第78話 空から降ってきた思い人

 剣也の頭はフリーズした。

レイナの頭もフリーズした。


 レイナは慌てて手で体を隠す。

剣也も慌てて見ていないと手で顔を隠す。


「ご、ごめん! 見てない! 見てないから!」


(すみません、嘘です。がっつり全部見えました)


「け、剣也君! なんでそ、空から!」


 突然のことで混乱するレイナ。

その声が聞こえた奈々と美鈴も様子を見に来る。


「お兄ちゃんどうしてそこにいるの!?」

「先輩!?」


「ご、ごめん。新しい装備で驚かせようと。空を歩いてきたんだけど。ごめんまさかレイナがいるなんて」


 真っ赤な顔してレイナはそのまま走って部屋に行ってしまった。

唖然とする剣也、呆れる二人。


「さすがにこれは、謝ったほうがいいんじゃない」

「先輩ラッキースケベにしてはちょっと」


 すぐに謝りに行く剣也。

さすがにこれは言い逃れができないし、傷つけてしまったのではないかと不安になる。

というか確実に傷つくだろう。


「ごめん、レイナ」


 ドアの前でノックする剣也。


「いえ、突然のことでびっくりしただけです。もう大丈夫です」


 ドア越しに聞こえるレイナの声。


「ほんとにごめん、何でもするから。この埋め合わせはなんでもするから!」


 少し元気がないように聞こえたレイナの声に必死に許しを請う剣也。

実際は、ドキドキでそれどころではないだけなのだが剣也の言葉にレイナは反応する。


「なんでも?」


「なんでも!」


 そのときレイナは先日早乙女に言われたことを思い出す。


「じゃあまずは文化祭一緒に回る約束を取り付けること!」


「じゃあ、文化祭を私と過ごしてください」


「え? 文化祭?」


「はい……ダメですか?」


 剣也は鈍感だ、恋愛経験なしだ。

それでもこの言葉の意味することを理解できないわけではない。


「わかった。その日は一緒にいる」


 だから剣也も心に決めた。

その日はレイナと過ごすことを、そしてもしその日までレイナの思いが変わらなかったら。

自分の思いも変わらなかったら彼女に…。


 そして扉が開かれる。

中から現れたのは笑顔の青い瞳の少女。

寝巻に着替えにっこりと笑いかける。


「楽しみです。約束ですよ!」


「うん、僕もだ」


……


「はいそこ! もっと情熱的に!」


「あぁ、ユグド! 世界を恨まないで。愛してる」


 文化祭までもう少し。

日々学校の終わりに演劇の練習をする2-1クラス。

レイナは今日も早乙女のしごきを受けながら演技の練習をする。

今は校舎の裏で二人だけだ。


「最初よりはましになったけど、気持ちがねーほらもっと愛する人に思いを伝えるように!」


「む、難しいですね……」


「剣也君って言い換えてもいいのよ?」


「な、なにゅを!」


 不意に剣也の名前を出されて呂律が回らないレイナ。

ニヤニヤする早乙女。


「それでちゃんと誘えたの?」


「……はい。まわってくれるそうです」


 その返答に驚く早乙女。

まさかこの奥手なのか積極的なのかわからない美少女がちゃんとデートの誘いをすることができるとは。


「やるじゃん! 準備しないとね」


「はい、がんばります!」



「御剣氏…絶望的に下手ですな」


「え?」


 一方剣也も大和田指導の下演技の練習をする。

ちなみに大和田は神官の役なので、人によっては悪役だ。

しかしこの神官も世界を守ろうとしただけなので悪いやつではない。


「ではもう一度やりますぞ」


「うん」


 すると大和田の声が変わる。

まるで何十年も生きてきたような長老の声。

大和田は声真似が得意らしい。


「ユミルを燃やせ、神への供物とするのだ」


「や、やめろー」


「はい、カットカット! なんですかその棒読みは」


「そんなに?」


「では、聞いてみるといいでしょう」


 撮影していたスマホを取り出し再生ボタンを押す大和田。

自分の見事なまでの大根役者に恥ずかしくなってくる。


(うわ、私の演技ひどすぎ…)


 口に手を当ててひどいものを見たという顔をする剣也。


「ここは、ユグドの怒りを表すシーンですぞ、まったく主人公だというのに…」


「ご、ごめん」


「そうだ、今日御剣氏の家で特別講習をしようではないですか!」


 閃いたと手を鳴らす大和田。

その提案に剣也も乗っかる。

正直練習しなければこの大根役者のせいで劇が台無しになってしまう。

 

「あぁ! お願いしたい! 正直このまま劇をやるのは申し訳ない…」


「そうと決まれば、今日は御剣氏の家でやりましょう! 早乙女さんもお呼びしても? 彼女の演技は本物ですからな」


 早乙女は、悪神の役をやることになっている。

主要人物は勇者ユミル、魔王ユグド、神官、悪神となっている。

フェンリルや、ヨルムンガンドは大道具を使うことになっている。

他にもサブキャラは登場するのだが、主要メンバーはこの4人だろう。



「今日剣也君の家にいっていいの?」


「うん、むしろ申し訳ないよ。こんな大根役者の指導なんて…」


「はは、それは問題なし。こっちの勇者様も大概だから」


「うぅ…」


 剣也達一同は、剣也の自宅へと向かっている。

それほど距離があるわけではないので歩いてお菓子などを買い出しし向かう。


「私わくわくしてきましたぞ、しかし御剣氏の家でと言いましたがこの人数で押しかけて問題ないのですか」


「あぁ、問題ないよ。結構広めなんだ。ついたよ」


「ギルド本部としても使ってるらしいですな。一体どんな家なの…か…ホテル!?」


「はは、僕も最初は同じような反応をしたよ。さぁどうぞ」


 そしてエレベータにのり高階層。

遥か高さの億ションへ。

扉を開くと奈々が出迎える。


「いらっしゃい。どうぞー」


 事前に連絡をしていたため奈々が家を掃除してくれた。

別に汚く使っているわけではないが美鈴の私物がほっておくとすぐにリビングに散乱する。


「お、おじゃましますぞ。初めまして妹殿!」


「おじゃましまーす。って本当にすごい…セレブじゃん」


 大和田と早乙女が部屋に入る。

きょろきょろとあたりを見渡して感嘆の声を上げてため息する聞こえてくる。


「素晴らしい家ですな、まるでテレビで見る豪邸です」


「どうぞ、リビングへ…って美鈴お前はまたそんな恰好で」


 剣也がリビングへ向かうと欲情を誘う萌え袖モコモコハープパンツの美鈴がソファで寝転んでスマホをいじる。

ジェ〇ピケとかいう男が着てほしい女性の寝巻のブランドが美鈴のお気に入り。

剣也に見てみてと最近は色々なバリエーションを見せてくる。

どれも本当に可愛いくてつい触りたくなってしまうのでやめてほしい。


「おかえりー先輩と……オタク君?」


 剣也と大和田がリビングへ入る。

それを見た美鈴が大和田をオタク君と呼んだ。

確かに大和田はオタク君だが、そのあだ名はどうかと思うぞ。


「天使……いや、悪魔…いや、サキュバス…」


「大和田?」


 美鈴を見て放心する大和田。

サキュバス? 確かに美鈴はサキュバスみたいなエロを具現化したような存在だが。


「御剣氏…彼女は?」


 美鈴を見つめたまま大和田が剣也に問う。

心ここにあらずという状態だ。


「うちのギルドメンバーの鈴木美鈴。年は一つ下で一応ここに住んでいる」


「好き…」


「は?」


「ドチャクソえろい…」


「大和田?」


「御剣氏! も、もしやあの方もす、既に攻略済みなのか? 性奴隷なのか!? サキュバスプレイなのかぁぁ!!??」


「な、何を言ってるんだ大和田!」


 急に剣也の肩を握り血走った目で剣也を見る大和田。

目から赤い水が流れてすらいるのだが、剣也には何を言っているかよくわからない。


「攻略されちゃってますよ~。先輩が望むならいつだって奴隷になっちゃいます。どんな事だってしてあげますよ♥」


 美鈴が好機と見るや立ち上がって剣也に近づく。

指で剣也の胸をなぞりながら甘えた声で体を寄せる。


「んぉぉぉぉ!! ドチャクソ、ドチャクソですぞぉぉぉ!」


「大和田静まれ! 美鈴の冗談だから」


「なにやってんのよ、あんたたち。あ、初めまして早乙女一花です」


「あ、こんにちは、鈴木美鈴です。一つ下なので気軽に美鈴って呼んでくださいね。早乙女先輩!」


 美鈴が早乙女さんに挨拶をする。

意外と外面がいい美鈴。結構早乙女に懐きそうだ。

姉御肌の早乙女は女性人気が高いので女性の友達が多い。


「あーこりゃ結構な強敵ね」


 何かに感づいた早乙女がレイナを見る。

レイナも理解したのか、目を伏せる。

大和田はいまだに美鈴に目を奪われている、多分ひとめぼれという奴なのだろう。

さっきからドチャクソしか言ってないが。


「じゃあ練習しましょうか」

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