第11話:ぶらりアース巡り

 アスガルド王立学園の制服は騎士科、魔法科、貴族科の三つに分かれている。魔法科であれば古式ゆかしいローブ仕立て、貴族科は最新のトレンドを押さえた洒落た造りであり数年ごとにコロコロ変わる。そして騎士科は――

「何か、キリっとしてますね」

「ふふふ、騎士科の制服は我が学園の自慢じゃからのぉ。一流のテーラーが仕立てる制服、ミリ単位で採寸されたそれは全て一点もの。吊るしなど紳士的ではない。騎士たるもの、シルエットも格好良くなければの」

 熱い紳士押し。実際にこだわっているのだろう。クルスが見たこともない数の布が陳列し、その一つ一つに目を剥くほどの値札がつけられている。

 ちなみにリンザール家の年収に近い布もあった。まあド田舎の貧農ゆえあまり意味のない比較であろうが。どちらにせよ、信じ難い。

 たかが布なのに、喉元まで出かかったそれを飲み込むクルス。

 たぶん、熱く制服や背広を語るウルの様子だと、それを発言したが最後戦争が巻き起こることはクルスにも理解できていたのだ。

「なで肩、細身、ふむ、一見貧相ですが……柔軟性はある。怪我はしにくい体質かもしれませんな。努力できる才能は、あるかと」

「ふむ、怪我せんのが一番。ここの目利きならば間違いあるまい。たくさん努力が出来るのぉ、クルス君や」

「あくまで参考までに。ウル学園長に御贔屓頂いているだけの時代遅れのテーラーですので。評価いただけるのは喜ばしいことではありますが」

「謙遜じゃよ。ここは良い布を仕入れ、仕立てておる。魔力伝導しやすい糸で特殊な織り方をすると、魔力を通すことで耐久性が増す布となるのだ。質の良いそれを仕入れるのもまた一流のテーラーの条件、その特性を殺さずに服に落とし込むもまた同義よ。一流は一流を知る。シルエット、着心地、機能性、全てが一流。着ればわかる」

「な、なるほど」

 これっぽっちも分かっていないクルス。

「普通の学校だと実技と座学で服装を変えるけど、アスガルドはそれ一着で充分事足りる。わしも騎士になる際、礼服なども仕立ててもらったものじゃ。先々代の話じゃけど……若かったのぉ」

 ウル、ゴリ押しのテーラー。店主は恐縮しているが、その手は淀みなく細かくクルスの情報を測っていた。その流れるような動きは確かに技を感じさせる。

「着心地抜群」

 イールファスもお気に入り。そう言えば彼、ずっと制服である。

「あとはそうですな、魔力を通すと簡単な汚れが飛ぶので洗濯が少なくていい、くらいですかね。よく助かると言われますよ」

 クルス、目を剥く。すげえ服屋さんだ、と今更理解する。

 洗濯が少なくて済む、これ以上の利点があろうか、いやない。

 そんなこんなで採寸を終え、一行は本屋に向かう。

「本が、見果てぬほど並んでいる!?」

「クルス、反応が面白い」

「わしはあまり好きな空間ではないのぉ。何か勉強しろと言われておるようでな」

「…………」

 これで学園長なのだから、もしかしたら進路選びを間違えたかもしれない、とクルスはこっそり思っていた。

「うう、昔の騎士は良かったのぉ。ほぼ実技だけで良かったもん」

 齢百を超える男の「もん」、聞くに堪えない。

「一式頼む。支払いはアスガルド王立学園じゃ」

「承知しております、学園長」

 学園指定の本屋、当然のように顔見知りである。さして時間をかけることなく一行は店から出てくる。他にも必要なものはあるので、次の店に向かう。

 その前に――

「あの、学園長」

「なんじゃ?」

「色々買ってくださってますけど、その」

 クルスの濁した物言いに察したのかウルはニヤリと笑う。

「安心してよい。君は給付型ではないが、貸与型にも学生支援の側面はあって、こういった必需品は学園側が持つことになっておるのだ。苦学生支援、というものじゃよ。君の場合は少し特殊なのだが、基本的に在学中君が不便することはなかろう。もちろん、学園がカバーする範疇では、じゃが。まあ在学中に勉強がてらリアを稼ぐ手段もある。その辺りは学生生活を送っていればわかるじゃろうて」

「は、はい。ありがとうございます」

 ほっとするクルス。正直、勢いでここまでやってきたが、これから先のビジョンはまだ何一つ浮かんでいないのだ。そもそも、ゲリンゼルと騎士の世界ではあまりに異なり過ぎて、どれだけ説明を受けたとて仕方がない側面はある。

 何事もそうだが、百聞は一見に如かず、習うより慣れろ、飛び込んでみるのが一番早いものなのだ。

「さあ、買い物を続けよう。次は魔法学用の杖、かの」

「わかりました!」

「まあ、あんまり使わんがの、杖」

「そうなんですか!?」

「うむ、基本的な機能は騎士剣に含まれておるでな。と言うか、魔法学自体……昔はの、必須科目じゃったんじゃが、今では……」

「はえー」

 そこからいくつかの店を回り、丁度昼食時となっていた。

「ふむ、お腹は空いたかの?」

「はらへ」

「俺も、それなりには」

「であれば、大盛りの、と行きたい所じゃが、折角の機会なのでな」

「……?」

「良い店に行こうぞ」

 ウル御用達の食事処。正直、クルスは上流と言うものを全然理解していなかった。見るもの全てが素晴らしく、綺麗に、大きく見えていたから。

 だが、

「これはこれはユーダリル様」

「上の席を使わせて頂けるかな?」

「承知致しました」

 本物の上流階級が使う店と言うのは、外側とは比べ物にならぬぐらい別世界の風景が広がっていた。ウル曰く、こういった店は外界と地続きではいけないらしい、敷居をまたいだ瞬間から、サービスは始まっているのだとか。

 景色もまた、サービスの一環。

「さて、ここからが難問じゃ。これよりコース料理が運ばれてくる。使用する食器、食べる順番、所作、それらは全てある程度決まっておっての。まあ上の階ゆえに目くじらを立てられることもないのじゃが……折角の機会、上流の空気に触れ、上流の所作を学び、上流の規範を盗みなさい。観察は、自由にしてよい」

「イエス・マスター」

「おなかすいた」

「まあまあ、学友の成長のためじゃ」

「我慢する」

 クルスは即座に、考える前に観察することにした。品のない行為かもしれないが、わからないものを考えこんでも仕方がない。わからないことがわかっているのだから、今やるべきことは考える要素を拾うこと。

 つまりは下のフロアの観察、である。

(食器の減り方、使い方から、端の方から使えば良いのか? 口は小さく開いて、口の中は絶対に見せない。敷物は腿の上、二つ折り、か。他には――)

 ウルはクルスの振舞いに少し驚く。わからないから即観察に移る、そこも良かったが、まじまじと凝視せずに視界の端にだけ収め、景色を盗むやり口はウルをして面白いと思わされた。こういう観察眼は大事である。要所を捉え、しれっと盗む。

 知識が欠如した場面、ド忘れした場面、これをした上で、さも知っていましたと振舞うやり方は意外と重要であったりもする。

 騎士たるもの、知らない時点で大きな減点だが、人間である以上こうしたアドリブが求められるケースもある。この技術は、意外と使えるものなのだ。

(あれ、何か、あからさまに綺麗な子がいるな。素人目に見ても、動きが洗練されているというか……あっ)

 金髪の少女と目があったクルスは、驚いてしまう。観察していることを見抜かれたのもそうだが、彼女のそれは見ているのはわかっている、という意思表示。

 その上で彼女はお好きにどうぞ、と己が洗練された振舞いを見せつける。ウルの見られ慣れている感じとも似ているが、どちらかと言えば彼女はこちらの境遇を何となく察した上で、好きなだけ学びなさいと施しているように見えた。

 それが貴族の責務なのだと言わんばかりに。

 先に食事が終わったのか、颯爽と退店していく彼女。すでに会計は表で待っていた執事が済ましていたのか、そのまま去っていく。

 去り際まで、一挙手一投足が美しい人であった。

「のぉ、クルス君や。観察するのは結構じゃが、飲み物は何にする?」

「あ⁉」

 夢中になり過ぎた結果、普通に凝視していた事実にクルスは己を恥じた。

 その後も食事が運ばれてくるたびに、観察と実践を繰り返すも、その都度ウルから指摘が入る。イールファスからも入る。

 観察など焼け石に水、本当に、そんなことまで、と思うような動作などまで、決められていたり、それが良いとされる世界なのだ。

 ベストを見せるには、膨大な知識が必要とされる。

 まさか食前、食中、食後、全てに食器の適した置き方まで決められているとは、何でそんなのが必要なのだ、とクルスには理解出来なかった。

「むふふ、苦労しておるのぉ」

「……はい」

「まあ、するのがわかっておったから、こうして連れてきたのじゃ。わしはクルス君の境遇を知っておる。ゆえに、知らぬことに対し寛容じゃ。だが、他の者はそうではない。騎士が他者にそれを期待するのもナンセンス。騎士にとって社交の場は全てではない。しかし、そこもまた戦場である」

「はい」

「一つずつ学びなさい。なに、案ずることはない。国が違えばマナーも違う。学校に通うような上流の出でも、他国のマナーに通じておる者はそう多くないのだ。それほど変わらぬよ、他の子たちものぉ。学ぶことは沢山あるのだ」

 果てしない話である。それら全てを当たり前のように備えている者こそが騎士。常に完璧を目指す。確かに『先生』も同じようなことを言っていた気がする。

 騎士たる者、常に完璧を目指せ、と。

「で、食事の味はどうであった?」

「え、その、凄く美味しかったんですけど、緊張で、正直わかりませんでした」

「ふはは、正直でよろしい。が、騎士であれば嘘でも美辞麗句を並べねばならぬからの。そこも気を付けなさい」

「は、はい」

 もう何が何やら、と言う感じであった。

「さて、午後からはどうしようかのぉ。本当のところ、騎士剣も用意してあげたかったのじゃが、そこは通らんかったわい」

「え、騎士剣は自分、持っていますけど」

「旧いものじゃからのぉ。今のものと比べるとかなり使い辛さはあるじゃろうて。無論、それが悪いものだと言っておるわけではない。当時の基準であれば業物と呼べる代物である。だが、騎士剣も時代の流れでだいぶ様変わりしたのじゃ」

 魔導剣、別名騎士剣は騎士が振るう魔導武装である。魔力を込めるとそれに応じた色や特性を発揮し、通常の武装とは比較にならぬ力を騎士にもたらす、騎士にとって最も重要な武器なのだ。これがあるからこそ騎士は魔と戦うことが出来る。

 かつては一品物以外使い物にならなかったが、魔導革命による技術革新によって量産品の質が向上、下手な一品物よりも優れた剣が出てくる始末。もちろん、名工の技であればまだまだ量産品より遥か上であるが。

「そ、そうなのですね。でも、俺――」

「師から受け継いだものを捨てろとは言わぬよ。だが、技術革新によって少し使いづらくなっておることも覚えておくがよい。まあ、どっちにしろ学校はリアを出せぬゆえ、買えぬのじゃがな。なっはっはっは」

「あ、あはは」

「まあ、特にやることも無し。適当にぶらつき一泊して、明日列車でゆるりと学園に向かうとしよう。それがよい。そうしよう」

「はい!」

「おなかへった」

「え? 今食べたばっかりだよ⁉」

「足りない」

「ふはは、実はわしも、である。次は野趣あふれる屋台にでも繰り出すとするかの」

「やったぜ」

「……あ、そう考えるとお腹空いてきたかも」

 そんなこんなで旅も終着点。

 そして、始まりに至る。

 明日、とうとう念願の騎士学校へクルスは辿り着くのだ。まだ何も成していない。それでも希望に満ち溢れていた。夢の第一歩、明日、とうとう――

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