第27話 最後の詰め

 世界に名だたる大企業達。

日本を代表する企業の本社が並び立つオフィス街。


 その中でも一際大きなビル。

『Sugar』と大きなロゴと看板が主張するそのビルは、日本最大の企業 株式会社シュガーの本社だ。


 今では、自動車を超える産業となった装備品の売買。

その日本最大、つまり世界最大の巨大卸売企業がシュガーだ。


 そしてその最上階の一室に二人の男が向かい合う。

天高く聳えるその摩天楼は、同じく聳え立つダンジョンのよう。


 そこでは、ダンジョンとは違う戦いが始まった。


「飛ぶ鳥を落とす勢いの新進気鋭の若手社長が何の用ですかな?」


「いえいえ、いつも必死でなんとか食らいついているだけですよ。今日はビジネスの話をしに来ました」


「ほう、それは興味深い」


 二人は笑い合い、一見すると和やかな雰囲気に見える。

しかしその目は笑ってはいなかった。

なぜならここは彼らの戦場、きつねとタヌキの化かし合い。


 彼らの武器は、剣や鎧ではなくその口のみ。

ならばこそ、言葉選びには慎重になるというものだ。


「まずはこれを見ていただきたい」


 そして田中は、タブレットを見せ動画を流す。


「ふむ」


 佐藤代表は、その動画に視線を移す。

そして驚愕する。

なぜならそこには、自分の息子がしがないサラリーマンを路地裏でボコボコにしている姿が映し出されたからだ。


「息子さんは、探索者でしたよね。まさか一般人に暴力を振るうなんて」


 このサラリーマンは、田中の会社ウェポンの社員。

偶然? そんなわけがないことは佐藤代表もわかっている。


「私をゆする気かね?」


「あとこれも見ていただきたい、私の契約している大事な探索者、御剣剣也君にご子息が襲撃をかけたので私が止めにはいった動画です」


 そして次に映し出されるのは、田中自身が佐藤の命令によってギルドの探索者に襲われそうになる動画。

完全に装備品が具現化しており、さすがに言い逃れができない。

しかもその動画の本人がここにいるのだから。


 佐藤代表は、ため息をついて、席に持たれ、諦める。

どうやら今日の勝者は決まったようだ。

いや、最初から勝負にすらなっていない、手札が違いすぎた。


 自分の実の息子の、それも会社の装備を使っての不祥事とあっては、下手をすれば会社が揺れる。

下手をすれば責任を取って辞任の可能性もある、なぜならこの息子のギルドに装備品を貸し出したのはほかでもない佐藤代表なのだから。


「望みは? 私のクビか?」


「いいえ、そんなものじゃありませんよ。では始めましょうか」


 そして田中は足を組み、敗北者をまっすぐとみて言い放つ。


「ビジネスの話を、ね」



 佐藤の意識が戻る。

そこは病院の一室。


 どうやら自分は、運ばれたらしい。

あの天道 龍之介に気絶させられて。


「くそが! なんだってあんなところにあんな化物がいやがったんだ」


 偶然ではないのに、まだそれを認めようとしない佐藤。

まだあの無能と最強を結びつけることができない。


「起きたか」


「親父!」


 息子の声を聞いた父が病室に入ってくる。


「なぁ! 金をくれ! Bランク装備を買う! Cじゃもう俺にはあわねぇ!」


 Bランク装備を揃えるならば億は優に超えるのだが、日本一の会社の息子ならば可能だろう。

息子ならばだが。


「お前はやりすぎた。もう御剣剣也に関わるのはやめろ」


「は、はぁ! なにいってんだよ! なんであんな無能を!」


バシッ!


「お前のその先見の明のなさが! この事態を引き起こしたことになぜ気づかん!」


 突如父親に殴られ怒鳴られる息子。

なぜ俺は殴られた?


「いい加減彼を無能と呼ぶのはやめろ、うすうすわかっているだろう、彼が特別だと」


(特別? あの無能が?)


 認めない、認めたくない!

俺が追い出した、無能と決めつけたあいつが特別だと!


 その様子をみる父は、呆れたように息子を見る。 

あの田中社長が、あそこまで守ろうとする存在が無能のわけがない。


「放置していた私も悪いのだが、お前みたいな出来損ないにどれだけの損害が出たかわかっているのか!」


「そんなの知らねぇよ!」


「はぁ…だから私は決めたよ、私には、お前よりも大事な会社と守るべき社員達がいるからな」


 そして父は、一枚の書類を取り出した。


「お、おい! 親父なんだよそれ!」


「もう、お前はいらん! 私はお前を勘当する!」


 佐藤としおを勘当するという文言と、押印がされた念書が佐藤としおの前に突き出された。


 かつて少年を追放したものは、自らが家族に追放される。

因果応報、装備品含めすべてを没収された。


 もう高校生、義務教育は終わっている、ならば援助もなし。

たった一人で生きていくことになった佐藤としお。

粗暴で乱暴、成績は悪い、金でつながった友人しかいない。


 金の切れ目は縁の切れ目。

ギルドは解散し、佐藤のもとには何も残らない。


 そして追い出されるように家をでることになった。



◇少しだけ未来の話。


「さ、さむい」


 高架下の段ボールの中で凍える佐藤が立ち上がる。

なけなしのプライドが邪魔をして、アルバイトも長続きせずその日暮らしの佐藤。


 それでもお腹は減るが、お金もないのでゴミをあさる毎日だった。

かつての探索者は見る影もなく、ひげは伸びきり体からは異臭を放つ。


 そしてそこから見上げるのは、はるか天高く聳える塔。

縋るように、かつての栄光を取り戻すように。


 佐藤は、一歩ずつその塔へと歩き出す。



 俺はどこで間違えたんだ。


 小鬼達に囲まれて、血だらけで地面に倒れる佐藤。

ここはダンジョンの4階層。

小鬼達は、一体また一体と増えていく。


 ニタニタと下卑た笑い声をあげるそのゴブリン達に少しずつ少しずつ切り刻まれる。

すでに声も枯れ、叫び声もあがらない。

最弱のはずのゴブリンは、何も装備のない佐藤にとっては強敵だった。

それでも勝てると思ったのは、なけなしのプライドの弊害か。


 死の淵で佐藤が思うことは…。


 どこで間違えたんだろう。

あの女を襲ったとき?

あの男を、無能と嘲わらったとき?


 戻りたい、あいつをクビにしてしまったときに。

そして教えてやりたい、バカな俺に。

そいつは特別だから仲間にしろ、仲良くしろ、クビにするなと。

なけなしのプライドも完全に折れて、ついに佐藤は剣也が特別で、無能は自分だと認める。


 しかしいまさら認めても、戻ってほしいと願っても、もう遅い。

後悔しても、もう遅い。


 死の淵に涙と血を流しながら佐藤が思うのは、後悔と…。


「死にたくねぇよぉ…」


 死にたくないという思いだけ。


ザシュッ!


 そしてまた一人ダンジョンの血肉になった。


 ここは、ダンジョン。

多くの血と骨と涙が埋まる場所。

そこで今日も無謀で無能なバカな探索者が一人死ぬ。


 なんてありふれていて、ありきたりな話だろう。

でもそれは仕方がないことだ、だって彼は。


 選択を間違えたのだから…。

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