第70話:新たなる負荷を求めて

「へくし」

「……随分可愛らしいくしゃみだな、ソロン」

「夏に風邪は引いたことないんだけどね」

 フロンティアライン、人類生存圏北限での死闘は毎年恒例ではあるが改めてその凄まじさに驚嘆してしまう。世界各国の騎士団、その精鋭たちが集い共に戦線を築き上げているのだ。騎士連盟に属する団のほぼ全てがここに集結している。

 一年で夏に最もダンジョンの発生率が跳ね上がり、冬にかけて鎮静化していく。ゆえに毎年、夏の時期は忙しくなってしまうのだ。

 それこそ学生の手を借りたくなるほどに。

 各学生はそれぞれ、基本的には付属の騎士団へ配属される。ディンたちであればアスガルド王立騎士団へ、と言う具合に。

 ただ、例外もあり、目の前でゆったり食事をとるソロン、其処から少し離れてまるでげっ歯類の如くモリモリかじかじ食するイールファス、この二名はユニオン騎士団の部隊に配属されていた。ソロンは第一、イールファスは第四、と言った具合に。

 ちなみに明言はされていないが、彼らはすでにユニオン騎士団からオファーを受けているようなもので、今回の配属も彼らの性能を確認するため、と言う側面もある。例外中の例外、メラやアセナのようにオファーを貰うこと自体稀だが、三学年を終えた時点でユニオンから唾を付けられることはもっと稀である。

 オファー組は騎士隊の選択権があるため、第一、第四共に二人へのアピールは欠かさない。他の学生とは立場が逆なのだ。

 一応、ソロンは第一を、ノアは第二を、イールファスは第四を希望している。それぞれ理由は頂点、マスター・ウーゼルの剣を学びたい。ソロン、イールファスとは別の隊で出来るだけ数字が若い方(つまり二)。一番自由にさせてくれるとこ。と三者三様であった。ノアなど二人の選択依存である。

「二人とも今日もダンジョンに随行したんだろ?」

 ディンの問いにソロンは頷く。イールファスは硬めのパンに夢中だった。

「そうだね。いい経験をさせてもらっているよ」

 各騎士隊にも特色があり、二人とも同じ扱いではない。ここにはいないがトップがウーゼルであるため、隊自体が厳格である第一はソロンを特別扱いしつつも、一応学生と騎士で明確な線引きが成されている。対して第四はイールファス囲い込み大作戦と称して、普通に騎士隊の一員として前線に立たせていた。

 三学年のみならず、学生としては破格の扱いであろう。実際、学生全ての中でイールファスが一番敵と交戦し、討伐経験を積んでいる。

 そのフレキシブルさが第四の特徴、であろうか。

「でも、突発型はないから、アースの時ほど危機感はない」

 パンから口を離したイールファスの言葉に皆表情を曇らせる。昨年末起きた大事件、早々あんなことが起きてもらっても困るが、あれを経験している以上多少物足りなさを感じても仕方がないだろう。

 災厄の騎士の存在はさておき、基本的に通常のダンジョンはその発生規模で難易度、そのダンジョンが包括する戦力を測ることが出来る。昨今、効率化された連携や立ち回りの構築により、騎士の生存率が跳ね上がっているのだ。

 それだけ死から遠く、その分何処か作業めいてもいる。

「生存率が高いのは良いことだよ、イールファス」

「でも、退屈」

「……君は正直だなぁ」

「ソロンが嘘吐きなだけ」

「そうかな?」

「そう」

 二人の会話には棘がある。さすがにディンもわかってきた。デリングが恋しい。ちなみにデリングは騎士団の上の人たちと会食のためここにはいない。彼もまたある意味、この場の二人よりも特別な存在であるのだ。本人の意思はともかく。

「それにしてもこうして君と普通に会話できる日が来るとはね」

「……悪かったな」

 ログレスではずっとディンがソロンを避け続けていた。優秀だと思っていた自分の驕り、家からのプレッシャー、学校側からの特別扱い。

 全てがディンを蝕み、完全に砕け散ったから。

 悪いのは己、ソロンは何も悪くない。

「いや、気にしていない。ただ、心境の変化は気になってね」

「別に大したことじゃねえよ。俺も真面目に頑張るか、と思っただけだ」

「そうか。やる気になったのは良いことだ」

「まあ、またすぐ折れるかもだけどな。何と言ってもアスガルドまで逃げた男だぜ、俺は。クレンツェ史上どころかログレスの歴史でも初だろ」

「ふふ、確かに」

 ログレスの名門、現在攻撃の型で最も採用率の高いフー・トニトルスを生み出した騎士全体で見ても最上位の家から落伍者が出たのだ。それも期待されていない者ではなく、家からも学校からも期待されていた男が、である。

 それはもう大事件となった。アスガルド側も当初は受け入れを渋っていたほどである。クレンツェがログレス以外はありえない、誰もがそう見るから。

 最終的には本人の意思と家が折れたことで今の形となったが。

「……そう言えばスタディオンはどうだ?」

「どうだ、とは?」

「いや、たぶんよ。俺のせいだろ、あいつが浪人させられたのって」

「ああ、そうかもしれないね」

 ソロンは苦笑して一応肯定する。今のフレンの実力を知るからこそ、二学年のタイミングで入学出来なかったのはありえない。実力は十二分、それでいてクレンツェほどではないが名門スタディオン家なのだから本来は顔パスである。

 明らかに何らかの意図がなければ落ちることはない。

 そして意図があるとすれば――

「俺の再来になりそうか?」

 ディン・クレンツェの二の舞を避けるため。ソロン・グローリーから離れたところで育成しつつ、先んじて挫折を与えておくことで慣らしておく。

 学校側とスタディオン家の密約しか考えられない。本人が知る由もないが。

「いや、それはないだろう。彼は強いよ。俺にもよく質問をしてくる。眼の色がね、今の君と似ているんだ。前期は少し、危ういところもあったけれど」

「そ、そうか。ならよかった。一応ほれ、深い関係じゃないけど知り合いだしさ」

「名門同士だからね」

「それに友達の友達でもあるんだ」

「へえ。アスガルドにいたかな。スタディオンと縁深い家が」

「いや、家はあれだ。イリオスのド田舎出身で騎士の家柄じゃねえよ。でも、面白い奴でさ。不屈って言うか、勤勉と言うか、まあ、そんな感じの――」

「……名は?」

「ソロンは知らねーよ。クルス・リンザールってんだけど」

「……知ってる。拳闘大会で当たったから。一回戦でね」

「マジか! はは、あいつ運悪いなぁ。確かあれだろ、イールファスも闘技大会で一回戦当たったんだよな。すげえ確率だ」

「……本当に」

 ソロンの表情に変化はない。ディンは何も気づいていない。

「フレンとはどういう関係?」

「その闘技大会って予選は三人一組のチーム戦で、其処で組んでいたらしいぜ。やっぱ騎士はあれだよな、一緒に戦場で肩を並べると違うわ。付き合いは俺の方がもう長いけどさ、文通の感じとか見ていると仲良いなぁ、って思うし」

「なるほど。ありがとう。今度フレンとも話してみるよ」

「お、おお。どういたしまして」

「……そうか、ふふ、やはり、面白いな」

「何て?」

「何でもない。そろそろ休もうか。明日も早いから」

「お、そうだな」

 ソロンは以前から少し疑問に思っていた。フレンは特に後期から、自分と積極的に絡もうとし始めた。望んでいた展開、眼の色も素晴らしい。

 だけど何故か、惹かれなかった。

 その理由が分かったのだ。フレン、ディン、それにミラ辺りもそうか。彼らは強くなった。強い火を眼の奥に灯している。だが、それは内から出たものではない。

 おそらく大なり小なり、彼の影響を受けていたのだ。

(今日は気持ちよく眠れそうだ)

 熱源は彼。中心もまたそう。

 やはり己の考えに、見立てに間違いはなかった。

 確信を持って待とう。彼はきっと、『ここ』へ辿り着くから。

 ディンが去った後、

「ソロン」

 イールファスが口を開く。声のトーンがいつもと違う。

 本当にわかりやすい奴だ、とソロンは嗤った。

「何だい、イールファス。喧嘩ならまた今度にしてくれ。今、気分が良いんだ」

「クルスが見ているのは俺たちじゃない。俺たちすらまだ見ぬ……未踏の頂だ」

「ああ、そのことか」

 そんなこと百も承知。

「俺が至り、越え、成り代わるだけ。簡単な話だろ、イールファス」

「……器じゃない」

「君如きが口にしていいセリフじゃないなァ」

「なら、ノアならいいのか?」

 ソロンの表情がわずかに揺らぐ。嫌悪に。

「わかっているだろう? 彼はただのさびしがり屋だ。孤高に至る覚悟すらない。それでは如何なる器も意味がないさ」

「孤高、ね」

 イールファスにしては珍しい笑み。其処にも嫌悪が刻まれている。

「何が可笑しい?」

「それを持つ奴は誰かに固執しない」

「……」

 同族への嫌悪が。

「俺はお前と違って正直者だから言っておく。俺は、どんな手段を使っても至ったあいつと遊ぶ。騎士とか、世界とか、どうでもいい。妹のことは気がかりだが、それもクルスに押し付ければ問題ない。だから、俺は誰よりも自由だ」

「……」

「その仮面を被り続ける限り、先んじるのは俺だ」

 イールファス・エリュシオンには騎士の核となるべきものがない。それを彼が持ち合わせているわけがない。異端の排斥、白き妹を取り巻く世界を見てきた。

 世界を彼は尊いものとは思わない。醜い面ばかり見てきたから。

 彼の世界には自分と妹だけ。じき、自分だけとなる。

 それが彼の偽らざる、『正直』な生き方であるから。


     ○


「えー、現代において剣の型とは本当に多種多様です。連盟に登録されている公認の型だけでも三十を超え、非公認も含めたなら百、二百ではききません。まあ、その辺りになると剣先が一ミリズレただけで名前が変わるとかそういうレベルですし、全く同じ方でも地域によって違う、みたいなことも平気で起こります」

 他のアシスタントであれば今更な話、退屈だと思うかもしれない。ところがどっこい、クルス・リンザールにとってはふわっと知っているだけの知識、その掘り下げであるため大変興味深く、楽しみながら講義を受けていた。

 厳密にはアシスタントなどで受けているわけではないが。

「よって学校では基本的に公認三十種をベースに教えているところが大半です。キリがありませんから。そして、その三十種の大本となったのは、わかる人?」

「はーい!」

「はい、では其処の元気な君」

「上段、ハイ・ソード。中段、ソード・スクエア。下段、ソード・ロゥです!」

「よく出来ました。これが基本三種ですね。いずれも正眼、正面を向いた状態で剣を頭の上に掲げるのがハイ・ソード。上半身のスクエア、その中心に剣を置くのがソード・スクエア。そして足元に垂らすのがソード・ロゥです」

 メガラニカの講師が実演込みで構えを教えてくれる。ちなみにクルスはソード・ロゥを今日初めて見た。ハイ・ソードは同学年にも使い手はいるが、下段は見たことがない。使えるのかな、と疑問に思う。

 パッと見でも欠陥が多そうだから。

「ちなみに基本三種の中では一番ハイ・ソードの使い手が多いです。が、ぶっちゃけるとこの三種、そもそもほとんどの人が習うだけで使いません」

 クルスはちょっぴり居た堪れない気持ちになった。この前まで自分は一応、ソード・スクエアの使い手であったから。

 まあ、使い手と言っていいのか微妙なところだが。

「例えば上段であれば完全な正眼であるハイ・ソードよりも、敵に対し半身までいかない斜めを維持、前傾姿勢を取りながら近接戦を仕掛けるフー・トニトルスの方が攻防のバランスが取れています。現代では完全な正眼の構えはほぼ廃れたと言っても良いですね。あまりにも防御に難があり過ぎるので」

 これに関してはエメリヒ先生も言っていた。正眼の構え、その利点は前進する際の突進力にあり、それがそのまま攻撃力、敵へのプレッシャーに繋がっていたが、現代の騎士剣はそもそも、しっかりと刃筋を差し込めば大体の物質が斬れるため、防御を捨ててまで火力を追い求める必要はない、と見做されているのだ。

「上中下、どの構えも半身まで行かない足を軽く前に置いた型が多いですね。先ほども言いましたが完全な正眼が攻撃特化、半身に近ければ近いほど防御寄りになっていくと言うのが型を考える上での基本ですね」

「あの、先生」

「何ですか、アシスタントのお兄さん」

「クー・ドラコは半身ですが、受け寄りの型なのでしょうか?」

「……え、と、それは完全に例外になります。クー・ドラコ、竜の尾と呼ばれる型ですが、こちらは別名脇構えとも呼ばれる切っ先を相手に向けないもの、中下段、ソード・ロゥの亜種ではありますが別物です。これは防御に難がある、ではなく完全に防御を捨てた、いわば捨て身の型になりますので、常人にはお勧めしません」

 先生の強い否定。ちびっ子たちの前でこの話はしたくない、と言うのが伝わってきた。クルスも空気を読み「ありがとうございます」と質問を打ち切る。

 捨て身の型、何故クロイツェルはそんなものを愛用しているのだろうか。

 少し気になってしまう。

「折角例外が出ましたので、ついでに面白い例外を一つ紹介しておきます。アスガルド王国のマスター・ユーダリルのことはみんな知っていますね?」

 ちびっ子たちが大声で「はーい!」と返事をした。さすが英雄ウル・ユーダリル。講義がザルなのと脇が甘いことを除けば立派な人物であるのだ。

「彼はカロス・カーガトス、と言う型を使います。かの学校の校訓、紳士たれを表す剣ですね。こちら、今でこそマスター・ユーダリルが有名ですが実は名門ナルヴィ家が考案した型になります。今でも彼らはそれを使っているはずです」

 クルスはふわふわと思い浮かべる。確かにデリングの構えはウルと同じであった。あまり気にしたことはなかったが。

「そして面白いのは、この型は本来受け寄りの、と言うよりも防御に特化した型であった、と言うことです。理屈で考えれば簡単ですね。体を半身に、剣を前に差し出す。これだけで対峙すると有効な攻撃箇所がほとんどありません」

 確かに、とクルスは心の中で手をポンと叩く。

「ですが、マスター・ユーダリルが行使する場合、これは攻撃特化の、世界最高火力を叩き出します。一点に魔力を集中し、踏み込みと同時に突き出す。まさに一撃必殺、ただの一撃で災厄の騎士を屠った伝説もあるほどです」

 使い手次第で型が裏返ることもある。確かに面白い話であった。魔力量の異常体質と防御特化の型が噛み合い、攻撃特化もびっくりの馬火力が出るとは、普通では考えられないことであっただろう。

「ちなみにこのせいでカロス・カーガトス自体、あまり防御寄りの型と見做されません。それを秘伝とするナルヴィ家としては痛し痒しですね」

 何で名門の秘伝の型をウルが使うのだろうか、と疑問に思うクルス。

 答えは見て盗んだから、である。

 当時はまだ若く、モラルもクソもなかったので――今もあまり変わらないか。

 こんな感じで型の講義はつつがなく進行する。

 基本中の基本であるが、習っていないクルスにとっては改めてしっかり教わると新鮮であった。何せこういう小話はこの先の学習で必要ないため、勉強をする際も後回しとなってしまうものなのだ。効率的な勉強の弊害である。

 ゆえに大満足のクルス。次はピコ先生の講義担当であるが、最近は彼の無茶ぶりにも慣れてきたので無問題。アニマルフローだろうがピラティスだろうがどんとこい、である。きっちり学習は身体にしみこみつつあった。

 慣れとは習熟の結果、喜ばしいことである。だが、同時に慣れた行動の繰り返しは習慣でしかなく、負荷としては不十分。

 それを――

(もったいない、と私は思うわけだよ)

 ピコは考えていた。ここまで来たらもう趣味である。ソロンと出会い飛躍し、ここに来て着実に力を蓄える彼がどこまで伸びるのか。

 それに彼の存在は周りにもいい影響を及ぼす。ジュリア・ドレークはメガラニカに来てから最初の頃、座学で躓き苦戦していた。今も座学が足を引っ張っているのは間違いないが、後期からの巻き返しは苦手への挑戦が原因であろう。

 それとなく理由を聞いた時、あの二人には負けたくないから、と彼女は答えた。

 クルスとフレン、どちらも教師目線で素晴らしい生徒である。真面目で勤勉、貪欲な姿勢は好感が持てる。折角の機会、同じ環境に解き放つのも一興。

 それがあの子にとってもいい影響となるかもしれない。

 天才たちに心折れ、伸び悩むあの子にとって――

「やあクルス」

「あれ、シャハル。どうしたの?」

「担当チェンジだ」

「……え?」

「マスター・ガーターがお待ちかねだよ」

「……俺が!?」

 新たなる負荷を求め、クルス・リンザールは特別クラスへ赴く。

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