第22話:災厄の騎士
「これはまた、奇異な状況ですねえ」
ここが震源地、ダンジョンの発生場所。本来自然現象であるはずのそれが、明らかに意思を持ってここに現れた。
そう、彼女らを閉じ込めるかのように。
「ふぅむ、しかも、まさか騎士級とは」
禍々しき闇の王宮、ダンジョンとして見ても普通の様相ではない。本来、絶対にありえないとされる大都市でのダンジョン発生、加えて相手は――
ユニオン・ナイト、メラ・メルの視線には玉座に座るは漆黒の鎧姿、旧き時代の騎士のような姿の異形がいた。間違いなく彼女らが運び出そうとしている『モノ』につられて、あれは現れたのだ。ユニオン騎士団の懸念は当たってしまった。
百年ぶりに、奴らは現れた。
『…………』
災厄がやってきた。長き雌伏の時を経て、ウトガルドから闇の勢力、災厄の軍勢(ユーベル・レギオン)が姿を見せる。指揮を執るは災厄の騎士(ユーベル・リッター)。魔王イドゥンとの戦い以来、まさに百年ぶりとなる邂逅である。
「メラ殿。如何いたしましょうか!?」
「お荷物の守護が最優先、任せます。あれは、私がやりましょう」
メラは第十二騎士隊の面々に運搬すべき棺を守らせ、自身は一歩前に進み出る。
玉座から立つは災厄の騎士。かつて、百年前はよく言われたものである。災厄の騎士を相手取るならば最高の騎士を二人以上用意せよ、と。
人類が単独で勝てる相手ではない、と。
『……?』
「おやァ、何をよそ見されているので?」
『……間の悪い子だ』
メラには聞き取れぬ言葉で、災厄の騎士は何かをつぶやく。
「まあいいでしょう。とりあえず……やりますか!」
メラ・メルは愛用の槍を旋回させる。それは災厄の軍勢との戦を終結させた勇者リュディアの仲間、マグ・メルが愛用した槍を模したモノ。しかして、その中身、性能はかつての比ではない。魔導革命が人に大きな力を与えた。
旧き言い伝えなど当てにならない。何よりも、彼女はメラ・メル。
いずれユニオン騎士団第十二騎士隊の隊長となる者である。
「エンチャント!」
迸るは蒼き風。吹き抜けるは神速の疾風。構えし彼女の圧力は、世界最強の騎士団に相応しいものであった。百年前を振り返ったとしても、そうである。
それは、
『…………』
「ゼー・シルト。何処で学んだのやら」
この怪物だからこそ、断言できる。百年前の騎士を知るがゆえに。
「参ります」
音を超え、その槍は――
○
王都アースでは大混乱が巻き起こっていた。このアスガルド王国にも年間数十のダンジョンは発生している。時に予測を外した突発型のダンジョンも発生はしているのだ。だが、記録のあるここ五百年を紐解いても、王都アースにダンジョンが発生したことなど一度としてなかった。と言うよりも、ミズガルズにおける大都市の建設条件には、ダンジョンの発生確率が極めて低いこと、それが第一であったのだ。
特に歴史ある大都市で、ダンジョンが発生することは極めて稀なこと。かつての人類が経験則より導き出した、最も安全なはずの場所に、突如来るはずのない天災が訪れたのだから、混乱もするだろう。
「クソったれ、媚薬について調べていた罰が当たったのか? この土地でダンジョンが発生するなんて、さすがの統括教頭様でも予測できねえだろ」
ディン・クレンツェは最後の足掻きとばかりに色々と怪しい店を回っていた際に、この現象に遭遇してしまった。幸い彼はダンジョンの発生とは異なる場所にいたため、中に巻き込まれることはなかったが――
「クルスの奴、まさかあの中にいたりしねえよな?」
王都アースに現れたのであれば、あれは例外中の例外であり、間違いなく突発型のダンジョンである。その攻略難度は、外側からは読めない。
開けてみねばわからない、未知数の闇のとばり。
「俺はアスガルドの学生です! 皆さん、俺についてきてください! あわてず騒がず落ち着いて、大丈夫、大船に乗った気でお任せあれ!」
ディンは一旦思考をやるべきことに切り替え、市民の避難誘導を率先してやる。正直土地勘は微妙なところだが、それでもこの場は虚勢と御三家の学生と言うレッテルで皆を落ち着かせ、安心させることを優先したのだ。
「こちらへ!」
とにかく市民をあのダンジョンから引き離す。じきにあの中から、魔獣たちがやってくることだろう。ダンジョンの難易度次第では、アスガルドは手痛い傷を負わされかねない。国家の存亡にかかわる可能性すら、あった。
○
「……すまぬ、ウル。卿に相談すべきであった」
「密命であったのでしょう? 第十二騎士隊からの……であればわしのような学園の校長風情がでしゃばることではありますまい」
ウルに頭を下げるのは、アスガルドの王であった。まさかこのようなことになるとは、誰も想像すらしていなかったことを引き起こしてしまったのだ。
自らの判断により――
「メル卿に預けたものは……イドゥンの左眼、ですな」
「ああ。そうだ。かつて、勇者リュディアや卿らの手によって討伐され、封印された各身体は世界各国の王たちが預かることとなった。だが、情勢の変化だ、ウル。世界に陰りが見られる今、あんなものを国にはおいておけん」
「気持ちはわかりますがのぉ」
情勢不安や、様々なニュースが飛び交う昨今の世の中、それを用いて第十二騎士隊は上手く王を言いくるめたのだろう。いや、下手をするとそれらと彼らが繋がっている可能性すらある。考えるべきことは多い。
だが、今は――
「頼む」
「それが騎士の使命なれば、当然である」
戦いのことだけを考える。
英雄、ウル・ユーダリルが動き出す。
○
黒き深淵より魔獣たちが王都に襲撃を開始する。市民たちが逃げ惑う中、
「エンチャント」
アースにやって来ていた騎士の卵たちが続々と剣を抜き、戦い始めた。第三学年までの学生に実戦経験などほとんどない。それでも彼らは迷わず剣を抜く。
市民の剣であり、盾として。
本職の騎士団も王都中を駆け回り、市民の避難及び防衛に勤しんでいた。しかし、今回のダンジョンは規模も大きく、魔獣の現れる地点も広い。
王都に常駐する騎士たちでは手が足りなかった。
この時期だからまだ対応が出来ているが、本来騎士団の仕事とはダンジョンの発生地点、予測箇所に赴き市民を守り、ダンジョンを攻略するのが主な仕事である。安全であるはずの王都にはそれほど多くの数など必要ではないのだ。
言い訳に意味はない。だが、せめてもう少し手があれば――
「エンチャント」
突如、暴風が吹き荒れる。その中心に立つはアスガルド王立学園で、若い世代を教える剣技担当の教師であった。元アスガルド王立騎士団副団長でもあり、その荒々しい剣から味方すら畏れていた暴れん坊。学園では穏やかな教師面しているが、戦場での彼は紳士には程遠い。敵を切って切って切り刻む。
ただただ、攻めのみに特化した剣を使うのだ。
さらに、
「墳ッ!」
騎士科では珍しい部外者の講師、元拳闘士であるバルバラが拳を振り回し暴れていた。狼のような見た目の魔獣、小鬼のような見た目の魔獣、自身より体の遥かに大きな鬼の魔獣、種類にかかわらずその拳は、全てを粉砕していく。
圧倒的な力と、敵に捕まらぬ技術。
無双の拳闘士はその豪腕を存分に振るい、人々を守っていた。
加えて、
「皆さん、日頃の成果が試される時です。恐れてはなりません。我らの後ろには無辜の民がいる。それを心に留めて、剣を振るいなさい」
鬼教師、『万能』と謳われし統括教頭もまた学生たちの指揮を取りながら、彼らに的確な指示を飛ばしながら、自らもまた槍を振るい人々を守る。
この時ばかりは学生たちも彼女の存在に感謝していた。明確な道筋を示し、実戦経験の乏しい彼らを迷わせることなく最善へと導いてくれるから。
これが出来て何故、あんなにも課題が厳しいのだと思う者もいたとか――
「あっ」
そして何よりも市民の心を震わせたのは――
「あれは――」
高き王宮より飛び立つは、
「英雄、ウル・ユーダリルだぁ!」
アスガルドが誇る英雄、ウル・ユーダリル。王宮より、天高く飛び上がり、剣を引き抜いた。アスガルドの民ならば誰もが知っている。
彼こそが――
「久方ぶりですね。学園長の本気は」
統括教頭が微笑む。
「うっわ、マジか! 本気の学園長は、初めてだ!」
名門騎士団の副団長を務めたほどの男が、目を輝かせる。
「あれが、伝説の」
無双の拳闘士が、身震いする。
「エンチャント」
伝説の男が久方ぶりに、その言葉を紡ぐ。その瞬間、凄まじき轟音が都市全体を震わせた。紅き雷が、剣の枠を超えて蠢き、轟く。
「正門から入る気も無くてのぉ。悪いが、失礼するッ!」
この男には常識など当てはまらない。世界でもほとんどいない魔力異常体質を持ち、現行の騎士剣のほとんどが超過し破損するため、百年以上前の旧式を使い続けている男なのだ。魔導革命も、効率化も、この男には何の関係もない。
ただただ破格。
「ほい!」
今生きている者の中では人類最大の魔力を持ち、つまりは人類最大火力を出せる齢百年を超える最強の爺さんが、自らの力を展開するダンジョンに叩き込んだ。
あれは境界線であり、本来は攻撃に意味などない。そもそも普通の騎士が攻撃しても境界の内側と外側を隔てる次元の壁に触れることすら出来ないだろう。だが、この男は例外である。人類でただ一人、
「んんんん、ヨイショオ!」
その壁を、力ずくでこじ開ける火力を出せるのだ。
「今じゃ!」
「人使いの荒いジジイやな」
「文句は状況を終息させてから、だ」
ウルが力ずくでこじ開けた穴に、彼に続いて二人の騎士もまた飛び込む。伝説の男が戦力と認め、随伴を依頼した怪物たち。
と言うよりも、彼らなしでは勝てぬと判断していたのだ。
『……相変わらずだな、ウル』
ダンジョンの内部、城の玉座まで突き通したウルであったが、その城を、そして玉座を見て、顔を歪めていた。ここの記憶を、彼は持っていたのだ。
忌まわしき人生の汚点と栄光が混在する、記憶を。
「騎士級か。勝てるか、クロイツェル」
「知らんわ。つーか、全滅しとるな、カス共が」
玉座の間に散らばるは第十二騎士隊の死体である。乱雑に散らかされた彼らは、ものの見事に断ち切られ、命を失っていた。
そして、
「惨いのぉ。若き芽を、摘まれるのが騎士道ですかな?」
彼らのリーダーであったメラ・メルもまた災厄の騎士の手に、首だけとなってただそこに在った。有望な騎士である。将来を嘱望された者であった。
だからこそ、ウルは許せない。
「何の真似ですかな、マスター・ビフレスト」
「……老いたな、ウル」
騎士の正体が、
「……どういうことや?」
「災厄の騎士に、人の顔が」
かつて自分を魔王の手から守り、命を散らせた先達であったことが。尊敬していた。敬愛していた。模倣もした。出来なかった。
それだけの技術と知識、およそ騎士に必要な全てを彼は兼ね備えていた。あの時代におけるマスター・ウーゼルと双璧を成す最強の、最高の騎士だったのだ。
「理性が、あるのですなぁ」
「ああ。私は別に、意思に反したことをしているわけではないからね。必要なことであるから、第十二騎士隊を削ったまで」
「騎士を殺すのが必要なこととは、心まで魔道に染まりましたか」
「ふっ、相変わらず一本気な男だ。私はいつも物事を多角的に見なさい、と教えたはず。彼らは私の正義と相反した。私の正義、ユニオンの正義、君たちアスガルドの正義、すべて異なり、何処から見るかで正しさは変わる」
「ウトガルドに正義がある、と?」
「彼らの全てを私も、友である彼も許容したわけではない。が、一定の理解は示す。ミズガルズはやり過ぎたのだ。彼らの復讐を、恩讐を、私は否定できない。だが、そこもまた本質ではないぞ、ウル。ことはそう容易い話ではない」
「友、と来ましたか。勿体ぶるところは、変わりませぬな」
「調べ、選ぶ。何処かの正義に立つかは騎士の判断。私は知った。彼らにも道理があると。私の騎士道に則り、剣を貸した。狂った正義を断つために」
災厄の騎士、ゼロスはメラの首をそっと玉座に置き、もう片方の手に大きな目玉を顕現させる。誰が見てもそれは禍々しく、凶悪な気を帯びていた。
「貴方が狂っておらぬ証拠は、あるのですか⁉」
「それを知りたくば、剣に聞け」
ゼロスはそれを、己が左目に納める。本来、入るはずのない大きさの目玉が、そこに無理矢理入り込み、膨れ上がった後、収縮する。
「それが騎士の会話だ」
至高の堅守、ゼー・シルト。
「残念です」
最強の火力、カロス・カーガトス。
かつて弟のように可愛がり、兄のように慕った二人が、衝突した。
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