第12話:アスガルド王立学園

 アスガルド王立学園、御三家随一の歴史と伝統を誇り、騎士を育成する学び舎の第一人者として今なおミズガルズに君臨する六年制の学校である。敷地は訓練用の平野、森林などを合わせるとゆうに100平方キロメートルはある。広大な土地に格式高い建造物が構え、見る者を威圧する外観はやはり格別。

 これぞ騎士の学び舎、と言わんばかりの重厚感である。

 が、昨今、私立の台頭が目覚ましく、かつ立地的にも西の果てであるアスガルドは選択肢に入り辛く、ブランドイメージにもガタが出始めている。優秀な学生を逃しがちになり、ログレス、レムリアのライバル校には水をあけられ、メガラニカやマグ・メルなどの準御三家にも背中を捉えられ始めていた。

 そんな中でも魔法科や貴族科などはこの閉鎖環境にこそ価値を見出し、年々学園内での地位を高め、総合学校としてはレムリアとも遜色はない。むしろ、この環境に目を付けた貴族や魔法学士たちの子弟が黙っていても入ってくる嬉しい誤算があった。

 それゆえ騎士学校が母体である総合学校は軒並み、騎士科の力が強いところが多いのだが、このアスガルドは現在フラットな力関係と成りつつあった。このままいけば早晩、力関係が逆転するのでは、と影で噂されているほどに。

 そうなると騎士科はさらに苦しくなってしまうのだが――

「これが、アスガルド王立学園、かぁ」

 そんな状況下とは露知らず、御三家アスガルド王立学園へ足を踏み入れたクルスは、意気揚々と歩み始める。とうとう、クルスは騎士への道を歩み始めたのだ、と自分に言い聞かせながら、半ば興奮状態で正門からの長い道のりを歩いていた。

 長い、とにかく、長い。

「……長すぎない?」

「ん、普通、馬に乗る」

「イールファス!?」

 当たり前のように馬にまたがったイールファスがクルスを見下ろしていた。

「お、教えてよ」

「聞かれなかった。あと、興奮してたし、声かけ辛かった」

「そ、そっか」

 興奮のあまり視野狭窄に陥っていた自分が悪い、とクルスは反省する。しかし、正気に戻るまでクルスの視界に入らぬよう、気取られぬように距離を調節して遊んでいた天才のいたずら心は解することが出来ていなかった。

 実はどっちも悪い。

「乗る?」

「いいの? 俺、牛の背中にしか乗ったことないよ」

「逆に俺、牛に乗ったことない。羨ましい」

 クルス、人生初の乗馬体験。

 その時、不思議なことが起こった。

 馬がクルスの自信の無さを察したのか、そもそもクルスが後ろから近づいたのがまずかったのか、本来大人しい馬なのだが後ろ脚でクルスを蹴り飛ばした。

「グボォ!?」

 何の備えもしていないクルス。昼食をまき散らしながら吹き飛んでいく。

「おー」

 それをイールファス、まじまじと眺めていた。

 美しい放物線を描くクルス。それだけなら良かったのだが――

「危ないですわ!」

 颯爽と現れた謎の高貴さ溢れる麗人が受け止めようと馬で駆けてくる。両腕を広げ、巧みに馬を操り位置を調整、それを見てクルスはまさか女性が受け止めようとしているとは思わず、ぶつかる、と考えて体をひねりかわそうとした。

「何をしてますの!?」

 高貴さ迸る少女にとっても大きな誤算。咄嗟に位置を調節するも、体勢不十分。クルスは何とか着地できるよう回転して落下までの姿勢を調整していたのだが、双方の気遣いが見事に一致せず、ここに奇跡が成った。

「へぶッ!?」

「きゃ!?」

 頭から高貴さがさく裂する少女にぶつかるクルス。体勢不十分の状態で、胸で受けとめてしまい、落馬を余儀なくされた少女。

 そのまま二人で地面に衝突し、土煙が巻き起こる。

「おー」

 どこか楽しそうなイールファス。

 そして土煙が消えた頃には――

「もがが、真っ暗で、何も見えない。な、何がどうなったんだ!? このほっぺに触れてる柔らかい物体は、いったい!?」

「わ、わたくしとしたことが。ん、なんですの、この不快な、感覚……は?」

 状況把握し、少女の貌から表情が消える。

 視界を遮られているクルスは何がどうなったのか神すらもわかりかねるが、少女の豊満極まる胸に頭部を挟まれていた。服のボタンがはじけ飛び、奇跡のような体勢でもがくたびに少女の身体に謎の感覚が奔る。

「ぷはっ、いったい何が!?」

 たわわな双丘より顔を出したクルスは少女と至近距離で見つめ合う。クルス、状況把握し始め、顔を赤くする。元より恥辱に顔を朱に染める少女は――

「わたくしのセリフですわッ!」

 スパーンとクルスの頬に閃光の如しビンタがさく裂した。女性とは思えぬ膂力に目を白黒させながら、またも錐揉みする姿は哀れの一言。

「何がどうなったらこうなりますの!?」

 少女は生き残っているボタンを留め、何とか誤魔化せないかと画策する。

「すごかった。奇跡体験」

 顔を真っ赤にした少女が言葉の主、イールファスにキッと視線を合わせる。が、それがかの天才であると知ると少しだけ平静を取り戻した。

「ふん、貴方が一緒ということは、この男が噂の編入生ですの?」

「その通り。情報早い」

「騎士科一人、魔法科一人、計二枠をすでに使った上で、三枠目を用意した例はアスガルドの歴史上初のこと。噂にもなりますわ」

「クルス。面白いよ」

「そう、この破廉恥男、クルスと言います、の」

 言葉の途中、少女は気づく。

 あのイールファスが、少年の名前を憶えていることに。

「あら、随分期待していますのね」

「うん」

「……珍しい」

 よいしょ、とイールファスは気絶するクルスを馬の背に乗せ、そのまま騎乗してこの場を去って行く。残された少女は怪訝な顔をしていた。

 すでに破廉恥のことよりも、イールファスの様子の方が気になっていたのだ。あの天才が他者の名を覚え、あまつさえも気にかけている。

 人の世話をする性質ではなく、慣れ合うような男でもない。

 それなのに――

「フレイヤ、何かあったのか? すごい音がしたが」

 散歩の延長線、少女と共に馬を駆っていた男が近寄ってくる。

「何もありませんわ、デリング。わたくしの誇りに賭けて、何一つ!」

 イールファスの様子に気が傾いたとはいえ、忘れたわけではなかった。

「そ、そうか。ただ、胸元がはだけているので少し気になった」

「破廉恥男と呼びますわよ!」

「す、すまない」

 今現れた男、デリングからすると高貴さが爆発する少女、フレイヤが怒っている理由がわからず、戸惑うばかりであった。

 プリプリ怒るフレイヤ。しかし、はたと気づく。

 ほんの少しだけ引っ掛かりがあったのだ。空中で錐揉みしながら、こちらを認識し姿勢を変えた。正確に距離と落下点、己の姿勢を逆算したからこそ、己の気遣いとズレが生じたとも言える。あのままこちらが受けねば、着地できていたとしたら。

 だからと言ってこの仮定イコール強者は暴論に過ぎないが――

「楽しみですわね、破廉恥男の実力」

「破廉恥男?」

「何でもありませんと言いましたわよ?」

 殺意みなぎるフレイヤの視線にデリングは「理不尽だ」とうな垂れる。

 彼らもまた騎士科、この夏より三学年となる二人である。


     ○


「何か酷いことが起きた気がするけど、記憶がおぼろげで」

「気にしなくていい。奇跡が起きただけ」

「ええ、気になる言い方だなぁ」

 イールファスが学生寮までクルスを背負い、気が付いた時には寮の中で奇異の視線がクルスらに向けられていた。値踏みするような、視線の数々。

 三枠目の話を知る者、知らぬ者、どちらにせよ嫌でも目立つ。

 あのイールファスと対等に話しているのだから。基本的に他者へ興味を示さず、それこそ上位層以外会話すらままならない男とフランクに接している。

 それだけで何かがあるのでは、と勘繰ってしまうのだ。

「クルスの部屋もここの三階。三学年だから」

「へえ。学年ごとに階が違うんだ。……待って、そしたらこの建物、学生寮って六階もあるってこと? そんな建物存在するの!?」

「騎士科の学生寮は十階まである。屋上は大浴場、十階もお風呂。八、九階はトレーニングフロアで、七階は娯楽フロア」

「……都会ってすげえ」

「クルスの反応が一番面白い」

 そんなことは露知らず、クルスは普通の友達に接するようにイールファスと話していた。それが視線の数を増やしているなど想像もしないままに。

「部屋は二人部屋。俺は妹と一緒」

「イールファスに妹いたんだ」

「いる。双子」

「今度紹介してよ。挨拶したいからさ」

「んー、あれは人と接するのが苦手だからやめた方が良い」

「……それ、君が言うの?」

「ん? 俺は普通だと思う」

 クルス、生暖かい視線でイールファスを見つめるも、肝心のイールファス自身に一切心当たりがないため不発となる。これが天才という人種であった。

「クルスのルームメイトも編入生。去年来た」

「そうなんだ! その子も未就学だったの?」

「ログレス出身」

「エリートじゃないか!」

「でも面白い。滑稽で」

「それ褒め言葉じゃないよ」

「ん、褒めてないから」

 イールファスの言葉に一抹の不安を感じながらも、クルスはこれから同室になる相手への想像を膨らましていた。あのログレス出身、学ぶべきことは多いはず。

 きっと、見習うべきことも多々あるはず――

 そう思いドアノブを回すと、

「やあ、俺の名はディン・クレンツェ。よろしく、レディ」

 とんでもない勘違い野郎がいた。その辺で摘んできた花を口にくわえ、謎の決めポーズを取り、しかも何故かクルスを女と勘違いして待ち構えていた。

「……俺、レディじゃないけど」

「……そんな、馬鹿なァ! 二分の一だぞ、男か女か、それだけなのに! 前のルームメイトは男だったのに、また男なんて確率的に間違っているッ!」

「いや、たぶん、男女別」

「そう、肉親以外はそうなる。でも、ディンは馬鹿だから奇跡を信じてる」

「くそったれ。あれほど神に祈りをささげたんだぞ、昨日なんてメシの前に小一時間ほど祈ったせいでメシが冷めちまったんだ。お前のせいだぞ編入生!」

「とんでもない言いがかりだ」

「なあ、性転換してくんね?」

「嫌に決まってるだろ!?」

 クルスと同室の元ログレスの男、ディン。ソル族の血が色濃く身長こそクルスより少し高い程度だが、体つきはがっしりしていた。赤き髪と黄金の双眸はソル族の特徴であり、彼もまた兼ね備えている。短く切り揃えた髪、黙っていれば好印象なのだが。とにかく初対面から残念オーラ全開の男であった。

「まあ、良いか。半ばあきらめてたしな」

「最初から諦めててよ、まったく。俺はクルス・リンザール」

「おう、よろしくな。荷物はそんだけ?」

「うん、剣と着替えくらいかな。他はこっちで揃えようかなって」

「ふっ、仕方ねえ。このディンが案内がてら付き合ってやるよ、買い物」

「あ、ありがとう」

「ちなみに知り合いに可愛い女の子いる? それによってコースが変わるんだけど。適当コースか接待コースか。さあ、いるかいないか!?」

「いるけど紹介しないよ」

「あー、適当コースな。行くぜクルス」

「あはは、どうも」

 なんだかんだと案内してくれる辺り、おそらく気の良い男なのだろう。道中ぶつぶつ言っており、気が向いたら紹介してくれな、これは貸しだからな、と念を押されまくる辺りで、あれ、こいつやっぱりクズなんじゃ、と思うクルスであった。

「あれ、イールファスは?」

 いつの間にか姿をくらましていたイールファスを探しきょろきょろするクルスであったが、ディンは苦笑して首を振る。

「あー、あんまり集団行動しないタイプだからな。天才君の行動はよく分からんよ。ほい、で、ここが購買区画ね。生活必需品とか、文具だったり教科書類の発注も可能。とりあえずここに来りゃ、大概のモノは揃う。ここに無いものはぶっちゃけ駅前、アーシアにもないから、二時間かけてアースに行くしかねえな」

「うわぁ、デカい」

「どこの学校もこんなもんだぞ、よほど土地の高いところじゃなければな」

「ログレスも?」

「ログレスはもっとデカい。つーかあそこは陸の孤島だし、基本講義や行事関係じゃなければ出られん。あそこは牢獄だよ、騎士育成するためのな」

「……うへぇ。俺、友達がそっちに行ったんだよね」

「ま、その分、こういう購買区画にも最低限の娯楽は用意されてる。最低限、マジで、最低だけどよォ。思い出したくもねえぜ。男八割だし」

 最後の一言、ディンがログレスから落とす形でアスガルドに来た理由の一端が垣間見えた。まあ、これが全てということではないと思うが――

「騎士になる分には良い学校だ。今は最高の見本もいるしな」

「へえ、やっぱり最優の学校は違うなぁ」

「講義内容自体はログレスもアスガルドのそんな変わんないぜ。マナー関係で地域差はあるけど、それもすぐに修正できるし。問題は学生の質だな。やっぱ年々落ちてる。どうしたって三番手、しかもギリギリってんじゃ仕方ねえが」

「俺からしたら騎士学校って時点でビビっちゃうけどね」

「またまた。あのイールファスが名前覚えてんだろ? だったらあれだ、俺辺りが結構やばいポジションなんだろうな。上位三人すら安泰じゃねえ」

「壮大な買い被りが発生してるよ。俺、イールファスにも瞬殺されたし、大会じゃ良いところなしだったからさ」

「その辺は講義で見定めさせてもらうぜ。とりあえず、今すぐに欲しいもんがないなら次に行こう。つーか金あんの?」

「金なし!」

「……そ、そっか、嫌に堂々としてんな。あんま金の貸し借りは好きじゃねえけど、入用になったら声かけろよ。一応、今日からルームメイトだしな」

「ありがと、ディン」

「んじゃ女の子の――」

 結局、ここに行きつくのだが――

「ここがクソデカ中庭、馬を走らせるも良し、稽古するも良し、昼食をみんなで輪になって食うも良し、だ。ちなみに唯一許されてないことがある」

「へえ、何が駄目なの?」

「不純異性交遊だ」

「なるほど。さすが名門校、色恋に現を抜かす暇があるなら研鑽に励めってことか。よーし、やる気出てきたぞ!」

「いや、校則にそんな文言はねえ。ちなみにこの学校の名物は年末のダンスパーティだ。学校側が不純異性交遊を助長してる節すらある」

「……えーと、どういうこと?」

「俺たちが許さねえってだけ、だ」

 ディンが放つ殺気。渦巻くは恩讐にも似た、嫉妬の炎。女に飢えた男、そこに手を伸ばしつつ、人の幸せを許せぬ目をしていた。

 人それを、クズと呼ぶ。

 学園前駅から一直線に伸びる道以外、一面が芝生である。管理が大変そうだな、とクルスは思っていた。実際にこの芝生、とんでもない維持費がかかっている。

 まあ、この見栄えに関してはどの学校も力を入れているのだが。

 そんな素晴らしい景観が、この男のせいで台無しであった。

「ほら、見ろ。あそこの木の下、カップルがいちゃついてるだろ?」

「凄いね、ディン。俺も視力には自信あるけど、結構ギリギリだよ」

「安心しろ。普段は俺にも視えねえ。そういうオーラが見えるってだけだ」

「何言ってんだ、こいつ」

 そうしている間に、謎の覆面を被った黒装束の一団がカップルの前に現れ、男側にタックルを敢行。そのまま気絶した男を運び去っていく。

「あれが不純異性交遊撲滅騎士団、通称不滅団、だ。気をつけろよ、奴らは絶対に不純異性交遊を許さない。許せないんだ」

 涙を流すディン。それを見てクルスはドン引いていた。まるで意味が分からない。泣いていることもそうだし、他人の不純異性交遊が許せない理由も不明。

 泣いているディンの気持ちも分からなかった。

「と、とりあえず別の場所行こうか」

「ああ、任せてくれ。しっかり案内してやる」

 ディンの眼の奥に揺蕩う炎、それを見てクルスは嫌な予感を覚えてしまう。

「ここが大講堂、うちは騎士科、魔法科、貴族科の三学科で構成されていて、大体全学科合わせて千人ぐらいかな。それを一室で収容できる唯一の施設だ。入学式とか、集会系は大体ここを使う。あと、たまにこの暗がりを利用していちゃついているカップルが出没する。当然許されない。当たり前だよなァ」

 大講堂、今は使われていないため暗がりであるが、クルスが知る中で一番広い部屋であった。椅子や装飾も安っぽくなく、見て回りたい気持ちはあったが、これでカップルでも見つかった日には面倒くさいと次の場所へ赴く。

「これが本館、三学科の教室が全部入っている。建物としては一番デカいな。屋上は屋根付きでさっき言った年末のダンスパーティで使う。俺は、あの行事が一番嫌いだ。学生の本分は勉強だってのによォ。年の瀬に発情してんじゃねえよ」

 アスガルド王立学園が誇る学び舎、その本館ともなれば探検したい気持ちしかない。だが、今のディンを野放しにするのは危険とクルスは判断した。

 血の涙を流すディン。そのまま案内は続行される。

「あ、ちなみにあのクソデカ中庭の名前、イザヴェル平原ってんだ。駅から学園の南側は全部だな。とにかく広い。んで何しても良い」

「不純異性交遊以外は、でしょ」

「ふ、わかってんじゃねえか。で、北側はこれまた学園名物大樹ユグドラシルを中心とした森、な。散歩だったりに使ってるのもいるが、軍事教練でも使われる。騎士科がな。四学年以上で魔獣を使った教練は、実際に魔獣を放しての実戦があるから、その時期は立ち入り禁止だ。たまに死者も出るらしいぜ」

「さ、さすが騎士科」

「怪我人は毎年だ。来年はお互い気を付けようぜ。んじゃ次々」

 ひときわ大きな木、あれが大樹ユグドラシル。かつては縁結びの木として学生たちに親しまれていたが、歴代の不滅団が長年の奮闘によって無事、その伝統をかき消したらしい。何代にも、何十代にもわたる戦いがそこに在った。

 まあ、クルスは知らないのだが――

「西側はアーシアって港町がある。ちょい歩くけどな。まあ正直、行くとしたら夏泳ぐ時とかぐらいかね。細々したものは購買区画で揃うし、そこに無いものはアーシアにも無い。たまにあることもあるけど、それならアースに行った方がなぁ」

 遠目に見えるアーシアは外壁を白に統一されており、美しく見えた。

 だが、ディンの眼はどす黒く濁る。

「浜辺は綺麗だ。夏なんて最高だぜ。だからこそ、何だがな」

 何が、とはクルスは問わない。問うまでもないことは一連の流れで理解していた。

「んじゃ、最後は真逆の東側、な。俺らも三学年だし、ようやく正式に所属出来るってもんだ。まあその辺は建前なんだけどな」

「何の話?」

「いいから、ついてくりゃわかるよ」

 ディンのいたずらっぽい笑みを見て、クルスは少しワクワクしてきた。眼が曇っていないので女関係ではないし、それ以外でこの男がオオトリとしたのだ。

 きっと面白いはず、そう思いクルスはついて行く。

 学園の東側、そこには――

「うわぁ」

 ずらりと居並ぶ個性的な建物。何処も自己主張が強く、同じものは一つとしてない。綺麗な建物もあればボロい建物もあるが、どれも面白そうであることに変わりはない。クルスの胸は躍りっぱなしであった。

「倶楽部ハウスが並ぶ区画、だ。三学年以上は任意で倶楽部に所属出来るんだ。色々あるぜぇ。一番有名どころは騎士道研究会キャヴァリアー、講義以外でも騎士道の探求を欠かさない硬派な連中だ。就職でもめちゃ強い。剣闘倶楽部グラディアルと拳闘倶楽部コロセウスは常にバチバチだ。この二つも就職有利だな」

「倶楽部って就職のために入るの?」

「いや、今のは一例だよ。そういう連中もいるってだけ。もっと緩いところだと倶楽部アスガルド、一番長い歴史があるとこだ。やることは単純、貴族科の連中と日がな一日騎士ごっこをするだけ。貴族科一人につき騎士科一人が一人ついて、まったり身の回りの世話をする。そんなガチガチじゃない。あくまでまったりな」

「へえ、それは気楽でいいなぁ」

「ただ、名門だけあって入会には枠がある。人気倶楽部でなかなか入れねえ。ちなみに俺も落ちてる。最終募集は始業してからの前月(十日間)のみ。ここに俺の全てを注ぐ。カワイ子ちゃんのご令嬢とお近づきになるチャンスだ」

「だから落ちたんじゃ」

「正論は人を殺すぞ、クルス」

「ご、ごめん」

「分かればいいんだ。まあ、色々あるよ。乗馬で遠乗りする倶楽部とか、ずっとお茶しばいてるだけの倶楽部もあるし、魔法科とかだと倶楽部ハピナスとか呪殺毒殺殴殺虐殺倶楽部とか有名かな。あとは学科関係なしの講義サボって各地の秘境を探検する探検部とか野宿するだけの倶楽部とか、色々だな」

「途中でヤバいのがあった気がするけど」

「今言ったの全部ヤバいとこだぜ」

「え?」

「遠乗りは休み全部潰れる。茶は無限にしばいてるだけ。ハピナスは幸せになる白い粉の研究、呪殺はそのまま、探検部、野宿部は夏季休暇のみならず学生生活全部使って世界中回る」

「……え、と、勉強は?」

「基本的に全部ぶん投げた連中だな、ここに所属してる奴は。ただ地頭は良いのか進級試験は何故か全員突破してくる。才能の無駄遣いが好きなら推奨するぜ」

「……遠慮しとくよ」

「あと、会員の推薦じゃないと入れないとこもあるな。有名どころは倶楽部ヴァルハラ、特に何してるってわけじゃないんだけど、優秀な奴が入ってる。実はキャヴァリアーとかより一番ユニオン・ナイトを輩出してるんだ」

「へえ、さすが推薦のみだね」

「ああ。ま、ヴァルハラは俺らにゃ入れん。あそこは編入組が入った前例がないからな。大事なのはどこかに所属するってことだ。どこにも入ってない奴ってのは上下の関係が希薄になって情報が入って来なくなる。普通にテストで不利だぜ」

「そんな、情報戦みたいな」

「情報戦上等。貴族科なんて顕著だが、学校ってのはコネクションを形成する場だ。勉強だけなら専属の家庭教師で良いんだよ。でも、騎士団は学校から人材を取る。その最大の理由がコネクションだ。学校とのコネクションもそうだが、そいつがコネを作れる奴かってのが重要。社会で一番使う能力だぜ、それが」

 ディンの言葉にクルスは息を呑む。ただ勉強をして、強くなれば良いというわけではない、彼はそう言っているのだ。考えたこともない視点である。

「まあ、とにかくどこかに入っとけばいいさ。もちろん学業が安定したら、な。編入組は何かとつらいし、学期途中でも募集してるとこはあるから。俺のおすすめは女の子がいるところ、これはガチだぜ」

「またそうやってふざける」

「ふざけてねーよ。騎士科にとって一番の就職先ってどこだ?」

「そりゃあ騎士団だろ? 優秀なら国立の、そうでないなら私設の」

「そりゃあ優秀な奴の話だ。御三家アスガルドでも団に入れない奴はザラ、だ。平和だし年々枠が少なくなってるしな。いいか、一番デカいのは貴族の護衛、個人付きの護衛だ。で、その場合、当主を守るのもそうだが、令嬢や夫人をお守りするってのも騎士の仕事なんだよ。女には慣れといた方が良い。これはマジな話だ」

 真面目な顔つきのディン、おふざけ無しの話なのだとクルスは理解する。

「騎士は何でもこなせなきゃならねえ。女相手だからっておたついてちゃ仕事にならねえんだ。だから、慣れとく。そのための倶楽部活動さ」

「なるほど、勉強になるよ」

「それに、ダンスパーティもある。悲惨だぜ、ここで壁に寄りかかっている連中はよォ。去年の俺は硬派気取って、結果地獄を見た。笑顔で踊ってる男女を見つめ続けるんだ。心がよ、壊れちまうんだ。あはは」

 またしても血の涙を流すディン。もうクルスも驚きはしない。

「女とのコネクションを作る。大事だぜェ。んで、もっと大事なのは、いや、今日はやめとこう。お前が有資格者だと判断したら、教えてやるよ」

「……嫌な予感しかしないよ」

「まあそれはまた今度な。この辺で案内は終了だ。部屋に戻ろうぜ」

「ああ。今日はありがとう、ディン」

「良いってことよ。去年のルームメイトは進級試験落ちちまってな。やっぱ寂しいじゃん? せっかくこうして知り合ったんだ。クルスには受かって欲しいし、一緒に騎士になりたいだろ。ウダウダやってる下の連中の起爆剤にもなってほしいしな」

「下の連中、ディンって成績はどれぐらいなの?」

「んー、そこそこ、かな」

 こうして学園での友人、もとい悪友であるディンの案内は幕を下ろした。

 女絡みを除けば最高の友人である、と後のクルスは語る。

 その後――

「あー、良い湯だなぁ。最高だろ、騎士科の大浴場」

「最高」

 ディンとクルスは疲れた体を騎士科寮の大浴場で癒したそうな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る