第85話 不毛だと言われたり

 私がここにいるから大丈夫。それを言葉ではなく、うまく伝えたいと思ったとき、自然に和美の手を握っていた。


 可愛い和美の手を、私以外が握った。

 なにもできないことに苛々する。


 その気持ちの中に、多少の独占欲が混ざっていることに、気づいてたまるかと桜は思った。イヤだ、また不毛な感情に悩まされねばいけないというのか。




 ――あれ?


 日曜日の夜になってから、おつぼねぷりんのプリン小説が更新された。甘々な展開を期待していたら、桜がぐにゃぐにゃしはじめたので、意外な感じがした。

 この前、キスが間違いじゃないなら考えるとか、桜は言ってたはずだけどな。


 先を読み進める。



 プリンを食べよう。幸せなプリンを食べて、余計な事を考えるのはやめよう。今日も私はプリンを食べて満足する。和美がプリンを食べていれば、それで私は幸せだ。

 和美に触れたい人間など雲散霧消すればいい。

 悪霊退散!!!



 悪霊退散……。悪霊退散!?


 わたしはハートを押して、応援コメントを入れた。


@ purinmania:桜ちゃん悩みはじめちゃいましたね。てか悪霊退散てw


 作者からの返信通知が入る。すぐにページを読み直す。


 ――りんぴょうとうしゃ、でしたっけ? 九字はさすがに入れられなかったけど。退魔師を入れてみましたよw

 

 ここに入れるのか、おつぼねぷりん。あのトークの内容を取り入れたのか。無理にここに入れる必要なくないか? そう思ったが突っ込むのはやめた。


 チャットの方に通知が入ってくる。普通におつぼねぷりんからチャットを入れてくれるのが嬉しい。


おつぼねぷりん:悩み始めたのはね、リアリティを出したくなりまして


 リアリティか。自分が悩んだことでも思い出したかな。おつぼねぷりんさん。


おつぼねぷりん:リアルじゃそんなにトントン拍子に行かないからね。理想を語ったりすると、よけいに引き戻されますね


@ purinmania:そうですか


おつぼねぷりん:でも、最後までリアルにするつもりはないです。小説でまで


@ purinmania:リアルって?


おつぼねぷりん:実際には、ルームメイトを好きになって一緒に住み続けるというのは、かなり厳しいと思う


 それが、まさにわたしだけどな。厳しいと言われてもな……。まぁ、わかってるけどね。小説のようには行かない。それはわかってる。


@ purinmania:まぁ、そうかもね。でもそう言ってて、リアルにルームメイトさんを好きになったら、おつぼねぷりんさんは、どうします?


おつぼねぷりん:ならない


@ purinmania:ならない?


おつぼねぷりん:私はルームメイトは絶対に好きになりたくないし、ならない。恋愛自体、するつもりはない。小説しか書くつもりはないです


@ purinmania:恋愛自体? 現実で恋愛したいとか、全くない感じですか?


おつぼねぷりん:ないです。特に同性はない。喜ばれない


 ずきっと胸が痛んだ。


おつぼねぷりん:同性で、しかもルームメイトとか、絶対に好きにならない。相手に迷惑だし、不毛すぎる


 そこまで読んで、わたしはなんと言っていいのかわからなくなった。

 この人は理由もなく、人の恋愛に水を差すような人じゃない。自分の昔の苦い経験でも思い出して言っているのか。


 おつぼねぷりんは、たぶんだ。それはわかっている。

 前に、「クローゼットで来ました」と書いていたし。会話していても、端々にそれが出ている。わたしから見て、おつぼねぷりんは、もう当事者だという感覚しかない。本当に嫌な経験があるのかもしれない。


 でも、これは――わたしを全否定しているのに近い。


 不毛はまだいい。でも、「迷惑」とか……マジでけっこうずっしり胃に来たぞ?


 そこまで言うことないだろう。

 そう書くかわりに、一言入れた。


@ purinmania:わかってますよ

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