらが聖女で、あちらで捕らえられているのが魔物達なのだと信じた。
魔女が仲間に取り込みたい家令の番になると、若い頃の傷跡を探し出し、その年齢まで巻き戻るよう指定して、老化による肩や腰の痛みや、階段や平地の通路でさえ転んでしまう足の老化を解消してやった。
「あら、オジサマ、とても若返られましたね、三十代後半ぐらいでしょうか?」
この国でも平均寿命は50歳程度で、赤ん坊の死亡率の高さで下がっているが、60歳程度だった家令は心筋梗塞や脳出血で今すぐお迎えが来てもおかしくない年だったのが、聖女の奇跡の技で若返らされた。
家令も鏡を見て自分が若返ったのには気付いたが、感謝するより恐ろしさの方が先立ち、この悪魔には逆らわないよう気を付けることにした。
そこに支度が遅いので迎えに来てしまった大公が入室し、もっと混乱が広がった。
喉から手が出るほど欲しかった大聖女なので、待ちきれなくなって自分の足でやって来た。
「遅い、何をしておるのだ、長男の大聖人は支度を終えて待っているぞっ」
そこでハエの化け物に気付いて驚き、家令を見ると若返っていて、貴族令嬢が捕らえられている意味不明の光景を見せられイミワカンナイ状態に陥った。
「一体、何が起ったのだ……」
魔女には今は直言が許されていないので、家令の説明を待った。
「私が入室しました時には、商家から預かっている娘の上に黒い召喚陣が開き、巨大なハエの化け物が降りて来て、娘をハエの化け物に変えてしまいました。聖女様が仰るには、人間に化けている魔物には悪魔や魔物が降りてきて、元の姿へと戻してしまうのだそうです。他の兵士やメイド、私の上には天使が降臨し、この通り若返った次第です」
大公は竜騎士団団長から聞いていた、何世代も前から人間の中に潜んで暮らしている魔物たちの存在が思い起こされた。
「大公様っ、お救い下さいっ、その下郎がわたくしを魔物だと言って捕らえさせたのでございます、きついお叱りをっ」
終了させたはずの男爵令嬢が、まだ勝てると思っているようなので引導を渡してやる。
「この女も魔物です、自分が魔物なんだと知らないようですし、もしかしたら多くの人間が魔物と混血させられていて、心が悪に染まった時、魂まで反転して悪魔へと落ちぶれ果て、体まで心に相応しい魔物に代わるのかも知れませんね」
この説がほぼ正解で、この平面世界に住んでいるのは大半が人間に似せて作られた頑丈な亜人、長い歴史の中で魔族や魔物とも混血している。
新説を唱えて天使を召喚してやると、この女の心根に相応しい醜い魔物が呼び出され、心の醜さに適合した体に書き換えられて行った。
「ぎゃあああっ、ジーーーーー、ジーーーーーーッ」
「「「「「「「「「「ああああああっ?」」」」」」」」」」
男爵令嬢まで魔物だったと知り、驚いている一同。
「それとも、本物の男爵令嬢はすでに始末されていて、この魔物の腹の中にいるのか、頭まで食べられて記憶も奪われたのか、これは気軽に言ってはいけませんが、男爵家全てが最初から……」
その後に続く言葉は各人の想像に委ね、大公閣下へと目線を送る。
「こやつらの実家の者を全て捕らえよっ、大聖女の呪文で魔物かどうか調べるっ、儂が許可するっ!」
衛兵が一人走り、護衛や歩兵師団からも徴発し、男爵家と商家の家の者を一人残らず捕らえるよう言い渡した。
「済まなかったな聖女よ、支度部屋の中に二匹も魔物が紛れ込んでいたとは、さぞ恐ろしい思いをしたことだろう」
恐ろしい思いをしたのは他のメイドや家令、犠牲者になったメイド頭と男爵令嬢だった。
魔女の方は本物の魔物が来てもワンパンで葬り去れるほどの高レベルなので、何も怖い思いなどはしなかった。
「魔法で契約など済ませた後は、行儀見習いの練習や法服の採寸では無く、屋敷の全員を召喚術で調べてしまい、男爵家や商家の大勢を移動させるのは大変でしたら、わたくしが出向いて調べた方が良いかと思います」
「おお、よくぞ言ってくれた、この屋敷の中に潜む魔物を一掃して欲しい」
「ええ、まずは大公様が入れ替わっていないか、試めさせて頂いても宜しいでしょうか?」
「不敬なっ」
例え聖女であっても不敬な発言だが、大公本人が食われて入れ替わっている可能性も十分あるので間違いではない。しかしそんなことは決して許されない。
魔女から見ても、この穢れた心を持つ大公を治療する時にも、天使など決して降りて来ないのは分かったが、術者のゴリ押しで変更することもできる。
その場合、体だけでは無く心や魂まで浄化され、元の大公とはかけ離れた人柄の愛国者で人格者になり、若い頃のように青雲の志を持つ、無知だとしても汚染されていない清潔な人物になり、魔女の構想的にも必要な人物に変わる。
「特典として家令のお方のように若返らせて差し上げます」
「そ、そうか、では頼んだぞ」
自分の上に大悪魔が降りて来るとは思っていない、愚かな大公にも治療呪文を掛けてやる。
この場合強制的に天使を降ろして、中身の方を書き換える処理をして、可能ならば自分の操り人形に変えてしまおうと画策した魔女。
「おお、素晴らしい」
大公の上にも無理矢理天使が降ろされ、若返りと共に清い心の持ち主に書き替えてやった。
大公はデブとハゲと高血圧と高脂血症と痛風と肝硬変と黄疸と糖尿病が改善され、痛み止めにはアルコールが欠かせないような生活から、若い頃のようにアルコールも葉巻も必要ない健康的な生活サイクルに戻れた。
以後は貧困者の救済だとか、スラムの解消、孤児の育成に力を尽くして貰う。
やがて腐った老人は、綺麗なジャイアンみたいにお目眼パッチリで、綺麗な心を持たされた中年に書き換えられた。
そこで衛兵の一人が、リプティリアンか虎みたいな縦の瞳孔になって逃げ出し、潜入工作失敗を報告するため、屋外で待機させていたコウモリを一羽飛ばしたが、この話には何の関係も無いので割愛する。
ちなみにこの工作員は、家族思いで子供達の面倒見も良く、善き夫で善き魔国市民で、治療呪文を唱えた時には天使が降臨して治療するので、調べられた時には冷や汗ものだったが、以後も大公家に潜入して情報収集が出来た。
その後、長男は無事養子縁組を済ませ、魔女は竜騎士団長の娘が生きていたことにするのに手間が掛かり、その戸籍を乗っ取ってから魔法的な契約を済ませ、体に少し傷を付けて出した血でサイン、小さな怪我だが低級治療呪文で消した。
本来、この魔女が自分を治療する時も悪魔が降りて来るはずなのだが、驚くべきことに世界を浄化しようとしている化け物には、もっと高級な天使か竜が降りて来る。
世の中の理不尽を絵に描いたような酷い判定だが、世界の理で宇宙の真理にはそう書いてあるので仕方がない。
「うむ、これで二人とも我が家の養子だ、以後大聖人大聖女として活躍して欲しい」
「はい」
「ええ」
その頃には部門ごとに大公家の使用人が集められ、まずは執事、メイド、飯焚き、洗濯係、馬蹄、庭師、掃除婦、側仕えが集合している所に魔女と長男が移動し、順番に判定するか実際に治療呪文を掛けて行ったが、魔物に変化してしまうと聴取ができないと気付いたので、術者が天使が降りて来ないと思った時点で捕らえさせた。
「こいつも魔物ですわ、貴金属の盗み、他の従業員からの盗み、お客様の財布にも手を付けて、何度か大金を持ち出してます」
進退極まった洗濯係のメイドは、シーツに包んで高級品を持ち出したり、客の枕荒らしまでする低俗な泥棒で、心も体も魂も、魔物に相応しい所まで落ちぶれ果てていた。
「うそよっ、嘘ついて盗みをしているのはコイツよっ、聖女だとか嘘ばっかりついて、何の治療もできないくせにっ、大公様の財産を盗もうとしてる泥棒っ! 花瓶とか壺とか宝石箱まで持ち出して売るつもりだろうっ?」
投影と言う心の機能で、自分の失敗とか悪事を認める勇気すらない心も頭が弱い人物は、辻本清〇みたいに「維新とは人の悪口ばかり言って他人を陥れる悪人の貯まり場だ」などと自己紹介するように、どんどん語るに落ちて行った。
「ギーーーー(死ね)」
聖女の奇跡を見せてやるためにも、黒い召喚陣から魔物を呼び出してやり、臭い口を開かないように黙らせた。
「ぎゃあああ、オーーー、オーーーーッ」
小型のオークのような醜い豚になった元デブは、相応しい体を得てからも魔女に襲い掛かろうとしたので、竜に掛けて貰った竜魔術で背中から生えている見えない手で殴り倒し、魔物をひき肉に変えてやり、衛兵の手間を省いてやった。
「お、お見事です、聖女様」
「一体どうやって?」
「ええ、わたくしこう見えましても、姉と一緒に氷竜とか炎竜も倒してますのよ」
以後も衛兵とか貴族の騎士に絡まれないよう、勇者パーティーの一人だと言い渡しておいた。
「炎竜? まさか勇者の試練の?」
「貴殿の姉は勇者なのか?」
ヒントを与えただけで気付く勇者マニアが多かったので、少し騒ぎが大きくなり過ぎたような気がするが、今度はできるだけ姉に迷惑が掛かるよう、大きな話をしてやった。
「ええ、ほんの数日前、最後の試練である神竜を倒し、エイシェントドラゴンから加護と聖剣を与えられて、姉が今の勇者になりました。
「ええっ?」
実は大公が当たりだと思って連れて来た長男と次女はハズレで、一番ガラの悪い頭悪そうなゲスでドクズで竜騎士見習いが当たりで、今代の勇者だった。
「では貴方は勇者パーティーの聖女」
「あらゆる状態異常や負傷を治す伝説の聖女っ?」
ここにも勇者物語を読み尽くしていたマニアが多く、勝手に勘違いしてティーアップしてくれるので、否定する必要もないだろうと乗っかった。
「ええ、まあ」
「「「「「「「「「「おおっ」」」」」」」」」」
今日まで回復能力は無く、レベルを上げて物理で殴る火力担当の竜戦士だったのは伏せ、衛兵や貴族の騎士の勘違いに思いっきり乗っかった。
その後も公開処刑が続いていたが、わがままで集合に手間が掛かった貴族家の側仕えも集めたので正体を看破してやる。
「ああ、こいつも魔物です」
「無礼者っ、侯爵家令嬢であるこの私に向かって、よくも抜け抜けと、この偽聖女がっ」
素人丸出しの扇子を使ったテレフォンパンチをダッキングで避け、本来後ろに回って裸締めを極めてやると失神して前に倒れるのだが、魔物に触れるのが嫌で放置すると攻撃魔法を唱えだしたので、家財が燃えたり凍ったりする前に腹にワンパン入れてやってゲロを吐かせ、這い蹲った状態でも攻撃魔法を唱えようとしたので、間に合わない衛兵に代わって呪文を唱えてやった。
「ギーーーー(死ね)」
侯爵令嬢だけあって高位魔族が来たのか、顔や肌が真っ青で、頭に巻き角まで生やした魔族になり、正体を現した後でも攻撃魔法を唱えようとしたので、見えない手で頭から生えている巻き角を左右に引き千切ってやると、魔力も体力も失ったのか失神した。
「他にも沢山魔族がいらっしゃるようですね?」
「「「「「「「「ひいいっ」」」」」」」」
作業は夕方まで掛かったが、千人近い使用人のうち、72人もの魔物が発見された。
貴族家から預かっている子女で側仕えのうち、11人いる!魔物が排除され、余りにも多いので実家の捜索は後日にされ、密偵を送る程度で様子見することになった。
その大半はイジメパワハラ大好きのサディストだったので、今回も虐め地獄から解放された者が多く出た。
大昔のレンズマンなら、赤毛で肌の色や目の色が違うだけで作中で悪魔の手先にされて、実際に読者が学校などで悪の手先として虐めが発生していたので、それに比べると心根の汚さで選別されるのでマシな方である。
他にも賄賂、盗み、横流し、性暴力、児童への性的虐待、あらゆる悪徳が存在していたが、それらを全て排除して、清潔になった大公家でくつろぐ魔女。
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