第61話 百合について聞かれたり

「百合ってどう思う?」


 まだ寝ぼけているときに聞かれて、焼きおにぎりを噛まずに飲み込みそうになった。

 落ち着け。噛むのをやめるなら、飲むのもやめろ。喉に詰まる。


 どう思う? って何だよ。どう思う? って。


「なに、急に」


 なんでそんな事聞いてくんだよ!!


 この聞き方は好きじゃない。


 色んな人間に何十回とこの聞き方をされてきたが、どう思う? と聞かれたものを絶賛して、喜ばれた事なんて一度もない。「どう思う?」、そう聞いてくるヤツは、だいたい、私がそれを「好きじゃない」と答えるほうを期待しているのだ。イイねに反論するために聞いているのだ。


 ねぇねぇあおい、流行りのタピオカってどう思う?

 ……流行ってるからって、どこもかしこもタピオカタピオカ! お腹が膨れて他のデザート入らなくなる!


 ねぇあおい、あの子ってどう思う?

 ……あたしあの子嫌い。かんじわるい。


 だいたい、アンチな意見を言う前の、前置きなのだ。相手が同意してくれそうか、さぐるためだけの。


 百合ってどう思う? 

 答えに、何を望んでるんだよ。

 ……書いてるよ。


「友達が好きだって言うから。どんなもんかなと思って」

「花だね。フラワー」


 そう答えた。

 芽生はぽかんとした。

 その唇が、小さく、「ハナ……」と呟くように動いた。


 ああやっぱり。

 花じゃないほうの百合のことを言ったな。

 芽生くらい本を読む人が、そのジャンルを全く知らないとは思えない。

 ガールズラブの話をしているなら、私はこれに関しては意見を言いたくない。


 百合は、花だ。花以外の百合など、私と芽生の間には無い。


「友達にあげるの?」

「うん、まぁ」

「匂いが強いから、お見舞いとかそういうのだったら、やめたほうがいいよ。じゅうたん敷かれた家も向かない。花粉が付いたらなかなか落ちないし。めっちゃTPOを選ぶんだよあの花は」


 話をそらしたつもりだが、芽生が、本当に花の話しかしていないのなら、私のこれは過剰反応だ。でも、どっちみち、返事はこれで合ってる。


 ぱちぱちとまばたきながら私を見つめる芽生の目を、煩わしく感じた。探るような目。見ないでほしい。毒舌の芽生の舌が、なにを言うのか、気になる。でも、知りたくない。きっとそれは本当に毒を含んでいる。悪気がなくても。


 焼きおにぎりを包んであったラップが、私に握られてしわしわと気弱な声を上げた。ゴミ箱に捨てた。


「嫌われやすい花だよ、百合」

「そう?」

「匂いは強いわ、いまいましいほど花粉は落ちないわ」


 芽生とはしたくない。ガールズラブだろうが、ボーイズラブだろうが、ババアズラブだろうがおねロリだろうが、芽生とはそれ関連の話をしたくない。

 嫌われやすい花だよ、百合。自分で言った言葉が妙に喉に刺さった。引っかかったのは焼きおにぎりの固いところかもしれない。おにぎりはよく噛まなくちゃ。特に焼いたのは。


「リビングには飾らないようにするよ……」


 私が嫌そうなのを感じ取ったのか。芽生はそう言って、百合の話を終わらせた。

 玄関から出て、首と肩が異様に痛いのに気がついた。肩にだいぶ力が入っていたようだった。




※おねロリ……お姉さん(年長の女性)とロリ(少女)という組み合わせの百合

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