第86話:峻厳、受けて立つ
「……そうか」
「どうされましたか、マスター・ゴエティア」
「いいえ、なんでもありません」
メガラニカへ向かい最短距離を駆け抜けるユニオン騎士団の選抜メンバー。全員が超一流の騎士であり、その快速は如何なる地形も踏破し、最短距離を行く性質上短距離であれば列車よりも速い。
(……死を間際に魔障から解放された、か)
レオポルド・ゴエティアはかすかに額を押さえた後、なんでもないと言う風に皆へ示した。それでほとんどの者が彼の変調に興味を失ったが――
「……」
(安い警戒だな、ウーゼル。睨んだところで何も出さんよ、俺は)
唯一、ウーゼルだけは何かを探らんとする視線を向けていた。とは言え、魔障による繋がりを、その呪いを介さぬ者が把握出来るわけはない。
シャクスの声は己のみに届き、そして消えていった。
少しずつ近づいてきたメガラニカの一部、黒い球体状のダンジョンは少しずつ力を失いつつあるが、それを観測出来ているのもレオポルドのみ。
彼らは崩壊のその時だけしかわからないだろう。
すでにあのダンジョンの、廻廊の崩壊は始まっているのだと。
○
(見事な連携だ。随分と練度に差はあるが、全員ある程度意思疎通が出来ているのは素晴らしい。子どもなど自分が自分が、と言う生き物であろうに)
腕を組みながらシャクスは先ほどまで手合わせしていた者たちではない、臆していたはずの子どもたちに注目していた。
連携、と言う意味では場当たり的だった先の彼らに比べ、随分と組織立った動きをしてくる。明らかな習熟度の差、連携への意識が違う。
そうでない者も混じっており、シャクスにはよくわからない。個人差と言うにはあまりにも出来ている者と出来ていない者の差が大きい。
そして出来ている者に関しては――
(……連携だけで言えば準騎士、いや、下手をすると――)
ウトガルド基準ですでに一線級に近いものがあった。もちろん剣のみのミズガルズの騎士と、剣と神術を行使するウトガルドの騎士では色々と違うが。
ただ、連携の本質は変わらない。
そして出来ている者たちの大半が――
「くっそ! 隙がねえ!」
「泣き言言うな! 一番きついのは一個下の連中だぞ!」
「わーってらぁ!」
クルスたちの一個上、四学年の学生たちであった。
「あっ」
リリアンが立ち回りを失敗し、孤立して浮いてしまった時も、
「ふっ!」
彼女をサポートする形で即座に陣形が組み代わり、ドゥムノニアの四学年の女子がリリアンに襲い来る剣を打ち払ってカバーする。
「ご、ごめんなさい!」
「厳しいだろうけど私たちを見て、上手く動いて。『彼ら』を生かすためにも私たちは一枚でも多く圧をかけ続けなきゃならないの。脱落は厳禁よ!」
「はい!」
個人の実力差はそれほど大きくない。これぐらいの歳の一年差は大きいが、それでも埋まらないほどではないのだ。実際にラビやリリアンらは苦戦していたが、それでも別格だとまでは思わなかった。
だが、こと集団戦の連携となるとモノが違う。淀みなく最適な位置取りを続け、絶えず動き回りながらも視線や手信号、声などで互いをカバーし合う。
シャクスの剣から化け物じみた破壊力が失われたこともあるが、それを差し引いても三学年と四学年、その差は目に見えて大きかった。
「テラ、役割を間違えるな!」
「わかっていますよ!」
その理由は騎士科の指導要綱、連盟に所属している学生たちの大まかな学習範囲に起因する。集団戦における連携、連動は主に四学年以降の範囲なのだ。
実力は近くとも、習っているかそうでないかの差は大きい。
逆に言えば一年後、彼らは今の四学年同様に動けていなければならない。全員が一糸乱れず、意思を疎通して戦術目標へ向かう。
(素晴らしい)
シャクスをして舌を巻くほど、彼らの動きは整然としていた。その上で全員、大人顔負けの滅私に徹している。これが本当に素晴らしいのだ。
それほど極端に実力は離れていない。それでも今、彼らが守らねばならない存在(ユーグ)のために、立てるべき『二人』を活かす。
シャクスの眼から見ても異質な剣を持つウトガルドの血が混じった少年と、ミズガルズの中では明らかに抜けた魔力量とそれを活かす武器を持った少女。
この『二人』が勝機を繋げる要とすぐさま判断し、彼らの負担を軽減するために時に刃を受けながら、捨て石となるも辞さずに足掻き続ける。
(先の反応を見る限り、実戦経験は浅かろうに。それでこの動きとは驚嘆に値する。千年、そうだな、今初めて時の流れを体感した気分だ)
かつてのミズガルズには連携も何もなかった。多少個人で手強い敵はいたが、群れとしての練度は酷いもの。まあ、数ばかり多い彼らに圧殺され、追い詰められていたウトガルドの騎士としては何も言えないが。
ただ、この進歩は驚異的と言える。
子どもでこのレベルなのだ。もし、あそこで必死に呼吸を整え、体力回復に勤しむ男と最初に潰した、潰さねばならぬと判断した男が手を結んでいれば、すでにこの命なくなっていてもおかしくなかった、かもしれない。
(彼らの期待に応えるこの子たちも見事だ。性質は違えど、立派に役目を果たしている。単独の戦力なら神術を扱うヴィネらの方が上だろうが騎士としては――)
クルスとフレイヤは今、互いに左右半面ずつ守り合い少しでも前へ、と歩を進めていた。ユーグを守る、という行動では守り切れないと判断し、シャクスへ攻め込んで意識を逸らす、という涙ぐましい努力が透ける。
背後の男を仕留めるのは容易だが、あえてその覚悟に乗っかり正面から圧す。
彼ら二人が互いの特性を生かし、最善を尽くすのはもちろん。周りの援護が少しでも陰ればすぐに詰める。シャクスは甘やかさない。ずっとそうしてきた。
「ぐぁッ!?」
痛くせねば覚えない。
「ッ!? ま、まだ!」
覚えねばまた同じ過ちを繰り返す。その時は生存できても次もそうなるとは限らない。だからシャクスは練習の場でこそ鬼と化す。死なぬ程度に刻む。
学生たちの悲鳴が絶えることはない。それでも動く限り立ち上がり、抗う。実に素晴らしい。だからこそ、さらに追い立てる。
容赦はしない。
何よりも――
(騎士の高みを勘違いされては……なァ!)
騎士と成る者へ、勘違いさせるわけにはいかないだろう。その高さ、その厚み、その広さ、教師とは越えるべき山巓であるべき。
なれば、存分に示そう。その雄々しく、峻厳なる力と技の結晶。
『■ッ!』
剣の高みを。
○
「ひゅー、ひゅー」
戦場から少し離れた場所で、吹き飛ばされたノアはユーグ同様必死で呼吸を整えていた。ラビの参戦で少し動きかけたが、先ほどよりも明確に殺意が失せた『騎士』の姿を見て、最後の一滴を絞り出すための準備に全てを注ぐ選択を取る。
呼吸が上手く回らないのは慣れたもの。今でこそ元気いっぱい、スタミナ無尽蔵のノアであったが、昔はそれはもう情けないほどに虚弱であった。
発作のような体力切れ。全身が弛緩し、何もないところで溺れたことは数え切れない。溺れるのは慣れている。
溺れ方も、其処からの立て直し方も。
(立ち回りは性格出るよなぁ。俺は絶対に脇役出来ねえもん。さっきしてたけど……あれは主役を取りに行って力が足りなかっただけ。連携ではねえ。そういう意味で今矢面に立っているのはクルスとフレイヤだが、主役は脇役に徹する四学年か)
脇役なのに主役とはおかしな話だが、ユーグの欠けた状況で殺意皆無とは言えあのレベルの怪物相手に時間稼ぎが出来ている時点で花丸満点であろう。
あれが凡人の生きる道なのだが――
(……三学年の連中も素人じゃねえ。今、活かすべき二人のことは理解しているし、わからんなりにしっかり立てている。あの二人も大根なりに頑張ってんな。フレイヤは何も考えず馬鹿力で愚直に全てを受け止める。クルスは周りを見ながらサポートを活かして自分の立ち位置も微調整、視野の広さはソロン並みだわな)
呼吸を整えながら、最後の一滴の打ち込みどころを模索するノア。戦場は今でこそ何とか膠着しているが、相手も陣形の切り替わりなどに慣れてきたのか、徐々に天秤は傾きつつあった。早晩、崩れる。
出来ればユーグの動きに合わせて、これがベストであったが間に合うかどうかは微妙なところ。正直彼の障碍のことはノアもよく知らないのだ。
自分と同じ回復速度なのかもわからない。
だから、ノアは一度ユーグの復活を選択肢から消す。
「ひゅー」
少しずつ四肢に力が戻って来た。
それを爆発させる時を、機を、待つ。
○
「っ?」
「そのまま呼吸を続けて。傷はこちらで塞ぐから」
全てを出し切った後、間近でシャクスの攻撃を受けたユーグは致命傷こそないもののかなりの重傷であった。それをシャハル、レイルが手当てする。
(底は見せなかったが、かなり使える子だと思うのだが)
この子も彼らと同等の技術はあるだろうに、一人でも戦力が欲しいこの状況で間に合うかもわからない自分を診るよりも、とユーグは思った。
それを、
「ボクは入らない方がいい。今、この戦場は敵の騎士道、温情で成り立っている。学生に対して、子どもに対して何かがあるのかな。わからないけれど」
見透かしたのかレイルは苦笑いを浮かべる。
「わかるのはあの温情は真っ当な子ども、騎士を志す卵に対してのみ向けられるもの、である可能性が非常に高いと言うこと。あの敵はずっとボクを見ていない。他の子は観察している。ノアどころかすでに継戦不可能なはずのフレンすら目の端には捉えているのにね。もちろんマスター・ガーターも。ボクだけが眼中にない」
これは単なる事実である。確かにレイルはそれなりに剣も使える。精鋭揃いの子の中でもかなり上の方ではある。だが、騎士を志してはいない。
剣は嗜みであるし、それを拠り所にあの怪物と対峙する気もない。自分がやるとすればあらゆる手を行使する。そしておそらく、それをするとシャクスの手心は失われ、自分だけならばともかく全員まとめて怪物の本気を浴びることとなろう。
あれは騎士を志す者だけの、シャクスの琴線に触れる者だけが構成すべき舞台である。異質な要素を介在させるべきではない。
温情が消えたなら、一瞬で全てが崩壊する。
それだけの差があるのだ。
「ああ、もしかすると彼らの常識では腕の一本、継戦不能とは認識しないのか……魔道は実に興味深い。研究しがいがある」
(なるほど。確かに……介在すべきではないな。この子の眼は、騎士には程遠い)
真理を求める獣は弁える。
あれは騎士のみに許された試練の場であるのだから。
○
(くそ、くそ、くそ、くそ、くそ!)
テラは気づいてしまった。小動もしない敵、腕を組み仁王立ち、全てを受け止めんとする断崖絶壁。信じ難いほどの戦力を持ち、度重なる攻撃を受けても無傷。
あまりにも違う。違い過ぎるから何も思わなかった。ただ、憧れであり目標としていたピコを殺した敵が許せない。それだけでよかったのに――
(何だよ、何で、こいつ!)
シャクスの腹、鎧が入り組んでおり見え辛いが、よく見るとピコがねじ込んだ剣の傷は未だ癒えておらず漆黒の瘴気がこぼれ出ている。他の傷も同様、治ってなどいない。血の如き黒き霧が常にこぼれ、失われているのだ。
災厄の騎士がそれで痛みを感じるのか、それはわからない。あれが失われることで弱るのかもわからない。ただ、不死身ではないことはわかる。
傷は残り続けている。其処から今なお何かが失われている。
それでも揺らがず、峻厳と君臨する。
(何で!)
剣を交わした。先ほどまでよりもずっと威力は低い。だが、技巧は凝らされている。全員まとめて、卓越した剣捌きが寄せ付けない。
それどころか徐々に圧倒していく。
その様は国境を、世界を越えて――
『■』
「っ!?」
わずかに心が揺らいだところを、注意するかのような剣がテラの身を薄く裂く。ほんの少しのゆるみすら見逃さず、全てに対処する隙の無さ。
術理は違えど理想的な姿に、テラの心もまた徐々に傾いていく。
憎しみから――尊敬へと。
『■■■!』
言葉は通じない。
だけど、その眼から、剣から伝わるものはある。
さあ、ここからだ。
『人剣』のシャクス、災厄の騎士によるその講義は加速する。
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