第66話:小さな学びをコツコツと
「はいみんな注目」
「はーい」
クルスは今、極めて高い状態で集中力を保っていた。何故ならこれはピコ先生による講義であり、初等向けとは言え全然、これっぽっちも油断ならないのだ。
そんな警戒などどこ吹く風、
「まずは基礎の基礎のおさらいね。体の中に流れている見えないもの、なーんだ?」
「はい!」
子供たちが一斉に手を挙げる。
「ではそこの一番元気だった君!」
「魔力です!」
「正解! アシスタントのお兄さんはわかったかなぁ?」
「もちろんわかっていましたよ」
「怪しいねえ。みんなはどう思う?」
「あやしい!」
(……くっそ、滅茶苦茶弄ってくるじゃん)
これも仕事なのだと自らに言い聞かせながら、クルスは弄りに耐える。まあ言うほど気にしていないし、子どもたちもしっかり盛り上げる辺り、教え方は今まで見てきた先生の中でかなり柔らかく、上手だとクルスは思う。
「魔力はみんなの身体に流れているんだ。私も、君も、何ならこの目の前の木にも流れているものなんだよ。動物、植物に限らず、生きているモノなら基本的に魔力がある、と覚えておくように。それでこの魔力をどう使うか、これが今日のポイント」
ピコは皆の前に立ち、両手を前に出す。
そして、
「ふん! と。これで見えるかな?」
「すごい!」
(すげえ!)
子どもとクルスの感想が一致する。ピコは今、皆の前に向けた掌に体内の魔力を集め、皆に見えるようそれを可視化するまで濃度を高めていた。
通常、魔力の流れが人の目に見えることはほとんどない。ウルなど一部の化け物は屁をこくぐらいの気安さで魔力を可視化するまで高めることが出来るが、常人であればほぼ不可能。才能に恵まれ、訓練して初めて成せる技なのだ。
当然、魔力が薄めのクルスには不可能な芸当である。
いや、実はやり方次第で出来なくはないが、目の前のような両手をかざし、胸全体を守るような形で魔力を展開することは出来ない。
「今、私は物凄く頑張ってみんなに見えるようにしているんだ。誰か、ここに向かって石を投げてくれないか? 出来れば早めだとありがたいね」
「石見つけた! 投げまーす!」
「ありがとう!」
無邪気な子供の全力投石。それをピコは何もないはずの空間で受け止める。魔力だけで、物理的な攻撃を阻んだのだ。
「ぶは、これが限界」
その後、ピコが息を切らせ魔力を解いた瞬間、石が地面に落ちる。
「ふう、まず、魔力は言葉の通り、力だ。濃度次第では今みたいに壁となり、モノを阻むことも可能、ではある。が、実用的ではない」
「なんでですか?」
「物凄く頑張っても、君たちが投げる石を止めるので精一杯だから、だよ。これがもっと重たいものや、もっと速いもの、同じ重さ速さでも多少魔力をまとわされていると、どうやっても止められない。そもそもかわした方が早いし安全だ」
次にピコは思いっ切り踏ん張り、全力で地面を蹴って跳躍した。
「わぁ!」
「バケモンだ」
これまたとんでもない高さまで飛び上がるピコ。ちなみにクルスも少し試してみたことはあるが、死ぬほど気張っても1mほど高さが増すだけだった。
ピコは今、10m近く跳んでいるのに。
「はい着地! これやる時に気を付けるべきは、着地も跳躍時と同様の魔力を足に展開しておかないと、普通に怪我しちゃうってことね」
この人実は物凄い人なんじゃ、と今更ながらにクルスは思い始めていた。
「身体能力の向上、これに関しては実用的、と言うよりも私たちは日常的にそうしている。意識していないだけで、あらゆる動作を行う上で我らは魔力を行使しているわけだ。それを意識してコツを掴むと、多少人間離れした動きが出来るようになる。今私が見せたようにね。で、これの特訓方法だけど――」
ピコは近くの木に近寄り、階段でも登るかのように木に足をつけ、そのまま垂直に木を登り始めた。子どもたちは歓喜、クルスも同じ反応。
子どもと同レベルであった。
まあ、それも仕方がない。三学年でこんな講義、御三家クラスの学校がやるわけないのだ。こういう基礎中の基礎は一学年で網羅されている。
そしてクルスはそれを受けていない。
「木や壁に垂直に立つ。と言うのは超上級者向け。魔力量次第では出来ない人もいるし、これまた実践的じゃない。ただこうして――」
バキ、と幹がへこむほど足裏を木にめり込ませ、
「足を固定してしまえば、こうして張り付くことも多少は楽になる。多少ね。こういう動きは結構実戦でも使えるから、訓練しておくと良い。これが中級者向け」
悠々とその場で待機して見せる。ちなみに崖で攻防していたテュールとエメリヒはこれらを駆使し、地面と垂直の状態で戦闘し続けていたのだ。余談。
(これで中級者!? 上級者の間違いでしょ! 俺出来ないんだけど!?)
クルスは驚愕する。直接習っていないこともあり、そもそもこの動き自体を試したことがない。崖を登る講義でこの技術を他の皆が使っているのも見ていない。暴れん坊な先生を見ていれば話は違ったが、こんなの完全初見である。
だと言うのに、
「もちろんこのお兄さんも出来るよ」
「ちょォ!?」
「すごーい!」
「やってー!」
ここで発動、ピコの無茶ぶり。クルスは背中に冷や汗をだらだらかく。初めての運動をこなす、とかいうレベルの話じゃない。と言うかクルスの中でピコの動きが中級者だとはとても思えなかった。それとも自分が知らないだけで、皆あんな動きが出来るのだろうか。だけどフレイヤは胸をつっかえながら普通に登っていた。
これが出来るならあんな無様はさらさなかったはず。
どう考えても無理。出来る気がしない。
「いやぁ、楽しみだなぁ」
(……く、くそったれぇ!)
にやにやと楽しむピコを尻目に、背中にバシバシと突き刺さる子供たちの期待のまなざしが辛い。辛いとかいうレベルではない。
失敗したらきっとため息をつく。がっかりする。学校にも泥を塗りかねない。仕事失敗、クビ、夏の間放浪することになる。
それは避けたい。
ゆえにクルスは全力で頭を働かした。今この場で魔力が跳ね上がることはない。力がつくこともない。今持てる手札を頭の中で並べ、考える。
どうやったら、目的を達成できるのかを。
(さすがに無理かな?)
履歴書に記載されていた魔力量で、ピコと全く同じことは不可能である。ただ、同じ現象を起こすことは出来るのだ。少ない魔力量でも。
工夫次第で活路はある。あとは捻り出せるかどうか。
ただ、上位層でもなかなか答えに辿り着けない子も多い悪問ではある。ちょっと負荷を上げてみたが、さすがに難しかったかと半ば諦めていた。
クルスが出来ずとも軽く茶化し、場を進行させるつもりだったが――
「……行きます」
「おっ」
クルスは勢いよく足を木へ向けて前蹴りの要領で蹴り込む。勢いをつけるのは確かに解の一つだが、それだけでは足りない。
その足りない部分を、
「……いいね」
魔力の展開範囲を絞ることで、埋めた。足先だけに魔力を集中し、木にめり込ませた上で体を持ち上げる。固定さえ出来ていれば後は体幹の問題。
騎士の卵ならば当然、出来る。
(きっつい。あー、くそ、体幹鍛えよ! しんどいしんどいしんどい!)
出来るが、まあきついのは普通の人と一緒。
「わあ!」
「メガラニカのお兄ちゃんすごーい!」
(アスガルドのお兄ちゃんだけどね!)
気合と根性、創意工夫で窮地を乗り切ったクルス。が、肝心要の抜け出る方法がわからない。と言うか蹴り込んで無理やり食い込ませたから、この体勢からじゃ脱出は難しく。体幹の悲鳴と共に無様に倒れ伏すところであった。
(ヤバい。死ぬ)
「うんうん。メガラニカの学生ってすっごく優秀なんだよ、お兄さんみたいに。みんなもきっとこう成れる。だから、来年はメガラニカを受けよー!」
「おー!」
ピコが良い感じにまとめ、しれっとクルスを動きの流れの中で引っこ抜く。巧みな隠蔽術、相当熟達した者でなければ見逃していただろう。
「……ありがとうございます」
「こちらこそ」
ぼそりと言葉を交わし、ピコは再び子どもたちに向く。
「今のは出力する面積を絞って、対象への力を増したんだ。お兄さんは器用だねえ。と言ってもみんなには難しいから、まずは簡単な訓練法を教えよう」
「わーい!」
「こうやって、木や壁に向かって走り、そのまま垂直に駆ける。足に吸い付く感覚があればオッケー。より強く、その感覚を向上させることが魔力のコントロール、その上達の第一歩だよ。みんなもやってみよう!」
「おー!」
子どもたちが一斉に駆け出す。その辺の木や壁に向かって。
そんな彼らをよそにクルスは木に手を添え、
「……」
吸い付く感覚を得た。
「意識してコントロールしたのは初めて?」
ピコの問いにクルスは頷く。
「まあ、改めて講義するほどの内容ではないからね。初等でさらり、それで終わり。皆、それこそ農家だって多かれ少なかれ、生きている限り魔力なんて使っている。それなりのコントロールは誰にでも出来る。騎士の多くもなあなあさ。だけど――」
ピコはにやりと笑みを浮かべ、
「だからこそ、其処で差がつく。意識し訓練してご覧。出来ることが増えるから」
「……イエス・マスター」
クルスに教えを授ける。小さな、されど確かな一歩分の教えを。
よく考え、答えを導き出した者へのご褒美として。
本日もアシスタントの中で学びを得るクルスであった。
○
そんなクルスの奮闘をよそに、もう一つの広場には選び抜かれた騎士学生の精鋭が集まっていた。そう、メガラニカが主催する特別講義のために。
その中心は、
「よォ、ヴァナディース。相変わらずのしかめっ面だな。たまにはその辺のレディみたいに笑顔を振りまいてみたらどうだ?」
「お生憎様。わたくし、安売りしておりませんの」
「堅いねえ」
三強の一角、ノア・エウエノルであった。動きも軽ければ態度も軽い、言葉も軽いとくればお堅めの騎士界隈では浮いてしまうのも必然。
実際に彼は騎士の家出身ではなく、そんな文化も知ったことではない。
実力で黙らせる。少なくともこの場の多くが、彼の軽口に対し何も言えなかった。
「あれ、君可愛いね。何処校? 出身は? 文通しない?」
「……やらない」
「え、なんで? 俺イケメンだよ?」
「……うーわ」
最初は「うわ、ノアってこんなにイケメンだったんだ」と笑顔であったジュリアであったが、この集合した短い間での彼の立ち回りを見て、評価は地の底以下に叩き落されていた。全てが軽いのだ、この男。
何せ目に付く女の子全員に声をかけていたから。男はガン無視。
「ちっ、今日は不発か」
「余裕だね、ノア」
「おや、どちらさん?」
「……すぐに思い出させてあげるよ」
「冗談だよ、アウストラリス。怒るなよ」
「……」
テラ・アウストラリスはノアの適当な対応に顔を歪める。彼は、彼らは知っているのだ。この男は普段苗字呼びだが、ソロンとイールファスだけは名前呼びであること。厳密には彼が認めた相手だけ。同世代は二人だけがそう呼ばれている。
アスガルドのトップ層であるフレイヤ、メガラニカのトップであるテラ、どちらも彼からすれば騎士として、自らの敵と成り得る存在ではない。
呼び方からしてそう言っているのだ。
態度はまあ、誰に対しても軽いのだが。
「あー、早く来ないかなぁ」
そんな敵意など露知らず、ノアはそわそわしていた。ずっと楽しみにしていたのだ。今日と言う日を。フロンティアラインを蹴ってここに来た。
それだけの期待があったのだ。
「来たぞ!」
「っし!」
ノアだけではなく、皆の雰囲気が引き締まる。
皆、このためにメガラニカへ来たのだ。
「どうもぉ。ユニオン騎士団から来ました」
共和都市ユニオンと立地的に近く、ここ百年で密接に結びつきを強めたメガラニカだから出来る荒業。サマースクールにユニオン騎士団を派遣させる。
それも――
「第五騎士隊のユーグ・ガーターです」
「ッ!?」
ノアは名前を聞き、より深く笑みを浮かべた。騎士ならばこの名を知らぬ者などいない。やる気ない風貌、猫背でとても騎士に見えぬ男である。
「……はは、第五騎士隊の、副隊長様かよ」
だが、彼はユニオン騎士団の副隊長、つまりは隊長格なのだ。
世界最強の騎士団、その頂点の一角に君臨する男が来た。
「よろしくねえ」
緩い気配をまといながら。
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