第8話 おれたちは、ずっと近かった

「でも、そんなことなくて良かった」


 おれは、また好きな子を泣かせてしまった。


「だって私も」


 おれがもっと早く気持ちを伝えていれば、ひとみに余計な心配をさせずに済んだのか。


「近岡のことが好きだから」


 笑顔で告白に返事してくれた彼女を見て、おれは遠回りしていたこれまでを後悔した。


「……ありがとう……!」


 おれは自分の目の前にいる、おれだけのかわいい女の子を抱き締めた。強く、でも優しく、絶対に離さないと誓いながら。




「でも近岡、本当に私で良いの?」


 しばらく抱き合って体を離した後、どうしても化粧崩れが気になったひとみは「ごめん、マジでクレンジングさせて」と懇願してきた。ひとみは今、懸命に化粧を落としている。


「何でまたそんなこと聞くんだ?」

「だってさぁ……」


 ひとみが髪を耳にかけると、学校では隠していた、赤い薔薇のピアスが姿を現した。頬も露になって、おれは欲が湧いた。まだやりたいことがある。そんなおれの横で、ひとみは顔をシートで拭きながら話を続けた。


「私、かわいくないじゃん」

「は? 何を言って……」

「いや考えてみなよ。絞技を仕掛けた女なんて、かわいくないでしょ?」

「あ……!」


 ひとみが言っているのは、中二のときに行われた校内試合のことだ。




「技あり!」


 よし、このまま寝技へ持ち込むぞ!

 長く攻防が続いたが、おれの技が入って、ひとみの体勢を崩した。

 あともう少しで、おれの勝ち……。

 そう思った直後、何かがギュッと絞まった。


「っ!」


 ダンダンダンダンダンダンダンダン!


「一本! それまで!」


 油断したおれは隙を見せ、見事ひとみに絞技を決められて負けてしまった。耐えるという選択肢なんて選べないほどモロに入り、おれは地を叩いて降参した。




「いやあれは真剣勝負だし、おれが甘かっただけで……」


 というか地味にトラウマだ……。すげぇカッコ悪かったし、マジで死ぬかと思った。ひとみの強さを再確認した、大事な試合でもあったが。


「あのとき私、近岡に体を預けられてドキドキしたよ」

「……え?」

「近岡、すごく苦しかったのかな。解放された瞬間、私にドサッと被さってきてビックリした……。私たち、ピタッとくっついちゃって……」


 白い肌が赤く染まっている。おれはダサい自分のことしか覚えていなかったから、そんなこと忘れていた。


「ふう、これで良いかな」


 化粧落としが終わったようだ。少し頭がぐるぐる回っているおれを、よく知っている顔が覗いてきた。


「はぁ、スッピンか。泣くの我慢して、もっとマシな顔でいたかったな……」

「かわいいよ」

「へっ?」


 おれは戸惑うひとみの顔に触れた。化粧なんていらない、きれいなもち肌。


「ひとみ」


 おれが名前を呼ぶと、ひとみは何も言わず目と口を閉じた。それを確認したおれも目と口を閉じ、そして唇を重ねた。


「……もう信じてくれるか? おれは、ひとみが好きだってこと」


 おれが唇を離して問うと、ひとみは真っ赤な笑顔で首を縦に降った。


「ありがとう、優士」

「……!」


 ずっと言って欲しかった言葉が聞けて、おれは再び、ひとみを強く優しく抱き締めた。


「ありがとう、ひとみ」


 今度は、おれの涙が流れた。ずっと願っていたことが叶い、欲しかったものが手に入り、たくさんの喜びが溢れた。


「これからも……よろしく!」

「うん、よろしく!」


 初めて会ったときの挨拶と、ちょっと似ている挨拶が交わされた。今は、二人揃って笑っている。

 おれたちは近いようで遠いと思っていたら、こんなにも近かったんだ。

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