上映会

 食後、部屋に戻った葉月は、ベッド周りの自分のスペースを片付けていた。

 寮の二人部屋の作りは、上がベッド、下に机と収納があるシステムベッドが二つ、それぞれ壁沿いに左右対称に置かれていて、その間をカーテンで仕切ることができるようになっている。

 普段かさねと葉月は、寝るとき以外はカーテンを開け放している。寝る時間が同時のときは、閉め忘れることもあるくらいだ。

 床には元々カーペットが敷かれているが、かさねが自分で持ち込んだと小さめの丸いラグも、中央部分に敷いてある。二人は一緒に動画を見たり、世間話をするとき、このラグの上でくつろいでいる。

 コンコン。と音がして、かさねが嬉しそうにドアへ駆け寄った。

 開いたドアの向こうには、詩織と、その背中に隠れた繭がいた。繭も、スエットの上下の部屋着になっている。

「遅くなってごめんね」

「私がお夕飯食べてから来たから、遅くなっちゃって」

 そう言う繭は、詩織の背中で早くも震えていた。

「どうぞどうぞ!」

 かさねはスキップでもしそうな勢いで、二人を中央のラグの上に案内した。

「繭、大丈夫? 無理してない?」

「だ、大丈夫じゃないよ、でも……隣で心霊動画見てるのに、ひとりで部屋にいる方が怖かったから……」

 心配そうに声をかけた葉月に、繭は力なく微笑んで答えた。

「繭、耳塞いで目、閉じてなよ。私は結構怖かったよ」

「う、うん。あの、もうすぐだよってなったら、葉月、教えてね」

「わかった」

「ほらほら二人とも! 再生するよ~!」

 かさねは、自分のベッドの上にスマホではなくタブレット端末を置いて、動画サイトを開いた。スマホより画面が大きいからだろう。


 かさねがタップして葉月の隣に座る。

 繭は葉月と詩織の中間の後ろに座り、二人の肩に手を置いている。


『目的の廃墟は、この学校の向こう。もっと山奥にあるんだそうです。それでは、行ってみましょう!』

 さっき駅ビルで見たのと同じ始まり方だ。

「あ、ウチの学校の塀?」

 繭が驚いた声を上げた。

「やっぱそうだよね。あの、ガッコの横の道路、奥に行ったことある?」

「私はないよ。それって旧国道でしょ? 結構道が悪いみたいだから、ほとんど使う人はいないって聞くけど……」

 繭は駅の近くの中学を出ているので、この中では唯一地元の子ということになる。

「お母さんに聞いたことがあるんだけど、昔はこの辺りの道路には、危ない運転する車とかバイクとかが夜中に走ったりしてたらしいんだけど……秀花の先生たちがしょっちゅう通報して、かなり減ったらしいよ」

「へえ……じゃあ、その頃はもっと廃墟遊園地の話も有名だったのかもね。昔の掲示板で有名な心霊スポットって、この動画の人が言ってたよね」

「あ、そう言えば、昔遊園地があったって話は、聞いたことがあるな。でも、心霊スポットだなんて、知らなかった」

 繭は、怖さを紛らわすためか、少し早口になりながら、かさねと会話している。

「えっじゃあやっぱりほんとに遊園地はあるんだ?」

「私が生まれるよりずうっと前、お父さんやお母さんが小さい頃にはもう閉まってたって聞いたよ。もうとっくに取り壊されてるんじゃないの?」

 葉月は、あのボロボロの看板を思い出した。確かに、何十年も経っているとしか思えない劣化ぶりに見えた。暗がりで、正しい色も解らないような映像でも、ボロボロなのが解るくらい。

『フラワームーンランド! ここですね』

 タブレットから配信者の声がした。

「はっ葉月! 映る前に教えてね!」

「あ、うん、メリーゴーランドが映ったらすぐだから、気を付けて」

「わ、わかった!」

 繭はそう言って、早くも耳をふさいだ。

 駅では飛ばされたシーンだったが、その間、配信者は掲示板に書いてあったという噂話を説明し始めた。

『この、フラワームーンランドですけれど、ここには、あの、最初、オープニングで映った壁の高校。女子校なんですけど。そこの自殺した生徒の幽霊が出るって言われてるんですね。何でも、教師と恋愛した末に妊娠してしまった女子生徒が、鉄塔から飛び降りて亡くなってしまって、それ以来、その教師と一度だけデートして、幸せな時間を過ごしたこの遊園地を、幽霊となってさまよっているっていう話なんですよ』

「鉄塔から……」

「飛び降りって……」

 葉月とかさねは顔を見合わせた。

「かさねが話してたヤツじゃん」

「え。でもちょっと違うよ。あの鉄塔から飛び降りる幽霊が、秀花の生徒だなんてお母さん言ってなかったし」

「なになに、ねえねえ何?!」

 耳をふさいでいる繭が怯えた声を出した。

「耳塞いでるから聞こえないんじゃん繭」

 かさねが笑った。

「……きっと、よくある話だから、ごっちゃになってるんだよ」

 詩織は、タブレットを見つめたまま、静かにそう呟いた。

「詩織……?」

 葉月が詩織の横顔を見ると、ずいぶん真剣な顔をしていた。こんな心霊動画を、詩織がこんな顔で見るなんて、葉月には驚きでしかなかった。

『これ、メリーゴーランドですね』

「あ、来た! 繭、来たよ来たよ」

 かさねは面白がる声で繭に声をかけた。

「なになに? やだやだやだ!」

 繭は耳をふさいで目をきつく閉じた。

 さすがに本当に幽霊が映っているところは見たくないらしい。


『なにしてるの?』


 かさねが素早く動いて、動画を一時停止した。

「ちょ、かさね……」

 さすがに幽霊をまじまじと見るのは気持ちがいいものではないな、と思った葉月だったが、詩織が身を乗り出して、その映像を見始めたので、言葉を飲み込んだ。

「……秀花の制服に似てるけど……色がちがうんじゃない?」

 詩織がぼそりと言った。

 かさねや葉月に言っているというより、独り言のように聞こえた。

「えっマジ? あっほんとだ、襟とか一緒だけど、もしかして白いのかな?」

「暗いから、よくわからない。この、撮影してる人のライトで白飛びしてるってこともあるかもしれないけど……」

「二人とも、よく幽霊なんてまじまじと見れるね」

 思わず葉月がそう言うと、かさねが肩をすくめた。

「幽霊なわけないじゃん。こんなにしっかり映ってるんだからさ」

「え?」

「この配信者の人が仕込んだかなんかに決まってるよ」

「ええっ?」

 葉月は驚いた。かさねは幽霊を信じているのだとばかり思っていたのだ。

「しーっ繭には内緒ね、怖がってんの、カワイイし!」

「かさね……繭がかわいそうだよ」

 と、そこで、十九時を報せるチャイムが鳴った。入浴は二十一時までなので、それまではこまめにチャイムが鳴る。要は、早く風呂に入れというチャイムだ。

「ありがと、かさね。ひとまず、今日はここまでにしよ」

 詩織が立ち上がると、タブレット端末を手に取ってもう一度だけ動画を見つめて、かさねに手渡した。

「あとで、その動画のURL教えてくれる?」

「オッケー!」

「え? 終わった?」

 微笑みあうかさねと詩織を、恐る恐る片目を開けた繭が見て、不安そうな声をあげた。

「終わったよ、繭」

 葉月が耳元でそう言うと、繭はようやく、耳に突っ込んでいた指を抜いた。


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