第104話 本当の最終決戦

「剣也君!?」


 認識すらできない速度の手刀で剣也を貫く。

そして抜き取った後には血だらけで倒れる剣也。


 命には届いていないようだったが間違いなく致命的。


 レイナがすぐに切りかかろうとするが、簡単に指で止められる。


「まったく、ユグド君にも困ったものです。これほどの力を使いこなせないとは」


 そして聖剣を指ではじくとその勢いでレイナが吹き飛んだ。


 剣也は呼吸を整えて回復に努める。

進化した胸の防具、滅龍王衣は、真龍神衣となり完治の指輪と同程度の回復を備える。


 回復に努めながら八咫鏡でステータスを見る。


(そんなわけがない、こんなに差があるわけがない)


◆ステータス

職業 魔王

・世界を滅ぼす者による能力上昇中

・魔物の王による能力上昇

※世界には、424563体の魔物が生存しています

攻撃力:999999(+824563003)

防御力:999999(+678903452)

素早さ:999999(+456893393)

知 力:999999(+134564322)


「は?」


 そのステータスを見た剣也は絶句した。


「おや? 私のステータスを見ているのですか?」


 その様子を見たユグドに憑依したロキが剣也の目の前でしゃがむ。

その吸い込まれるような黒い目に見つめられ剣也は絶望する。


 強いとかそんな次元ではない。


 ありえないほどの隔たり。


「これが魔王の職業の本当の力ですよ。ユグドは引き出せませんでしたが」


 存在する魔物のステータスの合計。

それが本当の力。


「も、目的は何なんだ」


「目的…そうですね。苦しむ人を見るのが好きなんです」


 ロキは、直後両手を大きく広げて高らかに叫ぶ、


「なぜなら私は、お前達の苦痛、苦難、憎悪、嫉妬、憤怒、狂気etc ありとあらゆる負の感情から生まれたのだから」


 その目だけは真っ黒のまま、笑っているのだろうが寒気がするような笑顔を見た。


 剣也は震えた、今までのどんな敵よりもこいつは危険で、それでいて勝ち目がない。


「ですが私が手を出すのは本当に最終手段なんですよ。やれやれ。君達を殺したらまた裏方に回って楽しませてもらいましょう」


 そしてロキは手を振り上げる。


 これで終わりだと、退屈そうに。


 しかし背後の光を見てその手を止める。


「ほう、使いましたか。さすがは勇者。勇気ある行動だ」


 剣也がその光の中レイナを見る。


「レイナ?…レイナ!?」


 剣也は見た。


 何が起きているか理解できなかった。

突然のことで声を荒げる。


 なぜなら。


「生命回帰!」


 レイナが聖剣で自らの身体を貫いていたから。


◇時は戻り剣也が錬金に勤しんでいた塔


「それって、この生命回帰(未開放)について?」


「はい、そのスキルについてです。これは剣也さんには話さないほうがいいと思います。あなたは、あなたなら使ってしまいそうだから…私には使えませんでしたが」



 ユミルが、レイナへと最初からある勇者のスキル。

しかし未開放となっている生命回帰について説明を始めた。


「そのスキルは命と引き換えに勇者のポテンシャルを最大限発動するためのスキルです」


「命…」


「私は正気を失っていましたので使えませんでした、しかしあなたは使える。使わないことが一番ですが、あなたには守りたい人がいるはず。だから教えておきます」


 生命回帰の解放条件。


 それは二つ。


 誰かを守りたいと強く願ったとき。

 

 そして


 死ぬ間際。



(剣也君を守るんだ。私が! 今度は!)


 ロキに吹き飛ばされたレイナは理解した。

あれは異常だと。

多分二人でも勝てないと。


 そして今まさに、剣也の命が絶たれようとしている。


 すぐだった、決断に時間はいらなかった。


 聖剣を自分の胸に突き刺した。


『生命回帰の条件を満たしました。発動しますか?』


 なぜなら。


「剣也君。今度は私が守ります」


 あの人は最愛の人だから。

でなければ命を懸けて自分を守ってくれた両親に合わせる顔がない。

だから私が剣也君を守ると。


 レイナの貫かれた腹部から光が漏れる。


 薄暗い世界を照らす金色の光。


 レイナの目の蒼い瞳は、金色に輝く。

まるで無重力のようにゆらゆらと髪が舞う。

まるでそこだけ異世界のように。


 ロキはそれを見て楽しそうに笑う。


「ほう! 勇者の唯一にして最強のスキル! 私も見るのは初めてですが、確か能力は……」


 レイナがロキの前に現れて一閃。

ロキが吹き飛ばされて、壁に激突する。

しかしゆっくりと立ち上がる。


「相手よりも強い、という無茶苦茶な能力でしたね」


 ロキは異空間から剣を取り出す。


「まったく、困ったものだ。時間制限付きとはいえいくら強化しようが、上回られるのだから」


 禍々しい剣を取り出す。

先ほどの剣よりもまた異質。


 ロキの力が明らかに上昇した。

しかし合わせてレイナの力も上昇する。


 これが勇者の力。

絶対に相手よりも強い、その概念が生んだ最強の能力。

ただし。


「ゴホッ! くっ!」


 終わりの時は刻一刻と近づいていく。


 しかし確実にロキの命へと届いていく。

なのに、ロキには余裕すら見えた。


「戦いは専門外なのですがね…」


 血を流しながら立ち上がるロキ。


「ごめんさない、ユグドさん。殺してしまうかもしれない。でも許してください。

私にも守りたい人がいる」


 レイナが再度切りかかる。


 ユグドの身体を気遣っていては、倒すことはできない。


 それに時間も迫っている。


 だから。


「はぁぁ!!」


 ユグドもろともロキを殺す。


「レイナ!」


 剣也はまだ傷が治らない。

それに、二人の戦いについていけないのも理解している。


 何もできない自分に歯噛みする。


 戦いのさなかレイナが剣也に思いを伝える。


「剣也君! 私が彼を倒します!」


 レイナの一閃がロキの腕を吹き飛ばす。

苦痛でロキの顔がゆがむ。


「そして、そのあと! 私は死にます!」


「え?」


 戦いながらレイナは剣也へと最後の言葉を残そうとする。

剣也はその言葉が理解できなかった。

いや、理解したくなかった。


「生命回帰! 発動条件は二つ! 死ぬほどの傷を負ったとき、そして!」


「ぐわぁぁ!!」


「心から誰かを守りたいと思ったとき!」


 その言葉が意味することは、レイナの先が閉ざされていること。


「だめだ! レイナ! だめだ!」


 剣也は必死に止めようと叫ぶ。


「ごめんなさい…もう発動しています。だから私は死にます!」


 でももう遅い。


「はは、戦いの中おしゃべりとは!」


 ロキを無視しながらレイナはしゃべり続ける。


「剣也君! 本当は死にたくないです!」


 レイナの心の叫びが響く。


「あなたともっと一緒に過ごしたかった! デートだってまだしたことないし、キスだってもっとしたい! その先だって! あなたとパパとママのように、楽しくて暖かい家庭を作りたかった!」


 レイナの叫びが剣戟の音に負けずと聞こえる。

剣也は最後の言葉と理解したくなくても、それでも聞かなければならないことはわかった。

本当にこれが最後かもしれないから。


 剣也はその言葉に声が詰まる。


「でも私達の道はここで終わりです! あなた一人にすること。ごめんなさい、残していくことを許してください」


「レイナ! 嫌だ! 僕も君ともっと一緒にいたい!」


 その言葉を聞いてレイナが笑う。

血を吐きながらも真っすぐ剣を構えて。


「剣也君、大好きです! ありがとう! あの日私を立ち直らせてくれて!」


 思い出すのは、ゴブリンキングとの闘い。


 あの時の彼は本当にかっこよかった。

いつの間にか目で追ってしまった。

恋の情熱は、凍っていたはずの心を簡単に溶かしてくれた。


「ありがとう! 私の過去を一緒に乗り越えてくれて!」


 思い出すのは倉庫でひたすら錬金した日々。


 少しの間だが同棲していたように思えてドキドキした。

幸せな時間だった、過去を乗り越えられたのもあなたがいたから。


「ありがとう! 私の初めての彼氏になってくれて!」


 大人のキスだって交わした。


 好きという事を実感できて、夢のような一日だった。

好きな人に好きと言ってもらえる幸せを塔の中で噛み締めていた。


 そして恋はいつしか変わっていく。


「そしてありがとう!」


 ロキの魔剣が吹き飛んだ。


「人を愛するということを教えてくれて! 今ならパパとママの気持ちがわかる。愛する人のために死ぬことは!」


 レイナが最後の踏み込みをする。


「とても誇らしいことなんだって!」


 レイナの聖剣がロキを貫通した。


 そのまま貫かれたロキは倒れる。


 そしてレイナも大量の血を吐いて倒れた。


 剣也はすぐに駆け寄ってレイナを起こす。


「レイナ! レイナ!」


「剣也君……ぎゅーいいですか? 最後に」


 レイナは両手を伸ばして剣也を求める。

剣也は何も言わずにそれに答えた。

こんなに細いのに、抱きしめると折れてしまいそうなほど細いのに。

世界を救ったのは彼女だった。


 強く強く抱きしめる。


「ごめんなさい、私ができるのはここまでです」


「レイナ、ごめん。レイナ…」


「あとは美鈴に頼みますね。私の分までいっぱい愛してあげてください……」


「レイナ…死なないで。お願いだ、死なないで……」


「美鈴ごめんなさい、約束守れないですが……私の分まで剣也君を愛してあげて……」


「だめだ、目を閉じちゃだめだ! レイナ! まだ僕は君と一緒にいたい」


「剣也君……あなたに会えて本当に幸せでした。次は普通の恋人に……」


 レイナが最後の力で剣也の頬に触れる。


「大好きでし…た、剣也…君」


 そしてレイナは目を閉じた。


「レイナ? レイナ! レイナぁぁ!!」


 剣也は泣いた。

強く抱きしめて、レイナのぬくもりを感じる。

徐々にその失われていく体温を感じながら。


 何度呼んだ。

でももう返事をしてくれない。


 レイナは答えてくれなかった。



 しかしまだ何も終わっていない。


「さすがは勇者です。一回死んでしまいましたよ」


 ロキがゆっくりと立ち上がる。

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