第六十話『時を旅する錬金術師・その⑤』
凍った泉から姿を現したのは、緑色をした巨大なタコだった。
今になって思えば、魔物はルメイエとロゼッタちゃん、二人を同時に引きずっていたのに、万能地図に表示される反応は一体だけ。
別々の魔物だったのならば、万能地図にも二体分の反応が出るはずだった。
「それにしても、なんて色してんのよ。気持ち悪い……!」
その見たことのない色合いに度肝を抜かれるも、すぐにオアシスの植物に合わせた色であると理解した。
おそらく草の中にその長い足を紛れ込ませて、獲物が通りかかるのを待っていたのだろう。
「もう用は済んだし、さっさと逃げるわよ! 二人とも、掴まってて!」
急いで絨毯を発進させようとするも、動き出してすぐにその長い足が伸びてきて、絨毯の端を掴んだ。
「ちょっと、離しなさいよ!」
あたしは叫び、容量無限バッグから火炎放射器を取り出す。
これは主に竜素材を使って調合したもので、その見た目は竜の頭にそっくり。
喉のところにある引き金を引くことで、ドラゴンのブレスよろしく、その口から強烈な炎を吹き出すのだ。
「これでも食らいなさい!」
躊躇することなくその引き金を引くも、炎の中のタコは涼しい顔をしていた。
「メイ先生、効いていないようだけど!?」
それを見たルメイエが絶望的な顔をする。
砂漠に住んでいるから熱に強いのか、はては粘液によって守られているのかわからないけど、ほとんどダメージは与えられていないようだった。
「むむむ……なら、これならどう!?」
あたしは火炎放射器をしまい、新たにビックリハンマーを取り出す。
これは浮遊石の欠片やエルトニア鉱石を素材にした武器で、これまでの旅でケルベロスや鳥の王といった、強力な魔物たちに引導を渡してきた道具だ。
「それじゃ、いくわよ! 今度こそ!」
続いて飛竜の靴を履くと、その能力を活かして大跳躍。一気に距離を詰めて、全力でぶん殴る。
けれど、ぐにょん……という感触があっただけで、結果は同じ。
「うそ、これも効かない……軟体動物だから?」
困惑しながら、あたしは飛竜の靴の効果で滑空して絨毯へと舞い戻る。
それにしても、ハンマーの威力が以前より弱い気がする。どうしてかしら。
そんなことを思った直後、あることに気がついた。
「そっか! フィーリの魔力が入ってない!」
このビックリハンマーは魔力を注入することで、その威力を何倍にも引き上げることができる。
最近使っていなかったこともあって、魔力チャージをすっかり忘れていた。
「こういう時に限って……あたしのバカ!」
後悔しながらハンマーを容量無限バッグに戻し、次なる手を考える。
その間にも、絨毯はじわじわとタコのもとへ引き寄せられていた。
「メイさん、さっきの泉のように、あの魔物を凍らせられないんですか?」
いざとなったら絨毯を捨てて逃げることも視野に入れていると、ロゼッタちゃんがそんな提案をしてくれた。
「冷凍ボムね! その手があったわ!」
冷凍ボムよ出てこい……と、勇んでバッグに手を突っ込むも、その手は空を切る。
うそぉ……まさか、もう手持ちがないの?」
まさかのストック切れだった。
今から調合する余裕なんてないし、どうしようかしら。
火炎放射器やハンマーによる攻撃が通用しないところからして、通常の爆弾程度じゃ倒せない。
そうなると、できるだけ強力な爆弾で攻撃する必要がある。
必死に考えを巡らせながら容量無限バッグを漁っていると、導かれるように手元にやってきたものがあった。
あの子の……フィーリの魔力がこもった、魔力ボムだった。
――メイさん、これであいつを倒してください!
フィーリから、そう言われている気がした。
「……よし、やりますか」
あたしは覚悟を決めて、魔物に対峙する。
正直、魔力ボムの威力は普段使っている爆弾とは一線を画す。
この泉全体を爆発に巻き込んでしまうだろうから、投擲と同時にできるだけ遠くに逃げる必要がある。
「ルメイエにロゼッタちゃん、あたしに掴まってくれる?」
「いいけど、何をするんだい?」
「今からすごく強力な爆弾を使うの。この絨毯も爆発に巻き込まれると思うから、投げたらすぐに逃げるのよ」
そう説明しながら、爆風を少しでも受け流すために見えない盾を展開する。
「わ、わたしたちが一緒でも、逃げられるんですか?」
「飛竜の靴の性能を信じるしかないわね……それじゃ、いくわよ!」
半信半疑の二人が抱きついてくれたのを確認して、あたしは魔力ボムを魔物に向けて投げ放つ。
そしてすぐに、大きく助走をつけて絨毯から飛び降りた。
「うわあああ!?」
直後に青色の閃光が走り、あたし越しにそれを見たルメイエが叫び声を上げる。
その声が途切れる前に地面に着地すると、そのままの勢いで草の中に体をうずめた。
閃光に続いて轟音と爆風が吹き荒れ、それが収まる頃には魔物は泉もろとも消え去り、あとには巨大なクレーターが残されていた。
「す、すごい威力です。泉がなくなってしまいました」
恐る恐る顔を上げたロゼッタちゃんが信じられないといった表情でそう口にした時、空から何かが降ってきた。
一瞬、魔物が生きていたのかと身構えるも、それは魔力ボムの爆発に巻き込まれ、半分燃え尽きてしまった絨毯だった。
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