第75話:変化の波
今日も今日とてアシスタントとしてせっせと働くクルスくん。特別クラスに配置変更されたとはいえ、他の講義がなくなったわけではないのだ。特別クラスを優先しつつ、他の講義にも顔を出す。あっちへ行ったりこっちへ行ったり忙しい。
「働いているねえ、クルス君」
「あ、どうも。ピコ先生」
「昨日はリフレッシュできたかい?」
「はい。あ、あと、おすすめして頂いたレッスンに行けずすいません」
「構わないよ。あくまでおすすめしただけだから」
理由が理由なので若干気まずいクルスであった。色々よくしてもらっているのに遊び惚けていました、はちょっぴり言い辛いだろう。
「今からユーグ先輩の講義?」
「そうですね」
「なるほど。なら、ワンポイントアドバイスだ」
「ワンポイント、ですか?」
「そう。あの人は工夫をする子が好きだ。講義やレッスンは試しの場、付け焼刃ですら大歓迎、と言う性質でね。とにかく色々と試してみると好印象だよ」
「試す、ですね。わかりました!」
「良い返事だ。健闘を祈る」
「はい!」
ピコはクルスの走り去る後姿を見て、にやりと微笑む。クルスは良くも悪くも騎士に染まっていない人材である。型に嵌まっていない点が上手く作用すれば、さらにあのクラス全体がより良いものになるとピコは考えていたのだ。
ユーグの意見も尤も、今の彼の良さは前向きな姿勢であり、それが他者に伝播することで全体を引き上げる力を持つ。最終的には個を突き詰めねばならないとピコは考えているものの、現状の良さを否定する気はない。
昨日一日リフレッシュしたおかげか、より明るさが増し前向きな姿勢も向上したように思える。今はまだそれでいい。どんどん吸収する段階である。
(ユーグ・ガーターの引き出しから学びなさい。あの人はある意味、君と同じで体質の関係上、理合を会得する必要があった人だから。きっと参考になる)
器としては真逆であるが、理合を必要とする意味では同じ。普段の彼から学ぶことは多い。決戦時の彼から学ぶことは一つもないだろうが。
「さて、何処から観戦しようかな、と」
ここで種まきをしたのは丁度自分が一コマ空いていたから。観戦中面白いことが起きたらなぁ、と言う何とも言えない理由であった。
○
今日は準備運動がてら、普段とは違う練習から始まっていた。
「では、このコインが落ちたら開始、だ」
「イエス・マスター」
ユーグとクルスが超至近距離で向かい合う。剣を振る隙間もないほどの距離であり、其処からどう剣を抜き、相手を制圧するかを考えよう、と言う練習らしい。
向かい合う距離を縮めたり、伸ばしたりと言うのは普段の学校でもやっていることだが、ここまで極端な近接戦と言うのは想定したことがない。
講師のユーグとアシスタントのクルスが手本を見せ、その後他の者たちも適当に組み分けし、至近距離での抜き合いをさせる予定。
(とにかく急いで抜こう。この距離なら瞬発力勝負、いくら秩序の騎士相手でもそんなに大差はつかない、はず)
クルスも基本は負けず嫌い。相手が誰であれとりあえず勝ちに行く気満々である。そもそも手を抜けと言われぬ以上、本気でやる以外の選択肢はない。
少なくともクルスはそう考える。
ゆえに、
(………………ここ、だ!)
落ちた瞬間、全力で剣を抜き放とうとした。
だが、
「へ?」
「遅い遅い」
抜く前に抜かれ、剣が突きつけられていた。学生たちから感嘆の声が上がる。早いとか、そういう次元ではない。
まるでもう抜いていたかのような――
(……あっ)
クルスは構えと今の状態、ユーグの動きの前後を比べ何かを察した。もしかして、とユーグに目を合わせるも、しれっと彼は視線を逸らして、
「さ、今から指示する組に分かれてもらうよ。ノアとフレン、フレイヤとテラ――」
続々と名前を呼び、組を分けていく。
最後に、
「ジュリアとクルス」
「ほう」
「……や、やり辛いなぁ」
クルスもまた頭数に入れられた。最初の内は学生のレベル順かと思っていたが、クルスとジュリアだけでなく他も結構ごちゃ混ぜであった。
「アシスタントの分際でデートを満喫していた色ボケには負けないから」
「で、デートじゃないって」
ジュリアが見た、とばかりに早速言葉による牽制でクルスの集中力を削ぎに来たジュリア。彼女も当然負けず嫌いである。
何よりもこれは速さ勝負。彼女の得意分野なのだ。
いくら友人でも、ここで負けるわけにはいかない。
「……」
(最高速度じゃ勝負にならないけど、瞬発力ならノアにだってそれほど劣らない。この距離ならあたしが最速だ。目ん玉ひん剥け、クルス!)
「では、始めるよ」
皆が向かい合い、準備が出来たと判断したユーグはコインを天高く投げる。全員真剣そのもの。準備運動とは言え、手を抜く者など一人もいない。
だからこそ、
(あたしの速さ、に、ィ!?)
明暗が分かれた。
クルス対ジュリア、ジュリアが抜き切る前にクルスが抜き切り剣を添え勝利する。フレイヤ対テラはテラが抜き切り、フレイヤが何かに気づいたのか顔を真っ赤にしていた。多くはどちらか多少速くとも引き分けであったが、クルスやテラたちのように明らかに実力以上の差がついたところもあった。
そして同じ引き分けではあるのだが――
「おいおい、スタディオン君よォ。やってくれんじゃねえか」
「……こちらの方が押されているからね。俺の負けだよ」
「馬鹿言え。こんなん勝ったとは言えねえよ」
ノアとフレン、この二人の引き分けだけは明らかに速度域が違った。互いに理合を把握した上で、速さ勝負となりフレンが押されつつも引き分けに持ち込んでいたのだ。あのノアから、である。
「やってくれたじゃん、クルス」
「あ、いや、その、俺は間近で見たから、マスター・ガーターのを」
「……だからってあたしより速く――」
「いや、これコツだから」
「……コツ?」
クルスの発言に首をかしげるジュリア。ノアとフレン以外の、明確に優劣がついたペアの片方は大体、苦笑のようなものを浮かべていた。
クルスも同じように、苦笑いをする。
「剣を速く抜くコツは、すでに抜いておくこと、だ。剣を握ったまま腰をこのように切るとあら不思議、すでに半分以上剣が抜けている。腕を動かさずとも、ね。なら、腕も動かしてしまえば、普通に抜くより何倍も早く抜ける、ように見える」
ユーグの説明を聞き、気づいていなかった者たちはハッとする。腰を切って剣を抜き放つ居合術。基本的に騎士の戦いは剣を抜き、構えて始まるものであるためあまり使われる技術ではない。実際にここにいる全員が居合術など使ったことがなかった。使えたのはユーグをよく観察していた者たちだけ。
この講義への集中力、洞察力の差が出た。
「さあ、次は互いに背中合わせでよーいどん、の試し合いを行う。背中合わせであること、そしてコインによる開始のタイミング以外は自由だよ」
またも珍妙な試合形式。剣を抜かない状態での始動も珍しいと言うのに、超接近戦や背中合わせでの戦いをさせられるとは誰もが思わなかった。
遠くで見学している、
「あはは、戸惑っているねえ学生諸君」
ピコはゲラゲラと笑っていた。神は細部に宿る、ユーグらしい教え方であろう。騎士の戦いは現代において、かなり複雑化している。魔族と交戦していればいい、そんな時代ではないのだ。むしろ、一番厄介な敵は同じ人間、騎士である。
そして、哀しいかな人間同士の戦いに正々堂々と言うのはほとんどない。奇襲、夜襲は当たり前。相手は殺気を隠して近づいてくるし、隙だって突いてくる。其処で同立ち回るか、臨機応変さも今の時代の騎士には必要なのだ。
が、学校では中々この部分はやらない。やらせない。魔を断つことが本道であり、騎士育成の観点から言ってもそちらへ重点を置くのは当然のこと。そもそも学校でいわば邪道の剣を教えるかと言えば、答えは否であろう。
まあ、こういう場くらいはそういう柔軟さを教えておこう、と言うユーグなりの親心である。ここで戸惑っているようでは現場で苦労する。
背中合わせは先ほどの抜き合いよりもかなり性格が出る。選択肢の多さに戸惑う者もいるだろう。ただ、よく考えたらおかしな話なのだ。選択肢のことを考えるなら、普段の稽古の方がよほど本来の選択肢は多い。
普段どれだけ型に嵌まっているか、殻にこもっているか、こうしてやると一目瞭然となる。工夫出来る者、出来ない者、考えられる者、考えられない者。
どれだけ殻を破れるか、それをユーグは学生に求めている。
それはここだけでなく、
「はい、準備運動終了。それではいつものやつに行こうか」
この先もそう。
ただ漫然と打ち合えば上達するほど騎士の世界は甘くない。練達の者が胸を貸したとて、何かを見出さんとする者でなければ意味がないのだ。
同じ負けるにしても何かを拾おうとする貪欲さ。
それが――
「おいおい、あの野郎。やってんなァ!」
「はは、そう来たか、クルス!」
上手くなる秘訣なのだと、ユーグは知っているから。
「……僕に向かってソード・ロゥか。ふふ、そういうの、嫌いじゃないよ」
「行きます!」
ゼー・シルトで試したいことはあらかた試し終わっていた。もちろん、まだまだ細かな部分で微調整すれば掘るところは多々あるだろうが、それならばいっそ思い切って最高の手本を模倣してみるのも面白いかな、と思っていたのだ。
決定打は先ほど、ピコが背中を押してくれたから。
その様子を見て、
「あっはっは、やっぱいいなぁ。クルス君は」
ピコはさらに大喜びする。
誰もが唖然とする、掟破りの型パクリ。其処から始まる、世にも珍しい下段の剣での撃ち合い。足元で火花を散らす剣戟の実に珍しいこと。
(大事なのは足運びだ。マスター・ガーターは常にいい場所を取っている。俺もそれは見えるんだ。陣取り、地の利を取って――)
「良い眼だ。それは集団戦でこそ活きるよ」
クルスを笑顔で褒めるも、ユーグはあえてクルスと同じ場所に足を差し込み、そのまま足払いを仕掛けてクルスをひっくり返す。
「だが、見えても取れなきゃ意味がない」
「……勉強になります」
「はいダッシュ」
何もかも通じない。だけど、また一つ学んだ。また一つ経験を積んだ。ソード・ロゥをクルス自身が使うかどうかはともかく、下段同士がどういう動きになるのかも多少観察することが出来た。新しい発見である。
正しい応手を知る機会でもある。
何せ相手はユニオン騎士団の副隊長であるのだから。
しかし今日は、クルスだけではなかった。
「よろしくお願いしますわ」
「……これはこれは」
フレイヤが盾を構えず、両手で剣を握る。クルス以外は全員、呆気に取られた。ヴァナディースにとって剣と盾の戦技は家の誇りである。普通の者よりも優れた血統、力、公平を期すために彼らは力を二等分した。
魔導技術の発展により、大分薄まった部分ではあるが、それでも剣と盾が誇りによる舐めプであることは否定しようがない事実である。
それを稽古とは言え捨てることの意味は――騎士を知る者ほど重く受け止める。
「今日は面白ェ日だなァ」
ノアは次は自分も、と笑う。
少しずつ伝播していく。変化の兆し、工夫の波。出来る出来ないはある。向き不向きもある。だが、それは挑戦しない理由にはならない。
やらない理由にはなりえない。
「頑張れ、若者たち」
才能だけではダメなのだ。観戦するピコはそれを知る。しかもただ努力するだけでも足りない。考え、工夫し、改善し、そういうものを兼ね備えた者が上へ行く。
自分の失敗を新たな世代である彼らにしてほしくはない。
そのために呼んだのだ。
最高のお手本を。
そのためにごねたのだ。
自分の知る最高が出張ってきても角が立たぬ局面を整えるために。
無論、政治的な面もある。出来ればピコとしては第十二騎士隊よりも、今後ユーグが率いることになるであろう第五騎士隊などと付き合いを深めていきたいところはある。今までも付き合いもあり難しいが、最終的には第十二騎士隊と縁を切りたい。
今回の一件は、そのための試金石でもあった。
基本的にはまあ、学生たちのためと言うのが一番ではあるが。
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