第17話 特A級待遇

「専属契約を結びたい! 特A級でだ!」


「特A級!?」


 その田中さんの勢いに押されて、僕は声が上ずる。

なんだ? 特A級って。特別ってこと?


「あぁ、数ある契約ギルドでも片手で数える程度しか出していない。個人ともなれば初めてだろう。しかし…」


 王の小手を持ち上げて田中さんは、装備した。


「うむ、間違いなく王の小手だ。やはり君にはそれだけの価値があると考えている。どうだろうか?」


 小手を装備し手をグーパーする。

確かに王の小手の能力上昇を感じているようだ。


「っと、さすがに君だけでは決められないか? 剣也君は高校生だったね。親御さんにもご挨拶して相談しようか?」


 未成年なので、契約の話は親御さんがいないと話せない。

しかし剣也の母は…。


「いえ、母は今ガンで闘病中なので僕だけで…」


「そ、そうなのか、それはご迷惑になってしまうね。お父さんは?」


「父はいません、幼い頃に事故で亡くなりました」


 そして剣也は、少しだけ身の上話をする。

貧乏なこと、妹がいること、ボロアパートに住んでいること。



「えらい! その若さで大したもんじゃ!」


 会長が声を上げる。

心なしかちょっと目が潤んでいる。

愛さんも、僕のプライベートは知らなかったので、励ますようによしよしと頭をなでてくれた。

そして田中さんも…。


「私も学生の頃両親を亡くしてね…君の気持ちは痛いほどわかる、だからこそ負けるかという気持ちでここまで頑張れたのだが…」


 そして田中さんは、僕の手を両手で強く握る。

潤んだ瞳で、まっすぐと僕を見る。


「個人的にも、会社的にも私は君を気に入った。協力できることはぜひ何でも相談してくれ、君のためなら時間を作ろう」


 そして契約は後日行うということとなった。

契約内容は、学生の僕にはよくわからないものも多かったが、田中さんが『信頼してほしい君が損することはないはずだ。』と熱く語っていたので信頼することにした。


 もし詐欺師だったら完全に騙されているが、会長さんも愛さんも問題ないと言っていたので多分大丈夫だろう。

その日あった初めての人を全面的に信頼してしまう。

でもこの人は悪い人じゃない気がする、多分詐欺師は全員そう思わせるんだろうけど…。


「では、明日お昼ごろに本社に向かわせてもらいます、この名刺の住所でいいんですよね?」


「あぁ、親御さんの委任状、通帳など必要なものはその資料に記載しているから頼むよ、受付にはいっておくから」


 一応は、未成年なため親の委任状が必要のようだ。

今日母さんのお見舞いに行ってもらってこよう。


 そして僕は、ダンジョンを後にした。



「思わぬ掘り出しものじゃったな…」


「えぇ、とてもいい人財を紹介してもらいました。ありがとうございます」


「はは、人は宝じゃからな。それじゃあ本題に入ろうかの」


「はい、60階層に置いてあった装備についてですね」



「母さん元気?」


 小さな声で僕は母に尋ねながら病院の扉を開ける。

そこには母がベッドで横たわっている。

点滴を受けながら、髪は抜け落ち肌も荒れている。

それでも…。


「そうなのよ! うちの息子ったら探索者になって稼ぐんだぁ! って頑張っててね」

「でも危険な仕事なんでしょ?」

「いいのよ、男の子は夢を追わなくっちゃ、死んだらそのときよ、死亡保険掛けとかなくっちゃ」

「「ははは!」」


 元気に病院仲間と談笑する光景がそこにはあった。

体調は悪いはずなのに、相変わらず元気な母さんがそこにはいた。


「息子が死ぬなんて縁起でもないこと言わないでよ」


「あら、剣也来てたの! これうちの息子! まだ高校生なの!」


「あら、可愛い子じゃない、あめちゃんあげよう」


「あ、どうも」


 なぜおばちゃんは常に飴玉を持っているんだろう。

うん、おいしいミカン味。


「母さんちょっと話があるんだけど」


「あ、じゃあおばさんは自分の部屋戻るわね、じゃあね御剣さん」


「はーい!」


 元気なおばさんが部屋を出た。

あの人も病人だよな? めちゃくちゃ元気そうだけど。

まぁそれはうちの親も同じか、ガン患者には見えないし。


「で? 話って?」


「うん、今度探索者として企業と契約することになったから親の委任状がいるんだって」


「ふーん、別にあんたの人生だから勝手にしたらいいんだけど未成年は大変ねぇ…」


 うちの親は放任主義者だ。

門限もなければ、勉強しろとも言わない。

探索者だって、普通の親なら反対するのに二つ返事で了解してくれた。


 口癖は、あんたの人生なんだから好きに生きなさい。

でもそんな放任主義でも、愛情はたっぷりともらった。

だから僕も奈々もグレなかったんだろう、普通こんな家庭子供は、グレるぞ。


 そして母は、委任状をすらすらと書き剣也に手渡す。


「奈々のこと頼んだよ、もしお金なかったら私の治療なんかやめていいんだからね」


「奈々のことは、任せて。それにやめるわけないだろ、きっと僕が稼ぐから安心して」


「なんか、あんた父さんに似てきたね、責任感が強いところとか」


 そしていつものように、こういった。


「あんたの人生なんだから好きに生きなさい」


「うん! 好きに生きさせてもらってるよ! 母さんも元気になってね。世界一周いくんでしょ」


「あんた、よくそんなの覚えている…そうね、頑張るわ」


 母の夢は世界一周に行くこと。

幼い頃から働き尽くして旅行に行くことのできない母がぼそっとつぶやいたのを剣也は覚えている。


 だから好きに生きるよ、高校も探索者も、奈々も母さんもお金も全部まとめて手に入れる。

そんな強欲で、でも普通なはずな人生を好きに生きることにする。

だから僕は、稼ぐんだ。


 あの巨大な天高く聳える塔で。

夢と絶望と、死と金の匂いが充満するあの塔で。


 そして病院を後にした僕は、買い物(モヤシ)をして家に帰る。

もう暗くなってきた、ダンジョンをでてから5時間ほどが経っていた。


(今日はなんかイベントが多くて疲れたな、やっと家につい…!?)


 そんな剣也がボロアパートの前で見たもの。

我が家の前には、『破滅』が待っていた。


「おかえりなさい、剣也先輩♥」

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