第五十七話『時を旅する錬金術師・その②』

 砂嵐が過ぎ去るまでの間、あたしはルメイエたちから色々なことを教えてもらった。


「へぇ、この近くに村があるの?」


「そうだよ。小さい村だけど、ボクたちの故郷さ!」


 ばりぱりとクッキーを頬張りながら、ちっちゃいあたし――ルメイエが嬉しそうに話す。


「じゃあ、その村では錬金術が盛んなの?」


「まったくもってそんなことはないよ。錬金術をやろうとしているのは、ボクだけさ」


 少し期待を込めて尋ねてみると、彼女はあっけらかんとそう言った。


 その後の話によると、彼女の錬金術は一緒に暮らすおじいさんの、そのまたおじいさんが書き残した書物から独学で学んだものらしい。


 そんな書物があるのね……なんて考えた矢先、以前立ち寄った浮島でも錬金術が使われていたことを思い出した。


 つまり、過去に錬金術師を志した人がいるってことね。その書物、もし時間があれば読ませてもらいたいわね。


 ○ ○ ○


 それからしばらくして砂嵐は無事に過ぎ去り、青空が戻ってきた。


 あたしは澄み切った空に感謝しつつ、空飛ぶ絨毯にルメイエたちを乗せて、彼女たちの住む村へと向かう。


 ようやく見えた太陽の位置からして、今はお昼前といったところだろう。


 時渡りの懐中時計の残り時間を考えると、今日中にはブルーローズを確保しておきたい。


 村についたら事情を話して、ルメイエたちと一緒にオアシスへ行かないと……。


「メイさん、この絨毯はどうして浮いているんですか?」


 今後の予定を考えていると、後ろに座るロゼッタちゃんからそう質問された。


「これ? 錬金術で作った空飛ぶ絨毯なの。素材はラシャン布と……まぁ、いろいろ」


「ラシャンというと、こことは別の砂漠にある村ですよね。そんな名産があったなんて」


 その質問に答えると、そんな台詞が飛んでくる。


 ……しまった。ここが40年前だってこと、すっかり忘れてた。


 この時代だと、ラシャン布はそこまで有名になっていないかもしれない。


 一瞬、そんな考えが頭をよぎるも、あたしがこの時代から去ってしまえば、このやり取りも忘れ去られるのだと気づいた。


 ……というか、同じ人間は出会っちゃまずいんじゃなかったっけ? タイムなんとかってやつでさ。


 ロゼッタちゃんの隣で、物珍しそうに周囲を見渡すルメイエを盗み見ながら、あたしはそんな不安に襲われる。


 あたしとルメイエの場合、体は同じだけど、中身は別人だから構わない……ってことなの?


 うーむ、わからん。なにぶん、時間を旅するなんて初めてだし。


 なんとも煮えきらない気持ちになりながら、あたしは絨毯を走らせたのだった。


 ……やがて砂の海の波間に、無数の白いサイコロのようなものが見えてくる。


 近づいていくと、それらは全て石を切り出して作られた建物だとわかった。


「メイ先生、あそこがボクたちの村だよ! 村の真ん中に広場があるから、そこで降ろしておくれ!」


 ルメイエに言われるがまま絨毯を操作し、砂の上に着地する。


 直後、何事かと人々が集まってきた。


「ルメイエとロゼッタじゃないか。あの砂嵐の中、よく無事だったな」


「どこか岩陰にでも隠れていたのか? じいさん、心配してたぞ?」


 ルメイエたちを取り囲んだ人々は口々にそう言い、彼女たちの帰還を喜んでいた。


 思えば、あの砂嵐の中を無傷で帰ってきたのだから、驚くのも無理はない。


「えへへ、実はこの人がさ……」


 続いてルメイエがあたしを皆に紹介しようとすると、人の壁をかき分けて一人の老人がやってきた。


「くおぉらぁ! こんのイタズラ娘め!」


「んぎゃーー!」


 そして稲妻のような怒声とともに、ルメイエにゲンコツを振り下ろした。


 それは無防備だったルメイエの脳天を直撃し、彼女はたまらず頭を押さえる。


 姿が同じだからか、あたしも同じ場所に痛みが走った気がした。


「ロゼッタお嬢様まで連れ出しおって! 錬金術ごっこもほどほどにせい!」


「お、おじいちゃん、ロゼッタは自分から行きたいって言ってくれたんだ。それに錬金術ごっこじゃ……」


「ええい、黙れい!」


 有無を言わさぬ一声に、当事者のルメイエだけでなく、あたしや周囲の人間も思わずすくみあがっていた。


「ロゼッタお嬢様、あとで村長の家にお詫びに伺いますので、今日のところはお許しください」


「い、いえ、私は別に……ルメイエの言う通り、自分の意思で同行したんです」


「それでも砂嵐の中に飛び込み、お嬢様の身を危険にさらしたのは事実。申し訳ありませぬ」


 すっかり意気消沈したルメイエを尻目に、おじいさんは深々と頭を下げた。


 話を聞いた感じ、ロゼッタちゃんって村長の娘だったりするのかしら。


「ほれ、ルメイエはこれ以上恥を晒すな。家に帰っておれ」


「うう……」


「あ、あの! ちょっと待ってください!」


 その一方的なやり取りを見ていたあたしは、たまらず声を上げる。


「先ほどから気になっておったが、お主は誰じゃ? 村の者ではないな」


「あたしは旅の錬金術師メイです。砂嵐に遭遇して困っていたところを、この子たちに助けられました。彼女たちの案内がなければ、この村にたどり着けなかったと思います」


「いや、助けてもらったのはボクたち……もがっ」


 次の瞬間、あたしの言葉を訂正しようとしたルメイエの口をとっさにふさぐ。


 事実は若干異なるけど、嘘も時と場合による。このままの流れでルメイエが外出禁止になったりしたら、一緒にオアシスに行くこともできなくなる。


 もごもごと何か言ってるルメイエの口を押さえたまま、あたしはロゼッタちゃんに視線を送る。意図が伝わったのか、彼女は小さくうなずいた。


「じ、実はそうなんです。私もルメイエも、このメイさんが錬金術で作った道具のおかげで砂嵐をやり過ごすことができたんですよ。彼女は恩人なんです」


 ロゼッタちゃんがそう説明すると、その場にいた大人たちは皆顔を見合わせた。


「錬金術……実在していたのか?」


「じゃあ、前にルメイエがしていた話も本当なのかしら」


 やがて、そんな会話があちこちから聞こえてくる。


「にわかには信じられない話じゃが……この二人が無事に帰ってきたことが何よりの証拠か」


 先ほどまで怒り心頭だったルメイエのおじいさんも、腕組みをして考え込んでいた。


 ルメイエが参考書にしているという書物もあるし、やはり、この村は錬金術と何か関わりがあるのだろうか。


「……おやおや、皆さん、集まってどうしました?」


 その時、一人の男性がやってきて、よく通る声で言った。


「あ、お父さん……」


 その姿を見たロゼッタちゃんが、驚いた声を出す。


 じゃあ、あの人がこの村の村長さんなのね。

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