第5話 緊急メール

 風呂に入って部屋に行くとスマホが鳴った。時計を見ると、夜の9時30分。こんな時間に依頼か? 珍しいな。机に置いてあるスマホを見ると、


「ああ、大阪に現れたのか……週末で良いかな? 先を越されたら仕方ないな」


 コンサルタント会社からの『狩り人』への依頼ではなく、月城グループからの粛清対象が現れたとの緊急メールだった。


 普通に、コンサルタント会社からの狩りの依頼だったら、近くにいる『狩り人』に依頼のメールが届くんだ。だが、静粛対象が出現した場合、月城グループ全社員に緊急メールが送られてくる。サーマやアスタにもね。


 この緊急メールが届くと、静粛対象を狩ることが全てにおいて最優先される。そして、狩った者には評価ポイントが付いて、グループ内での順位が決まるんだ。


 緊急メールが届いたら、サーマとアスタには好きに狩りに行って良いと言ってある。ポイントは累計でカウントされるから、2人はトップ10位内に入っているが、俺の順位なんて下から数えた方が早いんだ。


 バサバサッ――!


 あっ、どっちかが狩りに行ったな。俺は寝る……明日も学校だしな。



 ◆      ◆      ◆


 ネオンがきらめく夜の街に、今夜も綺麗な足を見せつけたキャバ嬢や、たわわな胸を見せつける服を着たホステスが、裏通りの街角にいろどりを添えている。


「お兄さん、カッコイイわね~! 安くするから飲んで行かない?」


 獲物を見つけたとばかりに、胸を揺らしながらホステスが男を呼び止めた。悩まし気に見つめながら、男の腕を取って絡ませながら胸を見せつける。他のキャバ嬢が割って来ないように、周りを意識しながらアプローチするさまは手慣れている。


 振り向いた茶髪の男が、嬉しそうに笑ってホステスに話し掛ける。なかなか顔の良い男だ。


「お姉さん、口が上手いな~。ねえ、何処か2人で飲まない? 綺麗なお姉さん。フフ」


 茶髪の男は調子よく言うが、プロのホステスでも顔の良い男から誘われたら嬉しいようだ。それとも、客が釣れたと思ったのだろうか、甘えた声を出して語尾を伸ばす……。


「え~、それは困ちゃうなぁ~~。うふふ」

「ダメ? じゃぁ、諦めて他のお姉さんを誘うよ~」


 ホステスは、離れようとした茶髪の男の腕を慌てて引き寄せ、自分の胸に押し当てる。


「ええ――! お兄さん待って、後でお店に顔を出してくれる~?」

「ああ、良いよ。お姉さんが綺麗だから少しだけ独り占めしたいんだ。フフ」

「えぇ~! 嬉しいことを言ってくれるのね~。うふふ」


 茶髪の男は、まるで魔法を掛けたように……百戦錬磨のホステスをいとも簡単に落とす。歩きながら、この茶髪の男も女の扱いには慣れているようで、ホステスに何かを囁きかけ優しく微笑むと、ホステスがまんざらでもない顔をして嬉しそうに微笑む。


 その隙を付いて、茶髪の男は彼女を路地裏に引っ張り込み軽くキスをした。


「えっ!? ん……あんっ、悪い人ね~」


 ホステスは、困った顔で茶髪の男を押しのける。


「お姉さん、ホント綺麗だね~。フフ、美味しそうだよ。ねえ、僕の目を見てよ」


 その言葉に誘われるように、ホステスは男の目を見てしまった。


「そんなことを言ってもね~、えっ? あっ……」


 ホステスの目をじっと見つめる男の瞳が、真っ赤に染まった。彼女は男の赤い瞳を見て動かなくなってしまった。


「フフ、お姉さん。僕が美味しく食べてあげるから静かにしてね。最初は少し痛いけど、すぐに気持ち良くなるからね~」

「……」


 茶髪の男はホステスの耳元で囁き、そのまま唇を這わせて彼女の白い首筋に牙を立てた。


 ガブッ!


「はぁっ……」


 ホステスは漏れるような声をあげ、恍惚とした表情になっていく。通りすがりの人が見たら、路地でイチャついているようにしか見えないだろう。そして、彼女の顔色が段々と白くなり、目の光が消えて行った……。


「フフ、お姉さん、美味しかったよ~」


 茶髪の男は舌舐めずりして、膝から崩れ落ちるホステスには見向きもせず、足早にその場から離れた。



「そろそろ場所を変えようかな~。でも、ここは獲物が多いから釣りやすいんだよね~。フフ」


「では、私が良い場所に送って上げよう」


 突然、後ろから声を掛けられ、茶髪の男は驚いて振り向くと、そこには銀の髪を束ねた美しい男が立っていた。


「これは……フフ、女だったら良かったのに。悪いが、男は食べないんだよ」


「そうですか。私は男でも女でも狩りますよ」


 その言葉に、茶髪の男は眉を寄せた。


 美形の男は嬉しそうに銀色の目を細め、どこから出したのか黒い大きな鎌を振り下ろした。その瞬間、茶髪の男は飛びのいてかわしたが、即座に美形の男が突っ込んで来た。


「ヴァンパイアは、逃がしません」


 茶髪の男は一瞬で壁に追い詰められ、美形の男に胸ぐらを押さえつけられた。


「何者だ……祓魔師ふつましか!」

「エクソシスト? 私が? フフ、ありえません。早く終わらせて、大切な方のもとへ帰らないといけないんですよ。では」


 そう言って、美形の男は素早く銀のナイフを茶髪男の心臓に突き刺した。


「ぐああぁぁ――! おまえ……」

「恨むなら、ヴェントレー家を恨め」


 美形の男は素早く距離を取って、黒い鎌を茶髪の男の首を目掛けて振り下ろした。


「さて、早く写真を撮りましょうか、呪われた体は直ぐに灰になってしまいますからね。あぁ、このヴァンパイアの灰も送らないと」


 美形の男はスマホを取り出し、心臓にナイフを突き立てた男の体と顔を写真に収めてメールを送る。そして、早くも身体の一部が崩れて灰になった部分を小さなガラス瓶に入れ、いつの間にか召喚したカラスの脚に付けて飛ばした。


 この灰は、ヴァンパイアの血族を調べる為に月城グループ傘下の製薬会社に送る。ヴェントレー系のヴァンパイアだったら、月城グループのCEOに喜ばれるのだ。


 ◇

「サーマ、お帰り。もう見つけたの?」


 女神のような美しい女が、リビングでワインを飲みながらくつろいでいた。


「ああ、運よく食事している所に遭遇したから仕留めた」


 美形の男は、先ほどの狩りを簡単に報告している。


「それはラッキーだったわね。サーマ、ヴェントレー系だった?」

「いや、それは分からなかったから、いつも通り灰を送った。アスタ、私に狩りを譲って良かったのか?」


 女は微笑みながら答える。


「ええ、あなたが順位を上げれば良いわ。私は蓮様のそばから離れたくないもの。フフ」

「フフ、私も離れたくないんだがな」

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