第五十八話『時を旅する錬金術師・その③』
話を聞きたいという村長さんに招かれて、あたしたちは村の一番奥にある建物へと向かった。
そこの応接間らしき部屋に通されて、村長さんと対峙する。
ちなみにその隣にはロゼッタちゃんの姿があり、あたしの横にはルメイエが座っていた。
一連の流れを話す必要があったし、どちらもあたしが同席を希望したのだ。
「……なるほど。二人が砂嵐の中で無事だったのは、メイさんのおかげでしたか。ありがとうございます」
後々話が食い違わないように、村の人たちと同じ説明をすると、村長さんはそう言って頭を下げてくれる。
「あたしも助かりましたし、お互い様ということで……この子たちはお咎めなしでお願いします」
「はは、それは百も承知です。ジェイドにも、あまり叱らないように言っておきますよ」
彼のそんな台詞を聞いて、ルメイエは静かに胸をなでおろしていた。
どうやらジェイドというのは、ルメイエのおじいさんのことのようだ。
けれど、ルメイエはすでにゲンコツを食らわされているのだし、時すでに遅しな気がしないでもなかった。
「ところでメイ先生、ブルーローズの件はいいのかい?」
そんなことを考えていると、憑き物が落ちたような顔でルメイエが言った。
「あ、そうなんですよ。村長さん、あたし、探しているものがあるんです」
「探しているものとは?」
思わず前のめりになりながらそう言葉を紡ぐと、村長さんは首をかしげた。
そんな彼に、この村近くのオアシスに咲くブルーローズという花が錬金術の素材として必要であることを伝えた。
「ブルーローズは私も知っていますが……錬金術とはいったい?」
「錬金術は身の回りにあるもので便利な道具を作る、素晴らしい技術なのさ!」
あたしのかわりに村長さんの問いに答えたのは、目を輝かせたルメイエだった。
「何を隠そう、メイ先生は凄腕の錬金術師なんだよ!」
続けてそう言って、誇らしげにあたしを見る。
「そういえば、ルメイエの家がかつてそんな技術を持っていたという話を聞いたことがありますね。魔法に取って代わられ、はるか昔に失われた技術だとか」
村長さんは思い出したように言い、苦笑いを浮かべた。
それを見たあたしは、おもむろに容量無限バッグから究極の錬金釜を取り出す。
魔法に取って代わられた……という言葉が、あたしの対抗心に火をつけたのだ。
「どんな技術か説明するより、実際に見てもらったほうが早いと思います。この錬金釜に水と薬草を入れて、ぐるぐるーっと」
言うが早いか、あたしは素材を錬金釜に入れてかき混ぜる。ほどなくして、虹色の渦の中から瓶に入った緑色の液体が飛び出してきた。
「これは……ポーションですか? しかも鍋の中から。どういった原理で……?」
完成したポーションを手渡すと、村長さんは目を見開いていた。
その様子を見て気を良くしたあたしは、続けて爆弾や万年筆を調合してみせる。
錬金釜から様々な道具が出てくるのを目の当たりにして、ルメイエやロゼッタちゃんも感心しきりだった。
「さすがメイ先生だ。ボクじゃそんなに早く調合できないよ」
「本当だね。ルメイエの錬金術と全然違う……」
二人はそう言いながら、ほとんど同時に視線を動かす。そこには半分砂を被ったルメイエの錬金釜があった。
「こんな感じで薬を作るのにブルーローズが必要なんです。可能なら、この彼女たちに道案内をお願いしたいんですが」
その場の流れで、あたしは村長さんにそう願い出る。ロゼッタちゃんとルメイエも、その場で賛同してくれた。
「この二人もあの辺りの地理には詳しいでしょうが、あのオアシスの奥には魔物が潜んでいるという噂も……」
村長さんはそう言って、渋い顔をした。
ルメイエだけでなく、娘であるロゼッタちゃんもいるのだから、彼が心配するのも納得だ。
「あたし、こう見えてそれなりに魔物と戦ったことがあるんです。いざという時は二人を守りますので!」
そう宣言すると、村長さんはしばらく悩んだあと、彼女たちの同行を許可してくれた。
ルメイエに錬金術を教える交換条件として、ブルーローズ採取の手伝いを頼んでいたわけだし、約束が反故にならなくて本当に良かった。
○ ○ ○
「日が暮れるまでには戻ってくるようにお願いします。二人とも、メイさんに迷惑をかけないようにね」
「はい」
「わかっているさ! メイ先生、出発しよう!」
まだどこか心配顔の村長さんに見送られ、あたしたちは絨毯に乗り込み、村を後にした。
「あれだよ! あの大きな岩を右に曲がるんだ。すると砂丘が見えてくるから、そこを今度は左さ!」
しばらく飛んでいると、ルメイエが声を弾ませながら道案内をしてくれる。
万能地図を使えばオアシスの位置はすぐにわかるのだけど、ここはルメイエに任せることにした。
そして指示されたとおりに飛んでいると、あたしの脳裏にある疑問が浮かんだ。
「ねぇ。ルメイエって、どうして錬金術師になりたいの?」
ルメイエを肩越しに見ながら、そう尋ねてみる。唐突に質問された彼女は驚いた顔をしたあと、背中の錬金釜に視線を送った。
思えば、ルメイエはあの錬金釜を肌身離さず持っている。よほど大事なものなのだろう。
「理由は簡単だよ。かつて村で使われていた錬金術を、ボクが復活させるんだ。それで、楽をして暮らす」
「へっ?」
前半の台詞はすごく良かったのに、最後の一言で台無しになった。
もしかして、彼女のグータラ気質……いや、スローライフ気質はこの頃からあったのかしら。
「……まーたそんなこと言って。本当は村の皆に便利な道具を作ってあげたり、調合した薬を商人さんに売ってお金を稼いで、村を豊かにしたいんだよね?」
その時、ロゼッタちゃんがため息まじりにそう言った。
「いーや、そんなことはないよ。ボクは楽をして生きたい」
「もー、腰痛持ちのジェイドさんに、シップを作ってあげるって言ってたのはどこの誰?」
「確かに言ったけど……ハッピーハーブなんて素材、見たことも聞いたことも……って、ボクの話はもういいだろ! メイ先生、ロゼッタにも質問しておくれよ!」
分が悪いと判断したのか、ルメイエは地団駄を踏みながらそう言ってくる。あたしは苦笑しながら、ロゼッタちゃんへの質問を考える。
「じゃあ、ロゼッタちゃんはどうして錬金術師になりたいの?」
「いえ、私は錬金術師じゃなく、絵本作家になりたいんです!」
すると、予想外な答えが返ってきた。思わず振り向くと、彼女はキラッキラの笑顔を向けていた。
「え、絵本作家? ロゼッタちゃん、そういうのに興味があるの?」
「はい! 大好きなんです!」
「ロゼッタの部屋には絵本がたくさんあるからね……あれは圧巻だよ」
今度はルメイエがため息まじりにそう口にする。先ほどとは真逆だった。
「親友のボクでも、まだ読ませてもらってないけど……作品作りは進んでいるのかい?」
「構想は練ってるんだけど……ほら、この村だと紙も貴重だし。どこかの誰かが調合してくれるって話はどうなったのかな?」
「うっ……紙になる植物素材が足りないんだよ。それこそ、ここは砂漠だし……」
そう言葉を返されて、威勢の良かったルメイエの声がしぼんでいく。
なんだかんだで、持ちつ持たれつの関係っていうか……仲いいわね。この二人。
「そうです。メイさんの故郷に伝わる昔話とか、よかったら教えてください。創作の参考にしますので!」
「え? あー、そうねー。昔話ねー」
ロゼッタちゃんの思わぬハイテンションっぷりにあたしは困惑し、しどろもどろになってしまう。
この子の……ロゼッタさんの将来の夢って、絵本作家だったのね。
それが最終的には錬金術学校の学園長だなんて。人生、わからないわよね。
未来を知っている身としては、楽しそうに将来の夢を語るロゼッタちゃんに対してなんとも複雑な感情を抱いてしまうのだった。
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