第44話:騎士の本質

「……ふふ」

「ご機嫌だな、ストゥルルソン」

「ええ。まあ、思い出し笑いです」

「……そうか」

 学園から出発した列車の個室に、今年の代表者三名と引率の教師一名がいた。リカルドは出発して早々、お手製のゆで卵を塩も振らずに食べている。もう一人の代表者、ロメロは腕を組み目を瞑っていた。ストイックに見えるが乗り物酔いする性質らしく、その予防のため初手瞑想を使っている、らしい。

 船旅は仰向けに寝転びしのぐ予定。

「自分が見送られる立場と言うのは不思議な気分だね、リカルド」

 騎士学校対抗戦、ミズガルズ中の騎士学校、騎士連盟より認可を受けたすべての学校が参加をする巨大な催しに彼らは出向く。六学年はほぼ就活のため動く以上、騎士学校の学生としては五学年の今が総決算となる。

 誰もがこの舞台を目指し、同じ志を持つ仲間たちと切磋琢磨してきた。そんな彼らを学校の皆が総出で送り出すのは当然のこと。

 去年までは彼らのそちら側であった。

「ん、まあ、確かにな。四年間見送り続けて、いつか自分もと思ってはいたんだが、いざ見送られる立場になると気が重い」

「君らしくないね」

「後期からのお前さんほどじゃないさ」

「私は昔から努力家だよ」

 はん、とリカルドは鼻で笑う。隣のロメロは薄く目を開け、

「それは皆知っている。だが、努力を見せなかった女が隠し切れぬほど泥臭く修練に励む姿が、らしくないとリカルドは言っているのだ」

「てっきり諦めたもんかと思ってたんでね。前期までは」

「覇気が欠けていたからな」

 さすがは幼馴染二人組、全部筒抜けだったかとエイルは苦笑する。剣は口ほどに物語る。なれば隠し切れる道理はないのだろう。

 彼らは皆、騎士となる者たちなのだから。

「後輩に喝を入れられたのさ」

「へえ。珍しいこともあるもんだ」

「そうかい?」

「そう言うのを大きなお世話と切り捨てる口だったのにな」

「大きなお世話だよ、ロメロ」

「ふっ」

 それきり個室内は沈黙が支配する。彼らは各々、自身が話さねばならない場では多弁になるが、そう言った場を離れると口数が多い性質ではない。

 特にこうした気心の知れた相手が一緒だと。

 そんな中、

「バルガス」

「あ、はい」

 今回の引率役である彼ら五学年の担任が口を開いた。

「気が重いと言ったが、それは何故だ?」

「……こう、学校の皆が総出で応援してくれると期待に応えなきゃ、と」

「安心しろ。お前たちに期待している学生などいない。教師はなおのこと、だ」

「……し、辛辣っすね」

「事実だ。お前たちは私が見てきた中でも極めて平凡で、特別秀でたところのない世代だった。一学年からお前たちを見ているが、冬の時代が来たものだと思っていた。谷間の世代、そんなこと誰もが知っている」

 三人は口を閉ざし、誰よりも自分たちを知る恩師の言葉を聞く。

「ゆえに気負うな。期待されていないのに勘違いするのは無駄なことだろう」

「「「イエス・マスター」」」

「まあ、唯一の美徳は真面目であったことだ。それで勝てるわけではないがな。私も期待していない。勝てと言う気もない。お前たちはただ、自らのために戦えばいい。今更代表になったお前たちに就職の心配などしていないが、就職した先で対抗戦の結果はそれなりに意味を持つ。どうせ騎士となるなら出世しろ。そのためだけに戦い、その結果としての勝敗を飲み込むだけで充分だ」

 語るだけ語り、教師は口を閉ざす。額面通り受け取ればひどい話であるが、彼ら三人は、五学年の皆は知っている。冷淡で口が悪く、評価は辛目、と学生受けの悪い先生であるが、その実早朝だろうが放課後だろうが、勇気を出して向き合えば真摯に、それこそ学生が理解するまで必ず付き合ってくれる先生であった。

 冷淡なままの彼しか知らぬ者は向上する情熱を持たぬ者だけ。

 だから彼らは知っている。彼の言いたいことは「気負うな」その一言だけ。あとは気負わせぬための方便であることを。

 そしてもう一つ、

「先生」

「なんだ?」

「私たちが優勝を目指している、と言ったら先生は笑いますか?」

「愚問だな。闘争の場において、勝利を目指さぬ者の方が理解に苦しむ。如何なる実力、立場であれ、常に勝利を目指すことは基本姿勢だろう」

「私もそう思います」

「……そうか。なら、資料でも見て勝ち方を模索しておけ。お得意の真面目さを活かす時だ、ストゥルルソン」

 彼は鞄から取り出した書類をエイルに手渡す。それきり彼もロメロのように目を瞑り、口を閉ざした。あとは学生の時間だ、とでも言わんばかりに。

 そして、その書類には――

「ログレスやレムリア、お、準御三家の代表候補だろ、これ。あ、俺こいつ知らねえや。へえ、最近伸びてきたやつかな」

 各校の代表候補、と目される学生たちのデータがびっしりと載っていた。教師である彼自身が足で集めたわけではないのだろうが、学園のスカウトや様々な伝手を伝い、これだけの情報をかき集めたのだろう。

 期待していない、と言った彼らのために。

「駅についたら見せてくれ。酔うから、見れん」

「はいはい。相変わらずだな」

「さて、作戦会議をしようか。我らが担任の期待に応えねば、ね」

「期待していない」

「そりゃあないっすよぉ、先生ぃ」

「教師の仕事を果たしたまでだ。ゆえにお前たちも学生の仕事を果たせ。学生は目立ってナンボ、出来るだけ高く団へ自分を売って見せろ」

「「「イエス・マスター」」」

 誰も期待していない世代。上が比較的優秀で、下も今の三学年が入ってきた時点で学校関係者は皆、其処に目をかけるようになった。それは仕方がないことであろう。誰がどう見ても、今の三学年は宝の山なのだから。

 だが、そうなっても変わらずこの男は谷間の世代に向き合い続けた。学生が情熱を失わぬ限り、助言を、指導を欠かさなかった。だから彼らはここにいる。飛びぬけた才能はない。それでも磨き上げたものがあるから、彼らは代表なのだ。

 彼は周囲に期待させぬよう下げた物言いをする。周囲の期待など、失敗したときに傷を深めるだけだと彼は知っているから。期待された子たちが、期待された結果を残せずに周囲から非難を浴びる、それを避けるために彼はどの世代でもそうする。

 そして、彼だけは内心、期待し続けるのだ。

 口には出さぬし、学生にもバレバレなのだが――


     ○


 期末試験が終わっても夏季休暇に入るまでは普通に講義は続いていた。まあ、もちろん受けている講義によっては期末試験で終わり、と言うのもあるが。

 残念ながら――

「姿勢が美しくありませんわね」

「失礼いたしました」

 ウル・ユーダリルが担当するマナーを学ぼう、の講義は前者であった。と言うかこの講義、アスガルドで最も楽に単位を取得できる講義と裏では言われており、ウルの馬鹿ほど甘い採点基準も相まって、全員が優を取る年もそこそこあるほど。当然、期末試験もゆるゆる、ウルも試験に関してはさしてやる気がない。

 が、講義は別。教えたがり爺と化す。

「お、いかんのぉクルス君。紅茶を注ぐときは、こうして、こんな感じで、ここからドン、じゃ。わかるかの?」

「……い、イエス・マスター」

「ふはは、精進精進」

 そしてこの男、致命的に教えるのが下手だった。見本は美しいのだが、言語化があまりにもひどい。この講義に関してはクルスも見て学ぶ、に徹するようにしていた。哀しいかな、ウルに理屈を聞いても理解が及ぶ解答は返ってこないのだ。

 まあ、手本は美しいし、参考になる者はいくらでもいる。

「お注ぎいたします」

「あら、ありがとう」

 例えば普段女の子に馬鹿ほど嫌われているディンだが、この貴族科との合同講義では美しい所作で人気が高い。ここでファンになった子が、彼の本性を暴かないことを祈るばかりである。騎士科と貴族科の溝が、彼に関しては良い方に出ている。

 他にもデリングは、

「最近調子はどうだい?」

「ほどほどですよ」

「またまた、ナルヴィも君のような果報者がいて鼻が高いだろうに」

「はは、恐縮です」

 男女ともに人気が高い。同じ名門貴族として男子からは親しき友人、女子からは高嶺の花として羨望を集めている。フレイヤが絡まなければ人格者かつイケメン、クルスもお世話になっている人物なのでこの視線には納得である。

 フレイヤはデリングと男女の視線が逆転した感じ。彼女も人気が高い。一部男子の視線が胸部に吸い寄せられているのはご愛敬。

 他の学生も軒並み美しい所作である。講義を受ける前から彼らは皆、ある程度当たり前のようにこなしていた。今年、この楽単で優を取れなかったのはクルスのみである。一年通して学び、努力してもふとした拍子に漏れ出てしまう。

 生まれの差、育ちの差が。

(……姿勢維持って、きついんだよなぁ)

 クルスもある程度出来るようになってきたからこそ、本当に出来る者たちの凄味が見えてくる。紅茶を注ぐとき、滑らかな動作で注ぎながらも芯がぶれず、お茶の滝は糸を引くかのように美しく、高さがありながらも極めて静か。

 その上、立ち姿がとにかく美しい。すらりとしなやかな緩い曲線を描き、常に美しく見える状態を維持し続けている。あれは本当にきついのだ。

 以前、ディンに相談した時も――

『いや、普通にきちーよ。でもやらないとあれこれ言われるのが騎士だからな。美しい姿勢ほどきついのは万国共通。気合だ気合』

 こなれたように見える彼でもきついと言い切るのが優雅な所作である。そう、皆平静な笑みを浮かべているが、その内側では気力で姿勢を維持している。ミラもフィンも、アンディもリリアンも、全員涼しい顔をしながら内側では歯を食いしばっているのだ。クルスも負けじと頑張るが、

「君、美しくないね」

「申し訳ございません」

 哀しいかな、幼少期から上流社会で鍛えられてきた者たちと比べられると、どうしても悪目立ちしてしまっていた。

「マスター! お茶とケーキのおかわりくださーい!」

「い、イエス、マイロード」

 さらにアマルティアがべたべたしてくるため、余計に目立ってしまう悪循環である。一部、彼女の胸部装甲と豊満な肉体の信奉者たちからクルスは蛇蝎の如く嫌われていた。ちなみに騎士科にもディン以外に数名、貴族科にも不滅団の団員がいるらしい。彼らからも当然、敵と認識されてしまう。絶許である。

 そんな苦労する若者を見て、ウルはニコニコご機嫌であった。

 若者の苦労を見ると元気になる。老人とはそう言うものである。


 お客役の貴族科が帰った後、反省会と言うか話したがりのウルが皆を集め、講義の延長戦をしていた。どうせ次は昼食だしよかろう、と学生の足元を見たプレイングである。学園長でなければそろそろクビにすべきであろう。

「今年もあとわずか。皆にとっては実り大き一年であったことを祈りたいが、さて、ここらで改めてマナー、礼節について一つ小話をしておこうかの」

「……」

 実を言うと今日、昼食前後に対抗戦一回戦の結果が導報で送られてくるはずなのだ。今、丁度一回戦が始まった頃であろうか。話を聞くよりも食堂で皆と結果を知りたい、共有したい、とクルスは考えていた。

 だが、そんなこと話したがりの老人には関係がない。

「言わずとも騎士にとって礼節は大事じゃ。さて、アンディ君、それは何故か、わかるかの? わかったらわし、褒めちゃう」

「……ええ、と、仕事のスキルとして必要、だからでしょうか」

「正解じゃ。明け透けでよい答えである。戦闘行為を除く騎士の仕事の大半は礼節との格闘にある。それは事実。が、本質ではない」

 老人の雰囲気に張りが出て、少しだけ教室の空気が変わる。

「礼節が騎士を形作る。騎士に限らずあらゆる規範は、人を人たらしめるために存在しておるのだ。世の中、くだらぬ決まりごとは多い。馬鹿馬鹿しいと思うこともあろう。だが、それなしに人間社会は形成されぬ。規範のない人間は獣と同じ。翻って規範なき騎士は、礼節なき騎士は、やはり騎士ではないのだ」

 英雄、ウル・ユーダリルの言葉。

「かつて、八百年ほど前に騎士は誕生した、と言われておる。当初はただ、世を脅かす魔を断つ剣として存在した。粗暴な騎士も多く、魔族の被害から救われても、騎士から奪われ、滅んだ都市もあったそうだ。獣より性質が悪いのぉ」

「……」

「少しずつ、少しずつ、騎士は現在の形に近づいてきた。こうすべき、ああすべき、そう言うものを積み重ね、今のわしらは存在する。人の守り手として騎士が機能し始めたのは、長い歴史からすれば最近のことであろう。さすがにわしらの時代にはかなり現在に近い形であったが……今よりも少しばかり緩かったかの」

 ウルは思い出し笑いを浮かべ、

「規範も、礼節も、全ては獣が人に、人が騎士になるためにあるのだ。わしらは忘れてはならぬ。歴史から学ばねばならぬ。それが存在しなかった時代、騎士とは暴力を振るう獣と同じであったのだ、と。ひと皮剥けばわしらもそうなる。だからこそ、学ぶことを怠ってはならぬ。規範に、礼節に、縛られてこそ獣は騎士となるのだと、今改めて心に刻むことじゃ。とても、大事なことであるからの」

 伝えたいことを語り終える。かつて、礼節の講義などつまらないと『先輩』に語った阿呆がいた。これはその時教わった受け売りである。

『全ての物事には原因がある。何故それが生まれたのか、歴史を辿ることで見えてくることもあるのだよ。学ぶことをやめるな、ウル坊』

『そのウル坊ってやめてくださいよ。リュディア先輩まで使い始めるし』

『はは、やめさせたいなら早く一人前になってくれ』

『僕、その辺の騎士よりも強いですけどね』

『そういうところが半人前だと言っているのさ、ウル坊』

 学ぶことが遅過ぎた。気づくことが遅過ぎた。ただ強さだけが騎士の証であれば、それは獣と変わりはない。魔族と何の違いもない。

 人が人であるために、騎士が騎士であるために――

「礼節が騎士を創る。これだけ覚えて夏休みに入るがよい」

「イエス・マスター」

「うむ。よい返事じゃ。今年度のわしが受け持つ講義は終わり。来年もよろしく頼む。では諸君、夏休み明けに会おうぞ。解散!」

 英雄の言葉を受け止め、騎士の卵たちは思い思いに心に留める。それが決して、普段老人が放つ軽口と同じものではない、と彼らは理解していた。

 未だ、飲み込むには彼らは若過ぎるが、それでもいつか其処へ至る一助になれば、とウルは願う。己のように取返しの付かぬ経験は、させたくないから。

「ありがとうございました、マスター・ユーダリル」

「うむ。クルス君も随分と良くなった。来年も期待しておるよ」

「はい!」

 先輩の教え子、その背を見てウルは複雑な表情を浮かべる。先輩はどうしてしまったのか、あの子を何のために鍛えていたのか、何もわからない。何も見えない。学び、深め、気づけば爺になっていた。それでもまだ、わからないことだらけ。

「……僕はつくづく、先輩のようにはなれぬようです」

 先輩なら、この百年そればかり考えてきた。きっと、自分と喧嘩ばかりのもう一人の先輩もまた同じことを思い浮かべてきただろう。

 彼ならきっと間違えない。そんな人だったのだ。


     ○


「食堂に急ごう!」

「そんなに急いでも仕方ないだろ。今日は一回戦だぞ」

「でも――」

 焦るクルスに対し、のんきに歩くディン。その他の学友たちも急ぐ気配はなかった。なんて薄情な連中なんだ、と思っていたがどうにも様子は違うようで。

「あのなあ、クルスよ。さすがに先輩たちを舐め過ぎだ。ここは御三家だぜ? 連盟の認可を受けた学校は百を優に超える。その中で曲がりなりにも三番目の評価の学校なんだ。一回戦、二回戦なんてフリーパスみたいなもんだよ」

「そ、そうなの?」

「デリングよい。初戦の相手、何処だっけ?」

「……確か、グリトニル騎士学校、だったはず」

「……何処だそこ?」

「俺も今回初めて知った。おそらく、認可を受けたばかりの新設校だろう」

「私立、また増えたのか。よくやるぜ」

「そうだな」

 ディンはやれやれと首を振り、デリングもまたため息をつく。騎士団の枠が少なくなる昨今、しかして増える騎士学校には色々と思うところがあったのだ。騎士学校とは名ばかりの、騎士になどなりようがない学校が巷に増え過ぎている。

 せめて騎士団直営、其処の枠がなければ詐欺に等しい。

 そんなところばかりなのでこういう感じになってしまう。

「難所は?」

「三回戦、ラーと当たる。毎年きっちり仕上げてくる学校だ」

「その辺から準御三家と衝突か。と言っても今年はいまいちピンとこないよな」

「そうだな。だが、油断は出来ない。毎年何人かいるからな。一年で急に伸びた無名のダークホースが」

 ラー、確かフレンがスカラを貰っていたところだっけ、とクルスは思い浮かべる。ただ、フレンはログレス一筋であったため、その話はしなかった。正直クルスはマグ・メル、メガラニカぐらいしかわからない。

 と言うかそもそも、

「今更なんだけどさ、対抗戦ってどんなルールなの?」

 クルスは対抗戦の実態自体、よくわかっていなかった。

「……おん?」

「いや、俺よく考えたら三人が戦うことぐらいしか知らなくて」

「……」

 ディンのみならずデリングや離れて聞き耳を立てていたアンディ、リリアン、ついでにミラなども目を丸くする。イールファスは何故かゲラゲラ笑っていた。

 彼のツボはいまいちよくわからない。

「いや、そうか、騎士のこと知らなきゃ、知るわけねえもんな。いやー、よくねえな。どうしても騎士の当たり前を知ってる前提で会話しちまう」

 ディンは驚いたこと自体を反省する。が、周りでは「騎士の家じゃなくてもそれぐらい知ってるわ」と言う三十位もいた。

「対抗戦のルールは毎年変わる。基本は三人チームが一人ずつ戦う個人戦だけどな。たまに集団でやることもあるし、一概には言えんけど」

「今年は一対一の一本先取、勝ち抜き戦だ」

「へえ、勝ち抜きは久しぶりじゃね?」

「久しぶりで、かつ本命不在だから差し込んだのだろう」

「あー、なるほどね」

 個人戦は思い描いていた通りであったが、ルールに関してはまさか毎年変わるとは思わなかった。勝ち抜きはまあ、イメージしやすいが。

「ま、どちらにせよしばらくは心配無用だ」

「ならいいけど」

「クルスは御三家ってのを舐めてやがるな。チミが思うよりも学生の差ってデカいんだぞ。御三家と駅弁じゃ最下位とトップで御相子、ぐらいだ」

「……俺なんだが」

「あ、すまん。いや、まあ、今年は別だよ、今年は」

「いいよ、別に。最下位なのは事実だからさ」

「ごめんって」

 平謝りするディンと共に食堂へ入るクルス。同じくウルの講義組は全員、ぞろぞろと食堂に到着するが――

「……?」

 食堂は今、異様な雰囲気に充ち満ちていた。普段、静かにしろと言っても煩い食堂は静寂に満ちており、誰一人言葉を発していない。

 何とも異様な雰囲気である。

 その理由は、

「どうしたどうした。いくらアスガルドのメシがそんなに美味くねえって言っても、ログレスの栄養価だけが取り柄のメシより美味いだろうに」

「……」

「おいおい、いつもは――」

「……負けた」

「は? 何が?」

「一回戦、敗退だ」

「……どこが?」

「アスガルドに決まってるだろ!」

 その瞬間、騎士科三学年もまた、食堂の皆と同じ表情となった。

「……え?」

 クルスは茫然と――立ち尽くす。

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