第五十九話『時を旅する錬金術師・その④』
ルメイエたちと会話しながら絨毯を飛ばしていると、やがて砂丘の向こうにオアシスが見えてくる。
そこには大小様々な泉があり、それを取り囲むように草原が広がっていた。
近くに寄ってみると、生えている植物はあたしの腰くらいのものがほとんどだった。
中にはヤシの木のような大きなものもあったけど、数は多くない。
「メイ先生、ブルーローズが生えているのはもっと奥だよ。あの大きな泉の向こうさ」
目的のものを探そうと目を凝らしていると、背後のルメイエがそう言った。
彼女の指差す先には、余裕で泳げそうなくらい広い泉がある。
「あそこねー。そこまで遠くないし、ここから歩いて行っちゃいましょ」
「あ、メイさん、この辺りにもサソリはいますから、踏んで刺されないように気をつけてくださいね」
勇んで絨毯から降りた時、ロゼッタちゃんにそう言われて足を止める。
「そ、そういうことは早く言ってよ……」
急に怖くなったあたしは、いそいそと絨毯へと戻る。
そんなあたしを見ながら、二人は顔を見合わせて苦笑していた。
その後は気を取り直して、絨毯で草の上を滑るように進んでいく。
「このオアシスにはブルースコーピオンというサソリがいるんです。刺されても致命傷にはなりませんが、数日は熱が出て、全身真っ青になるんです」
「文字通りってわけねー。できたら出会いたくないけど」
「大人しい性格なので、それこそいきなり踏みつけたりしない限りは刺されませんよ。ね、ルメイエ」
「そ、そうだね。あれはうかつ……いや、なんでもないよ」
急に話を振られたルメイエは、明らかに動揺していた。
もしや、過去にそのサソリに刺されて全身真っ青になったことがあるのだろうか。
……そんな話をしているうちに、目的の泉に到着した。
「ところでルメイエ、ブルーローズってどんな花なの?」
「名前の通り青色をしていて、手のひらより少し大きいくらいの花さ。地面にへばりつくように咲いてるから見つけにくいんだよ」
絨毯から降りながら尋ねると、そんな言葉が返ってきた。
背の低い花なのね。見ればひと目でそれと分かりそうだけど、この草の中に完全に隠れてしまっているだろうし、先のサソリの件もあるから慎重に探さないと。
「えーっと、青い花、青い花……」
それから手分けしてブルーローズを探し始めるも、それらしい花はなかなか見つからない。
フィーリのために、早く見つけないといけないのに……。
「……あ! あった! ルメイエ、これじゃない!?」
そんな思いが通じたのか、あたしは草の間に隠れるように咲く青い花を見つけた。
力任せにそれを引っこ抜き、ルメイエたちに見せる。
気がつけば、あたしと二人の距離はかなり離れてしまっていた。
「その花がそうだよ! 間違いなく、ブルーローズさ!」
あたしの手にある花を見たルメイエは、声を弾ませてそう言った。
その言葉を聞いたあたしは心の底から安堵しながら、採取したブルーローズを容量無限バッグへとしまう。
「ありがとー。これでこの時代に来た目的は達成……じゃない、目当ての素材は手に入ったわ」
「よかったね、メイ先生。これでボクもようやく錬金術を教えてもらえ……おわぁ!?」
「きゃ!?」
お礼を言いつつ彼女たちに歩み寄ろうとした時、二人の姿が突如として草の中に消えた。
「……へっ? ちょっと二人とも、どこいったの?」
「メ、メイさーん!」
「助けてー!」
そんな言葉が口から出た直後、草をかき分けて何かを引きずるような音と、二人の叫び声が聞こえた。
あたしは絨毯に飛び乗ると、声がした方角に向けて全速力で向かう。
それと同時に万能地図を開くと、そこには大きな魔物の反応があった。
まさか、これが村長さんの言っていたオアシスの魔物!?
巨大な蛇なのか、その正体まではわからないけど、その魔物は彼女たちを引きずりながら、一直線に泉へと向かっている。
水の中に引きずり込んでから食べるつもりなのかしら。なんにしても二人に何かあったら歴史が変わっちゃうし、何が何でも助けないと!
そう考えながら二人を必死に追いかける。
「……よし、追いついた!」
絨毯のおかげですぐに追いつくことができたけど、そこからの救出手段が思い浮かばない。
魔物を倒すために爆弾を使えば彼女たちも巻き込んでしまうだろう。
フィーリがいれば、風魔法で攻撃してくれるのに……!
草の間を滑るように引きずられていく二人を見ながら、思わずそんなことを考えてしまう。
……いやいや。ここにフィーリはいない。あたしが自分でなんとかしないと。
慌ててそう思い直し、容量無限バッグに手を伸ばす。
「勝手に戦う剣は……このスピードだと置いていかれちゃうし、自律人形たちも無理そう……」
必死に考えを巡らせるも、いい道具が思い浮かばない。
かつてルメイエに、錬金術師は事前の準備が大事……と言われたことを思い出しつつ、最近は調合作業をおろそかにしていた自分を悔やむ。
そうこうしている間にも、泉は近づいてくる。このままだと二人の命が危ない。
「……そうだ! この手があるじゃない!」
その泉を目にした時、頭の中にとある考えが浮かんだ。
あたしはそれを実行するべく、絨毯の速度を上げて二人を追い越す。
「メイ先生、どこに行くんだい!?」
背後から聞こえたルメイエの声をあえて聞き流して、あたしは容量無限バッグから冷凍ボムを取り出す。
「泉に引き込もうとしてるんなら、先に泉を使えなくしちゃえばいいのよ! てりゃ!」
青色の爆弾を力任せに泉へと投じると、一瞬の間を置いて炸裂。猛烈な冷気が吹き荒れて、泉を一瞬で凍りつかせた。
その衝撃に驚いたのか、ルメイエたちを捕らえていた魔物は二人を放り投げ、その姿をくらました。
「はぁ、はぁ……メイ先生、ありがとう。助かったよ……」
「い、一時はもう駄目かと思いました……」
草と砂にまみれた二人が立ち上がり、同じように胸をなでおろしていた。
「危なかったわねー。どんな魔物か姿は見えなかったけど、予想以上に臆病で助かったわ。危ない場所だってことは十分わかったし、早く帰りましょ」
「賛成だよ……錬金釜も失くしてしまったし、踏んだり蹴ったりだ」
言われてみれば、彼女が背負っていたはずの錬金釜がなくなっていた。魔物に引きずられた際、どこかに落としたのだろう。
「錬金釜くらい、あたしが新しいの用意してあげるわよ。ほら、早く絨毯に乗って」
うなだれるルメイエを慰めつつその手を取り、絨毯へ乗ってもらう。
同じようにロゼッタちゃんを引き入れた時、ふいに地鳴りのような音が聞こえ始めた。
「この音、なんでしょうか」
「何かしら。なんだか嫌な予感が……」
不安げな顔をするロゼッタちゃんにそう言葉を返した直後、凍結していた泉の氷が裂け、中から緑色をした巨大なタコが現れた。
ひょっとして、二人を食べようとここまで引きずってきたのって……こいつなの!?
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