真実と困惑2

 落ち着きを取り戻した葉月から離れて、佳月は小さな石碑の前にしゃがみこんでいた。

 自分とそっくりで、色違いのワンピースを着て、本当に双子のような姿になった兄の後ろ姿を見るのは、何とも現実感がなかった。


「ここはね、祭壇なんだ。この石の下には、先生の大切なお兄さまとお姉さまが眠っていて、二人は、神様になったんだって」


「かみさま?」

 葉月が問いかけると、佳月は天井のステンドグラスを見上げた。

 ゆらゆらと、揺らめく不思議な光に照らされた、幻想的に輝く、男の子と女の子を描いたステンドグラス。

「この遊園地もホテルも、元は二人のために作られたんだって聞いたよ。若くして亡くなられた二人の分まで、たくさんの子供たちが笑顔になれますようにって、先生のお母さまが作ったんだって」

 佳月はそう言うと、もう一度石碑を見つめてから、スッと立ち上がった。

「先生がまだ、本当に幼い頃に、お姉さまが亡くなって。お兄さまもすぐに、後を追うように亡くなってしまったんだって。それで、先生は大人になってすぐ、先生のお母さまが作ったこの祭壇を継いで、神様の御言葉を聞くために、ずっと儀式をしているんだ」

 ゆらりと振り向いた佳月の笑顔は、葉月の知らない笑顔だった。

 長い長いまっすぐな髪が、さらりと揺れた。


 自分と同じ顔なはずなのに、自分とは全然違う笑顔を浮かべる佳月。

 三つも年上なはずなのに、男の子のはずなのに、そうは見えないくらい華奢な佳月。

 

 そう言えば、小さい頃から佳月も葉月も、髪の毛を切ってもらったりした記憶がほとんどなかった。そうだ。佳月も、髪が長くて、それで、みんな知らない人たちが、かわいいわねえ双子の姉妹なのかしらって言っていたんだ。


 ふつふつと蘇る記憶は、目の前の「今」から目をそらしてしまいたい、葉月の気持ちに脳が支配されているためか。


「先生はね、僕らみたいに行き場のない子供を集めて、ここで、お姉さまとお兄さまを、神様を祀る巫として育てていたんだ。

 ここでの暮らしは、平和だったよ。誰も怒ったり怒鳴ったり、僕らを否定したりしない。ここに来た子供たちはみんな、先生が大好きなんだ。

 優しくて、僕たちが知りたがったことは何でも教えてくれて、読みたい本、見たい映画、何でも与えてくれた。学校には行けなかったけど、ちゃんと教育もしてもらえる。病気やケガは、きちんと治療もしてもらえる。

 お腹が空いて泣くこともないし、喉がかわいて苦しいと思うこともない。

 寒くて眠れない夜もないし、熱い熱いお湯をかけられることもない」


「佳月……」


「ここから出られなくて、巫の務めを優先してるから、体力はあんまりつかないし、体型もこんな華奢だけどね」


 葉月の頭の中に、インターネットで見た文章が断片的に浮かび上がっていく。

 

 二人の兄妹がいたが、十代の頃に亡くなっている

 女生徒の遺体が埋められてるって噂

 経営破綻し閉園してからは、実佳雪継氏の私有地となっているとの噂あり

 どうもそこのホテルで、黒魔術っていうの?

 交霊術やってるって

 

「ね、ねえ、佳月。その、かんなぎ? の務めって、何?」


 恐る恐る問いかけた葉月を、佳月は不思議そうに小首を傾げて見返した。


「葉月の高校ではやってないの? 先生は、秀花学園も神様に仕える子を増やすために元々は建てたって言ってたけど……」

「え?」


 何の神様が祀られているのか解らないお社。

 まさか、あの神社の神様って――


「女神様――先生のお姉さまを、この身に降ろすことだよ」


 葉月は、一遍の曇りもない佳月の笑顔に、強いめまいと、恐怖を覚えた。

 

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