第79話:災厄の騎士対秩序の騎士
共和都市ユニオン、その中心にある秩序の塔にもメガラニカにダンジョンが出現した報せは届いていた。ユニオン騎士団の目と鼻の先での事件である。
当然、彼らはすぐにでも出動する、はずなのだが――
(……今、か)
グランドマスター、ウーゼルは険しい表情で考え込む。今、このユニオンには第十一、第九、第八など比較的第十二騎士隊に近しい騎士隊しかいない。これは偶然か、それとも狙い通りか。王都アースの一件、第十二騎士隊は最も被害を被った。
本来であればまた、彼らが被害を受ける、はずだった、
「マスター・ウーゼル」
「……ゴエティア」
第十二騎士隊隊長、レオポルド・ゴエティア。美しき騎士はウーゼルの下へやって来た。この状況、用件は一つしかない。
「我ら第十二騎士隊はいつでも動けます」
「……そうか」
「他の騎士隊にも連絡を取り、連携して事に当たろうかと。ユニオンの守りは第一騎士隊の残存戦力でお願いできれば、と思うのですが――」
今回も割を食うのは第十二騎士隊。外側から見ればそう映る。その上でもし、災厄の騎士を討伐する、と言う武功を打ち立てられたなら、今ですら歯止めの利かぬ勢いがさらに加速するだろう。百年前の英雄よりも今の英雄、と。
だが、止める道理もない。むしろ、すぐにでも動かねばならない。
「――如何でしょうか?」
「……わかった」
「ありがとうございます。すぐに動き――」
「俺も出る」
「……っ」
ユニオン騎士団の象徴であり、秩序の守り人であるグランドマスターがユニオンから離れる。これはさすがにレオポルドも想定していなかった様子。
「動かせる騎士隊『全て』の隊長格のみを集めよ」
「全て、ですか。少し離れている隊もありますが」
「全てだ。足並みを揃え、事に当たる」
「しかし、それではメガラニカが……すぐに動ける者だけで急行し、間に合わぬ隊にユニオンの守りを任せた方が合理的です」
「道理だな。だが、全てだ。ユニオンの守りは第一だけで事足りる」
「……承知いたしました」
「不服か?」
「はい。一刻を争う今、派閥争いなど無駄に犠牲を増やす愚行です」
「……ならば、急げ」
「……イエス・マスター」
愚行、確かにレオポルドの言う通りであろう。己とてこれが最善だとは考えていない。だが、同時にこの手しかなかったのだ。
自分不在の秩序の塔に『敵』を寄せ付けず、その上で第十二騎士隊を、その息がかかった騎士隊を自分が見張り、最悪の場合は自分が全てを切り伏せる。
狙いは秩序の塔に眠る『遺骸』、もしくは――
「……後々、障害と成り得る人材の排除、か」
第五騎士隊副隊長が一人、ユーグ・ガーターの排除。
「メガラニカにはピコ・アウストラリスもいる。あの二人なら並の騎士(リッター)であれば問題あるまい。だが、高位の騎士であった場合は……」
浮かぶは百年前の戦い。イドゥンが作り上げたミズガルズへの橋頭保、その攻略のために世界中の騎士が動員され、イドゥンの軍勢と衝突した大戦があった。
勇者リュディアを筆頭に自分を含めた四人の騎士(ナイト)が軍勢の指揮を執る騎士(リッター)と交戦したのだが、四人がかりでようやく討伐、ウーゼルは生死を彷徨う深手を負った。友がいなければあそこで戦死していただろう。
魔王イドゥンとの決戦に次ぐ、大戦。おそらく側近とみられる高位の騎士(リッター)は超常の力を持つ。騎士を越えた騎士、なのだ。
そして、他の騎士たちは自分たちの道を切り開くため何百人も戦死した。あの忌まわしき記憶がウーゼルを苛む。
正しい道は何処だ、どう進むべきか、と。幾度も自問する。
「……」
答えは未だ、見えない。
○
「マスター・ウーゼルは公私混同しております! 騎士道に悖る恥ずべきことです。このような緊急事態に派閥の論理を持ち出すなど!」
「落ち着き給え。あの御方にも頂点ゆえの深謀遠慮があるのだろう。我々はただ、粛々と与えられた任を全力で遂行するまでだ」
「……イエス・マスター」
不承不承、と言った様子の部下たち。レオポルドは哀しげに目を伏せ、
「皆、最善を尽くそう。騎士は万民のためにこそ、剣を振るわねばならない。皆の力が要る。私に協力して欲しい」
第十二騎士隊の部下や、他の騎士隊の面々に向けて頭を下げた。
これで空気はさらに傾く。
最善を征く方へ。
「そして、各々の役割を果たせ!」
「イエス・マスター!」
ユニオンやその近郊に散らばる隊長格の招集。それが完了次第、ウーゼル率いる隊の枠を越えた部隊がメガラニカへ向かう。
それは――
(……やってくれたな、まがい物の長めが)
レオポルドにとって想定外の状況であった。イドゥンの動きで混同し、こちらが『遺骸』を狙うと思っているところを突いた策略。そう、彼の狙いは自身を頭とした部隊でメガラニカへ赴き、百年前の伝説を上塗りすることにあったのだ。
すでに政治的にはかなり優位を築いているが、それでもウーゼルらが持つ逸話が彼らから尊敬を失わせない。逆に言えば其処さえ上塗りしてしまえば、このレオポルドと言う器がウーゼルらに劣る理由はなくなる。
実際に同胞を討つ必要などない。討ったと見せかけたならそれで充分。醜悪なる偽物の騎士(リッター)の遺体などいくらでも用意出来る。
(……そう怒るな、まがい物よ。貴様の望む武功なぞあとでいくらでも積ませてやる。そういう契約であるからな、まがい物が一匹レオポルド・ゴエティアよ)
欲深き獣の器。唾棄すべき騎士の皮を被ったまがい物。
それでも今はこの器が要る。
(あれに限って万が一もないだろうが……相手が相手。『懸念』もなくはない。出来れば誰よりも先んじて俺自らが場を整えたかったが、な)
今この時を狙ったのは千載一遇の状況であったから。出来れば『今』を避けたかったのはむしろレオポルド側である。されどこれほどの好機、逃す手はないだろう。この器の名を高めると共に、敵と成り得る者を落とす絶好の機会なのだ。
まがい物の中でも多少、マシな存在。
(……ユーグ・ガーター)
戦力的には新時代の騎士筆頭がレフ・クロイツェルであるならば、彼は旧時代の騎士筆頭と言える。敵が多いクロイツェルよりも先に、人望もある彼をユニオンから取り除いておきたい。だからこそ出し惜しみはしなかった。
そのために出したのだ、本物の『騎士』を。
○
災厄の騎士が巨大な剣先より飛び降りる。
腕を組みながら地面に突き立ち、吹き飛んだ礫や土くれ、土埃までが剣へと姿を変え、災厄の騎士の周りを囲う。
『■ッ!』
一喝、ならぬ一咆。
それでユーグ以外、全員の戦意が消し飛んだ。桁外れの存在感、同じ生き物とは思えない。人間が敵うようにも見えない。
「……参ったなぁ」
ユーグは物言わぬ後輩の躯と彼を物語る砕かれた騎士剣、そしてそれがあった場所を見つめる。あれに対し立ち向かった。命を賭し爪痕を刻んだ。
自分には過ぎた後輩である。
『俺がいつか追いついてあげますよ、先輩』
『……君は生意気だなぁ』
浮かべるはかつての幻影。若く傲慢であった彼に期待した。その期待に応え成長した。壁にぶつかったが彼なりの道の先で、彼の『騎士』を得たのだろう。
でなければ眼前の怪物に肉薄することなど不可能である。
騎士団は違えど志は同じであった。
なれば――
「エンチャント」
先輩である己が恥ずかしい姿を見せるわけにはいかない。
血の如く紅き騎士剣を垂らし、構えるユーグの眼は鋭く敵を見据える。
「まずは測らせてもらうよ。僕とそちらの、本当の距離を」
すぅ、滑るように敵へと突貫するユーグ。それほど速く見えないのに、その速力は凄まじいものがあった。
だが、
『……』
ユーグの行く手を塞ぐかのように地面から剣が伸びる。それをするりと回避し、さらに肉薄しようと試みるが、いつの間にか進行方向全てを剣が塞いでおり、一瞬で絶体絶命の窮地に陥る。剣の包囲、その一点へすっと剣を突き出し、道をこじ開ける。ここまでは問題ない。見た目通りの術理である。
ただし、近づけば近づくほどに、
「……なる、ほど」
剣の鋭さ、剣の重さ、圧が増す。手数が追いつかないほどに。
敵はまだ腕を組み、微動だにしてすらいないと言うのに。
「……騎士もピンキリ。これは残念ながら、ピンの方か」
ユーグは後退を余儀なくされた。互いにこの数秒の間で数十手もの剣戟を繰り広げたが、まるで届く気配がない。思い出されるのはマスター・ウーゼルの言葉「騎士はピンキリである」というものであった。キリであれば自分たちでも対処可能だが、ピンを相手取る時は覚悟せねばならない、と教わっていた。
その時はまさか、自分が災厄の騎士とまみえることになろうとは思っていたかったが。まあ、それを思い出したところでどうにかなる状況ではない。
(僕だけでは勝てないな)
ユーグは敵の攻撃を回避しながら思考する。今の攻防で互いに戦力はある程度把握した。無論、お互い隠しているものはあるだろうが、現時点では明確に分が悪い。この剣を造る力、操る力が有限かはわからないが。
ただ、こちらの実力を知り微塵も動揺せず、着実に攻め寄せてくる剣筋を見るに、問題なく詰ませられる、その目算があるのだろう。
(考えるべきはこれが偶然とは思えぬこと。そして、僕以外にも人がいるのに敵意も殺意も僕にしか向いていない、と言うこと。狙いは僕だ。ピコもそうだろう。なら、間違いなくこの邂逅は人為的なもの)
ユーグの脳裏に過る第十二騎士隊の暗躍。自分にここまでする価値があるとは思えないが、そういうことであれば意地でもご破算させたい。
(列車、いや、隊長格だけならばこの距離、走った方が速いか。最短三十分、まあ、たぶん無理だな。安全策でしのげる相手じゃない)
のらりくらりと距離を取り、様子を窺うユーグ。このまま行けば時間は稼げる。しかし、このまま行けるとは思っていない。
災厄の騎士が動けば、終わる話であるから。
『■■■』
言葉は通じない。されどそれが賞賛でないのは何となくわかる。つまらない敵だ、そんな感じであろうか。何となくユーグはそう受け取った。
そして、次の瞬間、
「ッ!?」
凄まじい圧力と共に災厄の騎士が自ら、距離を詰めてきた。距離が縮まれば剣の精度、威力、全てが増す。一気に磨り潰す、それが狙い。
そしてそれは――
「感謝する!」
ユーグの狙いでもあった。自分の速さ、技量では肉薄し切れなかったが、相手の速度も合わさった相対速度の中であれば、速さは単純に倍以上となる。あとは今まで伏せていた、さらなる技量で敵の想定した殺傷充分の剣をこじ開ける。
『■ッ!』
「ふ、シュッ!」
傷だらけ、されどそれは全て致命には到底至らぬかすり傷。災厄の騎士のしまった、と言う声が聞こえた気がした。
ユーグは敵の眼前で背中を向け、背後より迫り来る敵の剣を捌く。そのままぺろりと舌で唇を舐め、背中を向けたまま騎士剣を手首の回転だけで回し、背後の災厄の騎士へ一撃を入れる。かつての騎士剣ならばともかく、現行でそれなりの騎士剣であれば大体、刃筋さえしっかり通せば、
『■■!?』
「これでも通るよ。驚いたかな?」
魔道の騎士が纏う鎧すら切り裂けるのだ。
災厄の騎士、そしてユーグは同時に距離を取る。『互い』に誤算を修正し、立て直すために。災厄の騎士は敵の技量と騎士剣の性能を修正する。
そしてユーグは、
「……やるねえ」
切り裂いた瞬間、後退を開始する間際に死角より突如湧いて出た剣に斬られていたのだ。あの戦闘速度の中、初めて見た動きに対してこうも的確に剣を差し込めるのであれば、やはり凄まじい使い手であるのだろう。
魔族など大味な攻撃ばかりだと思っていたが、
「……厄介」
『……■■』
『互い』に認識を改める必要がありそうである。
(さて、どうしたものか。時間稼ぎは無理。さりとて勝ち筋も――)
この攻防全てが十秒とそこら。濃密な殺し合いは始まったばかりである。
○
あの咆哮の瞬間、あの場でユーグ以外唯一動けた者がいた。それがノア・エウエノルである。咄嗟に一人、もう一人ついでにこの場から引き離すために。
「……わた、し、ごめ、怖くて、何も――」
「大丈夫だ、ラビちゃん。俺がいる。俺が守るから、な」
幼馴染を抱きしめ、その友人と一緒にあの戦場から引き離す。一連の攻防を見るまでもない。今の自分ですら戦力外。この場のチームワークは急ぎ離脱し、化け物じみた技量を持つ秩序の騎士の邪魔をしないこと、それしかない。
「あの馬鹿ども。何ぼさっとしてんだよ!」
自分以外誰一人、動けていない。蛇に睨まれた蛙同然。今、自分の腕の中にいるラビとリリアン、この二人と同じく体がすくんで動けないのだろう。
気持ちはわかる。
(この俺様をして想定できなかったほどの化け物だ。今の俺じゃ到底届かん。その悔しさはわかるがよ、全員は抱えて逃げられねえぞ!)
ノアの脳裏に宿るは悔しさ。あと十年、いや、五年あれば少なくとも戦場には立つことが出来た。役に立てる自信はある。だが、今はノイズにしかならない。
それが悔しかった。
無論、今この場で悔しいと感じている学生など彼ぐらいしかいないのだが。それだけ災厄の騎士、そしてユーグ・ガーターがかけ離れているのだ。
「クソ、ちょっとあいつらのケツ叩いてくる! 待ってろ、すぐ戻る!」
「待っ――」
一度あちらへ戻り、他の者の顔面でもぶん殴って動かせる。そうするためラビたちを置いて踵を返した瞬間、弱弱しく袖を握る力を感じ、ノアは珍しく動きを止める。
「……」
昔は立場が逆だった。何度見ても彼女の弱った顔は、苦手である。
そんな最中、
「はいはい、撤退しよう」
この緊迫した状況に噛み合わぬ穏やかな声が皆の耳朶を打つ。
「ボクらに出来ることはないよ」
シャハルは悠然と、笑みを浮かべながら彼らがすべきことを示した。その冷静さ、それとユーグの善戦が彼らの拘束を少し、解く。
「ピコが殺されたんだぞ!」
テラの言葉に対し、
「だから?」
シャハルは笑みを浮かべたまま冷たく疑問で返す。誰かが死のうが、誰かが危機に陥ろうが、剣が及ばぬ敵がいる以上、何も出来ない。
ならば手を引くのが道理である。
その冷たい現実を突きつける。
「行くわよ、テラ。今は、それが最善だから、ね」
「……ジュリア」
同じ学校のジュリアが手を引く。どうやら災厄の騎士はこちらに興味がない様子。今ならば離脱出来る。それがわかっていてもなお、足取りは重くなるほどに根源的な恐怖が体を縛っているのだが、それでも今はただ逃げるしかない。
ぞろぞろと皆、ゆっくりとだが離脱し始める。
「さ、ボクらも退こうか。哲学者君」
シャハルはクルスへと声をかける。
だが、
「……駄目だよ。あのままじゃ、勝てない」
クルスの言葉にフレイヤが、フレンが、テラやジュリアたちの足が少し、止まった。恐怖で体をがたがた震わせながら、それでもクルスは冷静に戦場を見つめていたのだ。ユーグは強い。信じ難いほど強い。でも、足りない。
「だろうね。だけど、それはボクらには関係ないことだ」
「関係ある。だって俺たちは、騎士に成るんだ。俺たちの後ろには誰も、いない」
クロイツェルの言葉が、彼の『騎士』がクルスに撤退を選ばせなかった。誰かが何か、テコ入れしなければユーグは勝てない。そして、ユーグが負けたなら全てが終わる。対抗手段は失われ、災厄の騎士がメガラニカに降り立つだろう。
今しかないのだ。あの特別な秩序の騎士が生存し、戦えている内に、何か手を打たねば僅かばかりの勝機は失われる。
「君に力があればその通りだけれど、君は今、あの怪物たちの前じゃそこらの民と同じだよ。今の君は何者でもないのだから」
「っ!?」
ずしりと刺さるシャハルの言葉。それがクルスの心を射抜く。何者でもない。それはクルスにとって一番、一番言われたくない言葉であったから。
「お、俺は微力でも、全員ならわからないだろう!?」
「わかるさ。ノアがそう判断した。出来るなら、彼とて後退は選ばない。もうわがままを言う歳でもないだろう? さあ、こっちに来なよ」
差し出された手。合理的な選択。正しい判断。
だけど、それを握れば――
「早く行きますわよ!」
「フレイヤ!」
「シャハルが正しいですわ。貴方もわかっているでしょうに!」
「そ、それは――」
フレイヤが無理やりクルスの手を引っ張り、この場から離脱させようとする。彼が正しい。彼女が正しい。そんなことはわかっている。
だけど、心の中の引っ掛かりが、
「……俺は、何も出来ないとは、思わない!」
クルスに抵抗を取らせた。
○
「父上」
懐かしい声がした。懐かしい姿が見えた。懐かしい匂いがした。
「どうした、ヴィネ」
忘れもしない。愛する息子。艶やかな黒き髪、自分ではなく兄に似て細身でまだ従騎士、十五、六であっただろうか。大きくなったがまだまだ子ども。
守らねばならない。育まねばならない。
「助けて!」
声が聞こえた。簒奪の、蹂躙の、音が。
「ッ!?」
守らねばならない。
それが『騎士』の、父の役割であるのだから。
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