第10話:旅する三人組
魔導列車の上、つまりは屋根の上に立つはウルとクルス、イールファスの三人であった。何故そんな状況になったかと言うと、
『暇じゃのう』
『そうですね』
『よし、稽古をつけてくれよう』
『え?』
列車に揺られ飽きたウルが暇潰しも兼ねて遊びを企てたのだ。まさか魔導列車側も走行中の列車の屋根で暇を潰そうとする者がいるとは想像もしていなかっただろう。非常識極まりない英雄である。
「踏み込みは浅く、極力足音を消した上での戦闘である。よいかの?」
「はい!」
クルスはいつもの構えを取った。
「ゼー・シルト。今、使い手はほとんどおらぬフォームよ。何しろ平和の時代、型と言えば華のある攻撃型ばかりが使われておるゆえな」
「そ、そうなんですね」
「まあ、能書きは良かろう。では、始めるとしよう」
ウル学園長の構えは、半身になり片手は腰に、もう片手で剣を握り相手に切っ先を向ける極めて紳士的なフォームであった。名をカロス・カーガトス。一対一向きであるが、火力に特化しているためあまり使いたがる者はいない。
と言うか普通の騎士は使えない。
「騎士はあらゆる局面での戦いを求められる。こうして車両の『上』で戦うこともあろう。それを民草に気取られぬため、音を消すことも求められるやもしれぬ」
クルスは「なるほどぉ」と納得していたが、たぶんテュールらがいれば「状況が限定的過ぎます」とでも突っ込んだかもしれない。
今はツッコミ不在だが。
「二人がかりでよいぞ、わしは」
端からそのつもりだったのか、イールファスもまた既に剣を抜いている。その貌にはあの時のような猛禽の笑みが張り付いていた。
「クルス、挟みで」
「わかった」
「ん」
「「エンチャント」」
若き二人の剣が色づく。ウルは、騎士剣に魔力を通そうとする気配がない。
「学園長?」
「わしはこのままでよい。わしのはちいと、煩くてのぉ」
「は、はぁ」
「大丈夫だ、クルス。今の俺たちじゃ何をしても、学園長は倒せない」
「……わかったよ」
『先生』からは騎士剣を展開していない相手に攻め込むのはマナー違反、一騎打ちならば絶対にしてはならないと言われていたため、少し気が重い。
それだけ魔力が通っている状態とそうでない状態では、切れ味だけではなく強度など全てが異なるのだ。そもそも騎士剣自体が魔力を通す用途で作られている。
と言うのは、
「ほれ、いくぞい」
凡夫の話。
「え?」
とん、と軽い動作で一気に距離を詰めてくるウル。音を出さない踏み込みでありながら、あまりにも速い。そのギャップに驚愕しながらも――
「ほう。この速度域は問題なく見る、か」
「ぐ、ぬ」
ウルの突きをクルスは何とかしのいだ。騎士剣に魔力が通っていないとは思えない手応え。信じ難い話だが、この齢にして尋常ならざる身体能力なのだろう。今まで受けた突きの、何者よりも重く、強く感じさせられる。
「ほれほれ」
言葉は軽いが、凄まじく鋭く何よりも速い刺突の連撃が奔る。
「う、わ!?」
クルスは歯を食いしばりながら、それらを捌く。眼を上下左右に走らせ、見たことのない剣に対応していた。ウルは「ほほ」と笑い――
背後のイールファスに対し蹴りを放つ。それをぐにゃりと体を捻ってかわし、何故そんなところから手が出るのだ、と言わんばかりの体勢からイールファスは剣を振るう。ウルはそれを老人とは思えぬ身軽さで体をそらし、かわすも――
「ここ」
「さすがにやるのぉ」
そこに合わせ、後出しからさらに変化を付けるイールファス。これが変幻自在の剣技。驚異の柔軟性から繰り出される、対応不能の変化である。
が、
「ちょちょい、じゃ」
腰にやっていた手を使い、人差し指でイールファスの剣、その腹を突いた。指先一つで剣を跳ね上げられ、目を丸くするイールファス。
「むむ」
「これでもいけるが、ちょいと楽したいの。ジジイだもの」
突きでクルスの剣を封じつつ、身体を寄せる。
「これをこうして」
身体を密着させそのままぐるりと体を入れ替えたのだ。「しま――」クルスが後悔しても遅い。挟み撃ちの構図はすぐさま崩されてしまった。
「こうじゃ!」
そして、ウルの突きが、信じ難い手数で二人まとめて降り注ぐ。腰に手をやり、片手でついているにもかかわらず、この威力でこの回転数。
「っ、う⁉」
「むむむむむ」
これが英雄の剣、雨あられと降り注ぐ強い剣を受けながら、クルスは自然と笑みをこぼしていた。『先生』とはまた違う、怪物。
世界の広さが、高さが、目の前にある。
世界の英雄、何者でもない自分とは正反対の、誰もが認める男である。
「これで、仕舞いじゃ」
さらにウルは速度を上げる。クルスの眼すら追いつかぬ突き。イールファスと二人、ものの見事に一本ずつ喉笛への一撃を貰ってしまった。
もちろん、寸止めであるが。
「ふむふむ。なるほどのぉ」
「「参りました」」
同世代ではぶっちぎりの実力者であるイールファスでさえ、大戦の英雄を前にすると借りてきた猫のようにおとなしくなってしまう。やはり歴戦の勇士とは桁違いなのだ。経験値も、それらによって培われた実力も。
「軽く見たが、クルス君の実力は三学年の中堅、と言ったところであろう。未就学と考えれば破格の実力、よくぞ我が学園へ、であるな」
「あ、ありがとうございます!」
あの御三家、アスガルドの中堅。その評価はクルスの胸を躍らせた。イールファスとの戦いで砕けた自信、それをかすかに取り戻せた気がしたから。
「しかし、明確な欠点もある。次はそれを示そうかの。先ほどと同じ、二人がかりで来なさい。わしは先ほどより手を抜く。勝つチャンスじゃぞ」
「は、はい」
「……クルス」
「え?」
「では始め」
イールファスに何かを言われる前に、ウルが戦闘の開始を告げる。クルスは急ぎいつもの構えを取るが、
「なっ!」
ウルはクルスに背を向け、イールファスだけに注力する。背中ががら空き、まるで誘うような、叩きなさいと言わんばかりの構図。
「むり」
「見極めが早いのぉ。まあ、今回はただの――」
イールファスを倒し、ゆるりとクルスへ体を向けるウル。
「指摘じゃからな。何故、わしの背を攻撃しなかった? 攻めておればイールファスへの攻撃も鈍り、反撃に転ずることも出来たかもしれぬ」
「そ、それは、その」
「習っておらぬのじゃろ? 攻め方を」
「……はい」
それはもう、明確極まる欠陥であった。相手が攻めて来てくれる時は鉄壁の守備を見せることが出来る。守るための術は沢山教わった。
だが――
「何となく気付いておったが、随分歪な育て方じゃの」
「すいません」
「謝らずとも良い。少なくとも守戦に関しては、間違いなく上位校の域に達しておろう。それはの、たかだか剣を握って数年の域を遥かに超えておるのだ。優秀な指導者であったと思う。実際に生徒を御三家に入れたわけじゃしな」
「はい」
「ただの、今の世は守戦を軽視しておる。価値が低いのだ。平和の世、災厄の騎士(ユーベル・リッター)などとんと見ぬ時代、相手は魔獣程度のもの。受けよりも攻めに価値を置くのは当然の流れである。わし個人としては騎士とは守護者、守ることにこそ本分があると思うのだが、こればかりは世の流れよ」
「……はい」
「君はフォーム自体を一度、変える必要がある。染み付いた技、それを一旦手放すのは険しい道であろう。が、騎士とは本来、一人で完結せねばならぬ存在じゃ。攻防備えてこその騎士、それを片方に依存した弱さは、今身に染みたであろう?」
「はい」
攻め手を持たない相手に、わざわざ手数をかける者はいない。無視出来てしまうのだ。先ほどと同じように。そう考えると闘技大会でクルスは幸運であった。押し付けられたリーダーだったが、クルスの良さだけを発揮し、よくない部分を隠すには最適な役割であったのだ。からの、本戦での瞬殺。
悪い方の実力を見せる機会がなかったのは、幸運でしかない。
「うむ。君は強くなる。わしが保証しよう」
「ありがとうございます、マスター・ユーダリル」
ウルはクルスの頭を撫で、微笑む。
「とりあえずメシじゃ。屋根の上で食べる駅弁は美味いぞぉ」
「……え、これ、いつもやっているんですか?」
「ん、たまにじゃよ、たまーに」
ウルの白々しい顔を見て、クルスは確信した。この老人、列車に乗る度にこういった行為を繰り返している、と。
ただ、
「「「うまい!」」」
屋根の上で食べる駅弁は、確かに最高だった。
○
「うわぁ。これが海かぁ」
アスガルド王国は島国である。ミズガルズの西方、魔導列車で二日揺られ辿り着いたこの地よりさらに船で半日、そこがアスガルド王国である。
ちなみに王都アースよりさらに魔導列車で二時間かかる場所に学園があるため、まだまだ旅は続く。とにもかくにもクルスは感動していた。『先生』が以前言っていた海、それをようやく見ることが出来たから。
小川とはまるで異なるスケールと色合い。
『先生』の騎士剣と似ていた。
「ねえ、イールファス、海がしょっぱいって本当かな?」
「事実」
「塩要らず。最強だ、海」
「……塩は要る」
海にはしゃぐクルスを見て、ウルはほっこり微笑んでいた。
そして船に乗ると――
「海って足がつかないのかな?」
「つかない」
「試してみたいんだけど」
「……学園の講義で遠泳の講義がある。レムリアの真似だけど。その時好きなだけ試せるから好きにすると良い。俺は遠泳自体取る気ないけど」
「やったー!」
地獄の遠泳、それを泳いだこともないクルスが取る意味を、彼はまだ知らなかった。のちに彼は単位欲しさと好奇心から遠泳の講義を取るのだが、その結果、彼は海が嫌いになってしまう。騎士に泳ぎのスキルなんか要らないと不貞腐れるほどに。
「甲板で稽古、しよ」
「いいよ。大会の逆襲だ!」
「まだ無理」
クルスとイールファス、二人は意外と仲良くやっていた。それはまだ、クルスがイールファスという存在を、どれだけ遠い存在かを知らなかったから。知らないから壁を感じなかった。知らないから、気安い関係を作れた。
「手が遅い。工夫が足りない」
「……ぐ、ぐぬぅ」
イールファスの剣はルナ族特有の銀色、力強さはないが柔らかく鋭い剣閃にぞくっとしてしまう。緩急を、工夫を、あらゆる手段を凝らしテクニカルに組み立てられた剣、クルスは笑みをこぼしてしまう。信じ難いほど強い。
これで同世代、世代トップらしいのが救いだが――
「不器用」
「うがああああああ!」
悪意無き言葉の刃がクルスを貫く。
そんなこんなで船旅を経て、王都アースへ。
イリオスの王都も都会だったが、アスガルドの王都アースは格が違った。
整然と並ぶ石造りの都。重厚で長い年月を感じさせるそこには統一感が感じられた。アスガルドという国柄を表す街並み、見ただけで国民性が透けてくる。
何よりも人が多い。
アース以上の都会も魔導列車の駅で乗り換え、通過していたが、降り立っていない以上肌で感じられてはいない。ここがクルスにとっての都会像。
初めて都会を知った。その大きさに圧倒された。
「アースはどうかね?」
「お、大きいです。あんな高い建物初めて見ました」
ウルの問いにクルスは興奮して答えた。
「大げさじゃのぉ、クルス君は。今のアスガルドは、アースはそれほど都会でもない。誇れるのは歴史と伝統、今ではないのだ。残念ながら、のぉ」
ウルは哀しげに目を伏せる。学校と同じ、アスガルドは落ち目である。魔導革命後、ミズガルズ中央部に比べるとどうしても発展は見劣りしてしまっていた。
中央から離れているという欠点、利便性の無さ。
「だが、わしはこの国が好きであるよ。不器用ゆえ、変わらぬモノも多い。わしのような老人にとっては過ぎ去らぬことが救いでもあるのだ」
ウルはクルスに微笑む。
「さて、まずは制服の採寸からじゃぞ。やるべきことは多いのだ、クルス君」
「は、はい!」
ウルに先導されて、ついて行くクルス。その背をひょこひょこと追いかけていくイールファス。何だかんだとこの三人組、こなれてきた感がある。
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