第37話 鬼の王


『9階層ボスを同一対象が100回討伐したことを確認しました。エクストラボスを10階層に召喚します』


「な、なんだ!?」

「おい! どうなってんだ!」


 多くの新米探索者達が、慌てふためく。

なにがあったと騒ぎだす。


ドーンッ


 そのとき空からなにかが降ってきた。

その音に、騒いでいた探索者達は、静まり返る。

そして全員がその方角を見た。


 砂煙を舞い上げて、その存在は現れた。

成人男性の2倍はあろう巨大な体躯に、緑の肌。

その皮膚は、剣なんか通るはずはないと思えるほどに硬たそうで、歴戦の猛者を思わせる。


 そして特徴的な長い耳に、長い鼻、そして身の丈ほどの巨大な斧を肩に担ぐ。

ゴブリンだ。

きっとこの存在は最弱のはずのゴブリン種なのだろう。


 まるで王が纏う豪華な赤いマントを纏いながら落下の衝撃で膝を曲げ、それでも何事もなかったかのように顔を上げる。

そのゴブリンは、最弱のはずの敵というにはあまりにも…。


「ギャァァァァァァ!!!!!」


 確実な死の気配を放っていた。

 

 探索者達は、動けない。

この存在は、ここにいていい相手じゃない。

間違いなくこの存在は、こんな低階層に現れる存在じゃない。

自分達が敵うような相手ではないと体が、心が悲鳴を上げた。


 そして無慈悲なアナウンスが、僕達に状況を告げる。


『エクストラボス 【ゴブリンキング】を召喚しました。エクストラボスが討伐されるまで9階層からのゲート以外すべてのゲートを封鎖します』


「あ…あ…」

「うそだ…ろ」

「た、助けて…」


 一歩また一歩とゴブリンキングが前に進む。

まるで、いままでの怒りを思い出すようにゆっくりと。

まるで、やっと復讐ができると歓喜に震えるように。


 探索者達に蹂躙されてきた鬼たちの怒りを体現した存在が斧を担いで歩いてくる。

 

 探索者達は、動けない。

身体が、心が、悲鳴を上げて絶望を受け入れようとしていた。


 その先頭にいた、探索者が必死に逃げようと足を動かし、その場で転ぶ。

腰が抜けて、動けない、ただ足をじたばたとして何とか逃げようとする。


 ゴブリンキングが彼の前に、到達した。

そして斧が振り上げられる。

その巨大な斧で、彼を両断しようとしているのだろう。


「た、たすけて」

 

 しかし誰も剣すら構えない、構えられない。

だって、そんなのは無駄だから、あんな巨大な斧を受け止めることなどできないから。

彼らができることは、こちらに助けを求める彼を見ることだけ。


 そして彼ができることは…。


「た、たすけて……たすけてくれぇぇぇ!!」


 誰かに助けを呼ぶことだけ。


 そして斧が振り下ろされる。

誰もが死を覚悟して、目をそらす。


 しかし逸らさない者がいる。

誰もが目を背ける時に、見捨てる時に、そうしない者がいる。

力及ばなくても抵抗する少年が。

力及ばなくても蹂躙されることに否といえることこそが強さであると知っている少年が。


 だってそれが勇気であり。


キーン!


 彼の正義だから。


 聞こえてきたのはフロアに響く巨大な金属音。

まるで剣と剣がお互いを壊さんとするほどの力でぶつかる音、探索者達が目を開けてみた光景は自分達よりも小さな少年が、少年よりも大きな斧を受け止める姿。


「ぐぁぁぁぁ!」


(な、なんだこの一撃…。一瞬で全身の気力も体力も持っていかれた気分だ)


「ぐっぐぉぉぉ!! レイナ!」


 何とか両手で斧を押し返す。


「はい!」


 そして、もう一人。

この状況でも動じない少女が、王へと剣を向け切り込んだ。


「ギャァァ!」


 有効打は与えられない、しかし皮膚を切ることは成功したようだ。

ゴブリンキングの肩の緑の皮膚から青い血が流れる。

この相手は、剣也とレイナの攻撃がギリギリ効果があるほどの相手のようだ。


 剣也の装備はすべてBランク。

ならば30~40階層の攻略が適正、つまりこの敵は40階層以上の存在。

ダメージを与えられたことから50階層以上ではないだろう。


(僕とレイナならきっと勝てる!)


 少年と少女は、王と切り結ぶ。

錬金術師と勇者の二人がゴブリンキングと相対した。


 はじめての二人の共同作業。


 ただし、入刀はケーキではなくゴブリンの王。

使うのはナイフではなく剣。


 観客は多い、ただし誰一人笑顔で祝福などしていない。


 彼らにできることは、声を上げて必死に二人のこの先を応援することしかできなかった。


「すげぇ…」


 探索者の一人が声を漏らす。

その声につられて他の探索者達も声を漏らした。

本来ここには、騎士の装備程度を付けたパーティ、もしくはその一つ上程度の装備品を付けたものしかいない低階層。


 その中で明らかに異質。

その二人の戦いは、まるで一線級の探索者を思わせる。

金級? いや、もしかしたらプラチナにも相当するのかもしれない。


 その少女の戦いは、美しい。

まるで花びらが舞うかのごとき体捌きで、ゴブリンキングの破壊の鉄斧をかわし続ける。

しかもお返しとばかりに、反撃も入れているではないか。


 そしてその少年の戦いは、荒々しい。

しかし身の丈ほどの斧を受けきり、大声を上げて弾いていく。


 自分達の子供と大して変わらない者もいるだろう。

しかし、その背中は逞しく探索者達は勇気をもらう。


 どれだけ切り結んだのだろう。


「はぁはぁはぁ」「はぁはぁはぁ」


 剣也もレイナも息を切らす。

しかし致命傷は受けていない。

二人の戦いは、まるで初めてとは思えないほどのコンビネーション。


 そしてゴブリンキングも体中から青い血を垂れ流し肩で息をしているようだ。


「がんばれ…」

「がんばれ!!」

「「がんばれぇぇぇ!!!」」


 多くの探索者達が二人を応援する。

もしかしたら、彼らなら勝てるかもしれない。

あの圧倒的な死の恐怖漂う化物に勝てるかもと、願いを込めて。


 剣也がその攻撃力で、ゴブリンキングの攻撃を止める。

その隙をついて、レイナが剣で体を刻む。

その攻防を繰り返し二人は徐々に押しているように見えた。


 にやにやと笑っているだけだったゴブリンキングも今や油断など微塵もない。

この相手は、自らの命に届きうる存在だと自覚して、生存をかけた戦いに身を投じている。


 極限の戦いの中で、剣也は勝てると思った、思ってしまった。

このままただの一度もミスをしなければこの化物を二人なら倒せると。


 油断。

戦いのさなか、勝利を意識してしまうことは油断となる。

まだ剣也は、本当の戦いというものを理解できていなかった。

命のやり取りという最も集中し、最後まで意識を張りつめなければならない状態で、勝利を意識してしまうことの意味を。


 そしてその油断が致命傷となってしまう。


「!?」

 

 ゴブリンキングの打ち下ろしを、両手で構えた刀で弾いた剣也は体勢を崩す。

激しい戦闘で、地面には凹凸が多くできていてほんの少しの油断とタイミングがかみ合った。

踏ん張った足を踏み外し、そのまま背中をついてしまう。


 その体勢からのキングの斧の横なぎが剣也を襲う。


「ぐうぅぁ!!」


 倒れながらも無理な体勢でなんとか防ぐことはできた。

しかし衝撃で斬破刀が、宙を舞う。

つまり、この時点で剣也のステータスは…大幅にダウン。


「ギャァァァ!!」


 そしてキングがこれを好機とみて返す斧で剣也を切る。

その一刀は、無理にはなった一撃だ、しかし…。


「!?」


 剣也の胸をえぐり取った。

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