後悔
鉄塔から、空に落ちて。
佳月の言葉を引き金に、葉月はフラッシュバックに襲われた。
鉄塔をよじ登る人影。
ふらりと前傾して、落下していった影。
まさか。
「先生に聞いた。秀花の生徒たちがたくさん目撃したって。葉月も……見たの?」
佳月はこちらに背を向けたままだ。
「……う、うん。見た」
葉月は、冷や汗が噴き出すのを自覚しながら、何とか返答の声を絞り出した。
「どんな風に見えたか、聞いてもいい?」
「教室の窓から、見えたんだよ。学校と鉄塔は離れてるから、真っ黒な人影にしか、見えなかった」
「そっか……だから、見間違いだってことにしようなんて、先生たちは思ったんだね」
「え?」
佳月の声が震えた。
「ここに、この花の下に、さっき埋葬したんだ。僕の、初めての、大切な弟……蘭寿」
葉月は、思わず後ずさった。
「先生と、僕らの世話をしてくれてる人が、昔みたいに見間違いによる集団パニックにできないかって話してた」
「昔みたいに……って……!」
「昔一度、同じようなことがあったんだって。その時は、見間違いってことになって終わったって聞いた」
じゃあ、あのネット記事は本当だったってことか。
理事長が、隠ぺい工作をした。
それはもう、犯罪じゃないか。
「蘭寿、ここにいるんだ。さっきここに埋めた。僕も、手伝った。
これってきっと、犯罪――になるんだよね?」
佳月が、肩越しに葉月を振り向いた。
その顔は、涙でべしゃべしゃになっていた。
「葉月。僕、きっと、悪いことをしたんだよね?
もう、葉月のお兄ちゃんには、戻れないよね……」
「佳月……?」
佳月はゆらりと立ち上がると、葉月から逃げるように、壁際へと走って行った。
「葉月。僕、葉月を、犯罪者の妹にしたくないんだ。
せっかく……児童虐待の犯罪者の子供じゃ、なくなれたのに……」
葉月が手を伸ばすと、佳月はふるふると、顔を左右に振った。
「佳月、佳月は犯罪者なんかじゃない。私のお兄ちゃんだよ。せっかく思い出せたのに、悲しい事言わないで……!」
「ありがとう。でも、僕が嫌なんだ。葉月にはずっと、明るい日差しの中にいてほしいんだよ」
「佳月も一緒に――」
「無理だよ」
涙をこぼしながら、佳月は笑って、自分の両手を見た。
瞳が、恐怖に揺れる。
まるでその手に、未だ血がついているかのように、その手を恐怖するかのように。
そしてその血が、愛しいかのように両手を胸に抱きしめた。
「最後に、一度、会えてよかった……葉月。来てくれて、ありがとう」
佳月にとっては、二度目の決意の離別なのだろう。
けれど、葉月にとっては、二度目の一方的な決別だ。
――こんなのは嫌だ!
葉月が叫ぼうとしたその時、けたたましいベルの音が鳴り響いた。
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