第54話 とりあえずダンジョンに行かないか?

「わ、わ、わ、私でよければ! か、彼女に!」


 背後で声を震わせながら聞こえた声に剣也は、まさかと振り向いた。

そこには、金色の髪と蒼い瞳、そしてなにより真っ赤な顔で真っすぐ立ち、震えるように拳を握る少女がいた。


「レ、レイナ!?」


「剣也君、い、いまのはそういうことですか? そういうことですよね?」


 レイナがぐいぐいくる、すごい食い気味だ。

剣也は後ずさりながら困惑する。


「い、いや、ついぽろっとでただけで! レイナの彼氏になる人は幸せだろうなーっと」


「し、幸せにします! きっと!」


「レイナ落ち着いて!」


 剣也も動揺し、言葉が出てこない。

しかし先ほど考えていたとおり今は違う。

今はまだ、この隙に付け込んではいけない、脳内のオ〇ンポ君がどしたん?話聞こか?と繰り返してくる。


 僕はそのゲスな男性器をボコボコにして心を落ち着ける。

どうやってここをやり過ごそうかと考えていると、お転婆二人が部屋に入る。


「お兄ーちゃん?」「レイナさ~ん?」


(あれ? 二人ってこんなに声低かったっけ?)


「「なにやってんの!!」」



「はい、すみませんでした。わたくしの軽はずみな言動で皆様にご迷惑をおかけしました…」


「そうですか、勘違いでしたか……すみません勝手に舞い上がってしまい…」


「いや、僕が変なことをいったからだよ、ごめん」


 美鈴と奈々に怒られながらその場で正座をする剣也。

軽はずみな言動は慎むようにと妹と居候に怒られる。


 ほんとにすみません。気を付けます。


「もう、レイナさんも暴走しない!」


「申し訳ありません…」


 レイナもしゅんとして悲しそうだ。

抱きしめてあげたい。


「と、とりあえずみんな荷物ほどけた?」


 僕は話を変えようと話題を振る。


「私は終わったよ」「私も」


 レイナと美鈴も終わったようだ。


「私も終わったので剣也君のお手伝いをしようと思ってました…」


(ええ子や…)


「じゃ、じゃあさダンジョンに行かないか」


 時刻はお昼、ダンジョンは目の前。

せっかくギルドを作ったのに、ダンジョンに久しくいっていないので剣也はあの塔に向かいたいと思っていた。


(新しい装備も新しい力も満足に試せてないしな)


 新しい力を試したくてうずうずしている剣也はまるで新しいおもちゃをもらった子供のよう。


「いいですよ」「私も! 先輩守ってね♥」


「で、奈々は、はいこれ」


「これは?」


 剣也は、黒いカードを奈々に渡す。

黒光りしてかっこいい、これがいわゆるブラックカードというやつだ。

たくさんお金を預けたらもらえた。


「僕の口座と紐づいているカード。好きなもの買っておいで。冷蔵庫とかついでに買ってくれると嬉しい。もちろん久しぶりに服でも買っていいよ。好きなだけ」


「お、お兄ちゃん…」


 剣也の口座にはまだ億を超える金額が残っている。

母さんが倒れてから満足におしゃれもできていない妹への兄からのプレゼント。


 ちなみに母もこの家のことは知っている。

報告しに行ったときは驚いていたがいつも通りの母だった。

速く治癒の腕輪を見つけて母の病気を治してあげたい。


「了解しました! マスター! 我が家のもろもろは私が買ってまいります! 結構な額になっても大丈夫?」


「もちろん、いくらでも使っておいで」


 奈々が満面の笑みで敬礼をして答える。

久しぶりのお買い物だ。どーんと使ってこい。金ならある!

それに今日から住むというのに、布団すらないからな。


 買い物が好きだった奈々なら一石二鳥だろう。

買い物はストレス発散に良いというし。


「えー私もダンジョンより、そっちが…」


「働からざるもの食うべからずだ」


「うー」


 美鈴もお買い物大好きっ子だが、こいつの場合はブランド品を買いあさりそうなので注意しなければ。


 そして美鈴とレイナと剣也はダンジョンへ向かった。

徒歩ですら行ける目の前なので真っすぐと向かう。

ちなみにダンジョンの一階層は吹き抜けなので橋があらゆる方面からかけられている。


「先輩、私何も装備してないんですけど…」


「あぁ、だからまずはちょっと寄り道をする」


 すると向かったのはあの倉庫。

兵士シリーズが山のように置いてあるところだ。

鍵は田中から預かっている。


 倉庫の扉を開くと中には、剣也が作った王シリーズが美鈴用に置いてある。


「はい、美鈴。とりあえずは王シリーズだ。これ以上の装備が必要だと判断したら帝に変えるから」


「やったー!」


「レイナの装備は、ちょっと考えるよ」

「ありがとうございます」


 なぜ考えるかというと、なんとレイナは、この前のゴブリンキングとの戦闘を経て勇者のレベルが2になった。

その結果上昇した力はなんと2000。


 そして大精霊の髪飾りの効果で職業の能力が1.5倍し、全ステータス3000というお化け仕様になっている。

なので、今更100程度上昇する王シリーズなどほとんど効果がない。


「すごい! 体に力がみなぎる! これで多少の悪漢ならボコボコにできるぜ!」


 王シリーズを装備した美鈴は、ボクシングの構えで空を殴る。

バカみたいな動きだが、普通に人が死にかねないので装備品とは恐ろしい。


 これで美鈴のステータスは30階層までなら通じる。

その間に拾った装備達で、できれば帝ぐらいには上げておいてあげたい。

奈々にも王シリーズぐらい付けてあげるか、非具現化なら問題ないだろうし。


「美鈴、アイテムボックスは使える?」


「もちろんですよ! あ、ちょっと待ってくださいね、コスメがたくさん入ってる…」


 美鈴の職業はサポーター。

戦闘にはほとんど効果のない職業だがPTに一人はいてほしい職業。

その最たるものがアイテムボックスと呼ばれるスキル。


 多くのドロップアイテムを運びながらダンジョンを徘徊するのは難しく、そんなときに重宝するのがこのアイテムボックスのスキルだ。

中に広がる異空間にアイテムを収納できる。

レベルが上がると、人が入れるほどになるのでダンジョン内でも快適に休むことが可能にすらなるという。


 ほかにもマッピングなどのスキルもあるため美鈴の存在はとてもありがたい。

正直戦闘力は、レイナと僕がいれば十分だ。


「今どれぐらいの大きさなんだ?」


「そうですねー。前の家のお風呂ぐらい?」


(どんだけゴミ入れてんだ…)


 美鈴がこれはいらない、あれはいらないとアイテムボックスの中からゴミなのか、化粧品の残りをどんどん捨てていく。


「や、やだー(笑)。先輩ちょっと見ないでくださいよー。今日はたまたまゴミが多くて…あははは!」


(普段の生活見てたらお前のだらしなさはわかってるよ…)


 美鈴が恥ずかしそうにゴミを隠しだす。

今更隠してももう遅い、少し目を離すと怠惰な生活を送る美鈴を剣也はすでに知っている。


 そして僕達はダンジョン一階層へと向かう。

3人とも10階層まで攻略済みなので10階層から始めることにした。


「とりあえず20階層を目指そうか」


「はーい」「わかりました」


 そして10階層へとゲートを使って転移する。


「そもそもここってほんとに10階層なのかな」


「どういうことです?」


「いや、だって10階層なんてどこにも書いてないし、ゲートを順番に通って10回目ってだけだろ?」


「そうですけど、塔なんだから上に行くもんでしょ?」


「そりゃそうか…」


 そして一同は10階層へ。


「なんか懐かしいな、あのゴブリンキングとの死闘ももうずっと前に感じるよ」


「ええ、あの時の剣也君はすごかったです、かっこよかった…」


「レイナ…」「剣也君…」

「はいだめー!! 変な雰囲気にもっていかない! ここはダンジョンだよ!」


 剣也とレイナが見つめ合う。

間に美鈴が入って雰囲気をぶち壊す。

まるで遠足気分だが、ここはダンジョン。いつ命が奪われてもおかしくはない。

気を引き締めなおして一同は11階層へのゲートを通る。


 そして10階層からその上11階層へと3人は転移した。

実は剣也は、13階層までは来たことがある。

佐藤を倒すために騎士シリーズを集めるためだ。


「うわー! アマゾンみたい…」

「この階層はまるで密林のような階層ですからね…」


 ダンジョンの10階層から20階層は、密林が広がる。

そして現れるこの階層の魔物達。

でも今は美鈴、レイナもいる僕達に死角はない!


「さぁ、行くぞ! レイナ! 美鈴! ………あれ? どこ行った?」


 振り向くと二人がいつの間にか消えていた。

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