伝説に挑め
カケルは未完成増幅装置を使った後、すぐにトゥグリの下へ向かう。その道中で赤の地に配置していたモンスターたちを自分の下へ移動させるのも忘れない。今までカケルはなるべくモンスターに頼らないように生きて来た。それはルゥダの教えでもある。モンスター使いという名前通りに動いてしまえばその時点でカケルの成長は止まるから。だが制限をつけた状態で倒せるほど地喰いは甘くない。カケルは持てる力を全て使って伝説に挑もうとしている。全力で挑むという事は今後カケルの生存確率を下げることに直結する。だがどうしてもカケルは、目の前で玉砕覚悟で地喰いに挑まんとしているユタの村の人たちを見捨てることは出来ないのだ。故にカケルは覚悟を決めるのだが、まずはやるべきことがある。
「トゥグリ、さっきぶり」
「ん?お兄ちゃんどうしたの?そんな複雑な顔して」
トゥグリが複雑な顔といったように今のカケルはトゥグリにアムリタを使えるという安堵感と、もう少し早ければという罪悪感が綯い交ぜになって顔に出ている。だがこれ以上トゥグリを不安にさせるわけにもいかず、カケルは無理に笑顔を作る。まるで宝物を見つけたかのような満面の笑みでカケルはトゥグリに大袈裟に話しかける。
「君のお父さんがね、王都でアムリタを見つけて買ってきたんだよ!最後の1本だって言ってたから、トゥグリは幸福な子だ!さぁこれを飲んで元気になるんだよ」
そう言ってカケルは何でもない様にアムリタをトゥグリの前に差し出す。そのアムリタはカケルが体を張って、やっとの思いで手に入れたこの世界で一つだけの大切なもの。たかだか瓶1本に多くの人間の運命が翻弄された。そんなものをカケルは躊躇することなくトゥグリに手渡す。すると受け取ったトゥグリはいつもの天真爛漫な顔をさらに輝かせて、ニカッと笑うのだ。
「本当に!?やった、これでトゥグリも元気になったら王都に行けるかなぁ。王都ってすごいとこなんでしょ?あ、そうだ!父さんにお土産話を聞かせてもらう約束をしてたんだ。父さんはどこ?」
「・・・トゥグリ、君のお父さんはあそこだ」
そう言ってカケルは鎮座する地喰いを指さす。トゥグリは初めは何を言っているか分からないといった風にきょとんとしていたが、やがてその言葉の意味を理解して、驚愕の表情を浮かべる。目の前に広げられた真実から目を逸らしたいかの様に首を左右に振るさまを見て、カケルは心を痛める。
「うそ、嘘だよ・・・?父さんはトゥグリと約束したもん!絶対に王都のお土産話を聞かせるって・・・えっぐ、ひぐ、うそだよ・・・」
後半は泣きじゃくっていて言葉にすらなっていなかった。トゥグリの母親が茫然としているトゥグリを後ろからそっと抱きしめる。当のカケル本人は立ちすくむしか出来ない。トゥグリに真実を伝えればこうなることくらい分かっていた。だが話すしかなかったのだ。カケルは絞り出す声でトゥグリに言い聞かせる。
「君のお父さんは本気で君の事を救おうとしていた。その結果、力及ばずに弱肉強食の世の理に飲み込まれた、それだけだ。だが君のお父さんの最後は立派だった、名誉の戦死だ」
「名誉の戦死?トゥグリは父さんにそんなこと望んでいない!ただトゥグリは父さんから楽しい話を聞きたかっただけだもん!」
それは年相応の、可愛らしい夢だった。地球の日本でその夢を願うものがいれば、それはほとんどが叶うのだろう。何のことは無い、ありふれた夢だ。平和であれば叶うその夢は、だからこそ幼い少女から希望を奪っていったのだ。すごい剣幕のトゥグリに対してカケルは今度こそかける言葉が見つからず沈黙する。暫くするとトゥグリも感情を吐き出しきったのか、肩で息をしながら涙を流す。
「トゥグリは、父さんと・・・」
何か言いかけた少女の希望は泡沫となり、大気に溶けて消える。そして訪れた静寂にカケルは押し殺される。何を言えばトゥグリの無念を晴らしてやれるのか皆目見当もつかないのだ。ぼんやりと立ちすくむカケルの肩にふと手がかけられて、カケルの意識は覚醒する。
「よく頑張ったな、若者たちよ。無念であっただろう、だがそれは儂も同じだ。何も出来ん己を全力で殴れるほどの力があれば当に殴っていたところだ。しかし、過去を悔いることは出来ても、変えることは出来ん。せめてトゥグリよ、お主の仇は必ず取るぞ。儂たちに残された僅かな人生を全てかけてな」
「ルゥダさん、それは」
「皆まで言うな、カケルよ。お主には辛い役目を押し付けてしまった。それもこれも、儂らの踏ん切りがつかなかったからだ。マウリに言われてふと忘れかけていた昔の闘争心を思い出したわ。もう後は儂らに任せておればいい。だがお主が自分を許すことが出来ないというのなら、儂は止めん。お主の好きなように動けばいい」
その言葉を受けてカケルは長考することなく、すぐに答えを出す。地喰いに挑むと心に誓った時から、カケルの気持ちは少しも変化していない。クエストの報酬目当てなどで伝説に挑むわけでも何でもない。カケルは自らけじめをつけるために、地獄に飛び込むことを了承したのだ。覚悟を決めた目をカケルはルゥダに向ける。するといつの間にかカケルの横にマウリが立っている。
「カケル、お前まで死に急ぐことは無いんだぞ。お前はこの村の人間じゃない、冒険者だ。ユタの村を離れても生きていけるだろう」
「驚きました。俺はてっきりこの村の人間だと思っていたんですけど、まさかマウリからこの村の人間じゃないと言われるとは・・・」
「そういう問題じゃない。分かるだろう?俺はお前のために言っているんだ」
「そうですか、俺も皆のために地喰いを倒すつもりでいますよ」
カケルの返しにマウリは溜息をつく。いつの間にかカケルにとってユタの村は掛け替えのないものになってしまっていたのだ。それは地球ではカケルが引き籠りで、特に思い入れなど無かったことも影響しているのだろう。だが掛け替えのないものというのは同時に、心の拠り所にもなるのである。それこそ命をかけてでも守り抜きたいと、カケルは小さな心で大きな夢を見てしまったのだ。そしてそれに触発されたかのように、気持ちの整理がついたトゥグリがか細い声でカケルに追従する。
「私も地喰いを倒す。お父さんの仇を取るんだ」
「トゥグリ!?お主は戦える身ではないだろう。あいつの仇を取ろうなどという無謀な考えはよせ」
「いえ、長老。私はもう戦えます。お父さんがアムリタを見つけてきてくれたから」
そのトゥグリの言葉にルゥダは驚きの表情を浮かべ、すぐに思い当たる節があったのでカケルを睨みつける。なんてことをしてくれたのだ、と言いたげなその顔を受けて尚、カケルは何も言わない。どうせ地喰いと永遠に睨めっこをしていたところで、生きながら腐っていくだけだのだ。感情に押し殺されるくらいのなら、無謀と言われても無理やり吐き出してしまった方が良い。トゥグリはその軽やかな音色で不屈の言葉を口にする。
「大丈夫です、長老。これはお父さんと誓った約束だから。私、まだ死ねないんだ」
そのトゥグリの言葉を聞いてカケルははたと気付く。それはディープワールド・カードゲームの世界において、カードの背景を読み解くためだけのもの。特に効果のない説明文、事実カケルもこの世界に来るまでは気にも留めていなかった。だがこの世界にやってきて、全ての生き物に感情があることを知った。今カケルの目に前にいるトゥグリは、もう不幸の少女ではない。不屈の精神をもって地喰いに挑もうとしているのだ。ディープワールド・カードゲームの謳い文句、人と共に進化するゲーム。カケルが好きだった条件付きモンスターも間違いなく進化していたのだろう。だが目の前でただ無邪気に生きて来た少女が、己の命をかけて伝説に挑もうとしている。その気持ちの変化も、進化と言えるのだろう。
(奇しくも、俺が願っていた熱狂的な世界が目の前に広がっているなんてな・・・。皮肉以外の何物でもない)
かつてカケルはアンドレ―のドラマティックな試合を見て、ディープワールド・カードゲームにはまった。その熱狂的な試合に興奮したのだ。特に条件付きモンスターが最終進化まで到達したときは大いに沸いたものだ。そんな光景が今カケルの目の前で、まさに現実になっているのだ。一つの村の不幸と引き換えに、多大な犠牲を払って少女は前を向く。
「そうか、ならばもう止めはしない。行くぞ若者達よ。あの鎮座しているデカブツを倒してユタの村の幸せな未来を掴み取るのだ。我らはユタの村の戦士なり!恐れる事無く命を差し出せ!」
「我らはユタの村の戦士なり!恐れる事無く命を差し出せ!」
ルゥダの掛け声に呼応するように、もののふ達が一斉に声を荒げる。そしてその狂った目を地喰いに向ける。いつの間にかカケルの下にもカケルが召喚したモンスターが集まっている。今から始まるのは地喰いと人間たちの全面戦争だ。狩りなどではない、文字通り命どころかユタの村の運命さえかけた、命がけの戦争が始まろうとしている。
「ガアァァァァ!」
開戦の合図は地喰いの地の底まで響くと思われるほどの威嚇だった。それを合図に焦土から出ることが出来ない地喰いに向けて矢が放たれる。ディープワールド・カードゲームの世界は地球でいう所の中世で、銃などは存在しない。しかし矢では地喰いの固い装甲を突き破ることは難しいようだ。カケルは周りに気付かれないように投影装置を見るが、地喰いも、地喰いがいる陣地も、ほとんど無傷だ。いくらディープワールド・カードゲームのシステムを踏襲しているとはいえ、ここは現実世界だ。いたずらに矢を消費するだけで、地喰いを打ち倒したり焦土を壊滅させたりするには、全然火力が足りないのだ。
「ルゥダさん、火薬はありますか?地喰いがいる焦土もろとも吹き飛ばしてしまいましょう!」
「駄目だ、ここの地下にはユタの村の特産品である命の石が眠っておる。ユタの村のような小さな村は、特産品がなければ生きていくことなど出来ない。この地を吹き飛ばせば地喰いは倒せるが、それからどうやって生きていくというのだ。儂は若者に未来を背負わせる気はない」
カケルの提案は一蹴される。それもそのはず、ルゥダ達にはルゥダ達の生き方があるのだ。カケルは地喰い本体を倒すよりも陣地の破壊の方が簡単なことを知っている。事実、チュートリアルの突破方法にもなっているのだ。だがそんな地球のゲームの中での常識は、現実世界では受け付けてもらえない。カケルは歯軋りをする。遠距離からの攻撃が効かないのなら、かくなる上は近接戦しかない。だが地喰いを倒そうと近くまでやってきたことで、より一層その巨躯に攻撃部隊は気圧されるのだ。だがそれでも誰かが一番槍を引き受けなければならない。そして緊張の糸が切れたのか、村の一人が汗だくになりながら、大声を出して地喰いに突撃する。
「しねや、化け物がぁ!」
それが男の最後の言葉となった。叫び声をあげながら突撃する男に対して、地喰いは煩わしそうにジタバタと暴れただけだった。その巨躯に少し当たっただけで男は数メートルは吹き飛び、派手な音を立てながらそこら辺の岩に激突する。
「うっ・・・」
カケルは思わず手で口を押さえる。岩に激突した男は見るも無残な姿となっていたからだ。地球で平穏に生きて来たカケルにはいささか刺激的すぎるようだ。だがルゥダ達はカケルとは全く異なる感情を抱いている。それは地喰いへの底知れない怒り。共にユタの村で生きて来た者の命をごみ屑の様に扱った地喰いを殺してやりたいと思う純粋な気持ち。仲間の死を目の前にして、ユタの村の戦士はさらに闘志を燃やす。
「皆のもの、突撃ィ!」
「応!」
ルゥダの怒号に呼応する戦士たち。それはさながら勇猛果敢な一糸乱れぬ突撃の様で、しかし地喰いの攻撃でいともたやすく崩壊する脆さを併せ持っている。最初は怒号も大きかったが、暫くするとその声は随分小さくなる。勇猛果敢に飛び込んだ者たちはそのほとんどが地喰いに辿り着くことなく死んでいったのだ。カケルも自らのモンスターを地喰いに向かわせる。しかし地喰いが暴れるだけでモンスターたちは簡単につぶれていく。
(これ以上HPが回復できません)
そんなシステムメッセージを見て、カケルは働き蟻が死んだことを悟る。思わずカケルは唇を噛む。投影装置を見ると、もうすでに生き残っているのはマイコニド1体とナイトのみとなっている。カケルは地喰いの方を見る。そこはさながらこの世の地獄で、数多の屍が乱雑に転がっている。その地獄を見てカケルは思わず立ちすくむ。いくら訓練したと言ってもカケルが地喰いに近づけばこうなるのだ。だがただ遠巻きに眺めているだけでは状況は好転しない。今この瞬間も地喰いの攻撃をかいくぐったマイコニドとナイト、それにマウリとルゥダを含む村の戦士が地喰いに攻撃を加えているのだ。数の暴力とも思える突撃は地喰いが身をよじっただけで、その数を大きく減らした。それでもなお、死の恐怖を振り払って地喰いに肉薄する戦士たちがいる。
「固まるな!互いに距離を取りながら攻撃を続けろ!」
戦場にルゥダの声が響き渡る。カケルはふと純粋な疑問に駆られる。何故目の前で他人の死を目の当たりにしながら、臆することなく地喰いに挑めるというのか。カケルにはどうしてもその答えが導き出せない。今のカケルは後方で震えながら召喚したモンスターに突撃命令を下す、所謂冒険者が侮蔑の意味を込めて言う所の、紛れもないモンスター使いだ。すると次の瞬間、トゥグリが地喰いの攻撃を受けて吹き飛ばされ、叫び声をあげる間もなく棒立ちのカケルの横に激突する。
「トゥグリ!」
マウリが悲痛な声を上げるが、土煙の中から満身創痍ながらもトゥグリが起き上がる。トゥグリの効果、不屈が発動したのだ。だが不屈が発動したとはいえ満身創痍に変わりはなく、至る所から血が滴り落ちている。それでもトゥグリは消えぬ闘志をその目に宿して、ふらついた足取りで地喰いの下へと向かう。トゥグリは何かを喋ろうとしているが、出てくるのは短い呼吸音のみ。
(トゥグリ、もうその体じゃ無理だ・・・)
思わず出かけた本音を、カケルはすんでのところで飲み込む。言えるはずがないのだ。目の前で傷だらけになりながら戦う少女と、今傍観者となって安全地帯からモンスターを戦わせている男。この状況で弱音など言えるはずがないのだ。カケルは自分の足を見つめる。恐怖心は先ほどよりも強くなり、膝はがくがくと震えている。それでも、今目の前でボロボロになりながら戦おうとする少女の姿を見て、何も感じないほどカケルの心は腐ってはいない。
「トゥグリ、後は俺に任せろ・・・!」
そう言ってカケルはトゥグリに自然の治癒を使う。練習ではいくら頑張っても使えなかった自然の治癒、だがそれでも今カケルが練習を思い出しながら体内の魔力を引っ張り出すと、願いは現実となったのだ。同時に疲労感がカケルを襲う。青の魔力を使った時と同じ、何かが体の中から抜けていく不快感だ。カケルには才能がない。魔法はかろうじて緑の魔法が使える程度、剣の才能もてんで駄目。魔法に至っては自然の治癒を使っただけで倦怠感を感じるし、剣の方も日々努力したところでマウリの足元にも及ばない。
(でも、それでも!俺はただのモンスター使いじゃない!この村を危機から救ってやるんだ!)
カケルはそう自分に言い聞かせて、震える足を無理やり動かす。恐怖はある。そこら中に転がる死体を見て、自分もこうなるのではないかと身構えもする。そして同時にタダで死んでたまるかと自分自身を奮い立たせるのだ。カケルは自身の恐怖心を和らげるために雄たけびを上げながら突撃する。対する地喰いは鬱陶しそうにその巨体でカケルを押しつぶそうとする。しかしその巨体が一瞬止まる。マイコニドが必死に押しつぶさんとする地喰いを食い止めているのだ。時間にすればほんの一瞬、その間にカケルは全力で走って地喰いの巨体の下から脱出する。次の瞬間、轟音を立てながら地喰いが巨体を地面におろし、マイコニドは断末魔さえ残さずこの世から消え去る。
(マイコニド、ありがとう。召喚しただけで会話もしていなかった俺の事を助けてくれて。仇は取る!)
マイコニドが潰されてカケルは足を止める。だがすぐに動き始める。立ち止まっている時間などない。話さえしなかったマイコニドが、決死の思いで繋いでくれた貴重な時間なのだ。カケルは地喰いの甲殻の隙間に思いっきり剣を突き刺す。
「ガアァァァ!?」
その痛みに地喰いは盛大に暴れる。カケルは死んでも剣を手放さないと、強く柄を握る。地喰いが暴れるたびにカケルのHPはどんどん減っていく。HPの減少に伴い意識まで手放そうとしたカケルだったが、徐々に地喰いの暴れ方が弱まる。地喰いに振り回されながら薄目を開けたカケルが見た光景は、地喰いに対して人々が己の武器を突き立てている瞬間だった。
「お父さんの仇!」
「早く倒れろよ、倒れてくれよ」
ある者は怒りに身を任せて剣を突き刺し、ある者は何かに縋る様に剣を突き刺す。そしてどれほどの時間が過ぎただろうか、徐々に地喰いはその活動を停止させる。最初は焦土に悠然と居座っていたその体躯も、今では倒れるようにしてその地に身を預けている。
「ガアアァ・・・」
弱弱しく地喰いが鳴き声を上げる。数多の犠牲を出しながら、激闘の末に最後に立っていたのは人間だった。それでも尚最後の意地で地喰いは人間に対して向き直る。それを見てトゥグリが地喰いに相対する。最後の決闘の開始の合図などはいらない。何も言わずとも、決着をつけなければいけないと両者は本能で察している。
「ガァ!」
一咆えして地喰いがトゥグリに襲い掛かる。それは今までの攻撃に比べて随分と遅いもの。だがそれでも最後の力を振り絞って地喰いはトゥグリに襲い掛かる。しかしトゥグリは冷静に地喰いの攻撃を剣で横に躱して、返す刃で甲殻の隙間を切り裂く。そして蹈鞴を踏んだ地喰いに対してトゥグリは剣を振り上げて、そのまま力いっぱい振り下ろす。ゴッと鈍い音がして地喰いの甲殻が陥没する。それでもトゥグリは攻撃の手を止める事無く同じ場所に剣を力任せにたたき続ける。どれほどその時間が続いただろうか。地喰いの甲殻は見るも無残な姿になっており、それが決め手となったのか地喰いは弱弱しく鳴き声を上げるのみとなる。
「はぁはぁはぁ、お父さん、私やったよ」
勝者のはずのトゥグリはそう言って緊張の糸が切れたのか、それとも肉体の酷使が原因か、その場に倒れる。ルゥダとマウリが急いでトゥグリとカケルの下へ駆け寄る。辛うじてカケルもトゥグリも一命を取り留めてはいる。だが呼吸は酷く弱弱しく、生死の境を彷徨っていることが読み取れる。ユタの村が王都並みに栄えていたのならば腕利きの医者がいたのかもしれないが、こんな辺境の地に居座るもの好きな医者はいない。思わずマウリの頬を冷や汗が流れる。最悪の未来を考えてしまったようだ。
「こらマウリ!アンタがそんな弱気でどうするのさ!」
ふとマウリの後ろからしわがれた声が聞こえる。慌ててマウリが後ろを振り返るとそこには魔道具屋の店主が立っている。手には少しばかりの治療系のスクロールを持っている。
「出血大サービスだよ。だから諦めるんじゃない」
「魔女の婆さん・・・」
「魔女じゃない!」
マウリのボケに老婆が突っ込む。そのいつもの掛け合いを見て、生き残った村人たちは笑ってしまう。いつものユタの村が帰ってきたのだ。多大な犠牲を払った、中には心に深い傷を負った者もいるだろう。だがそれは未来を掴み取るために必要な犠牲だったのだ。名誉の戦死などという言葉を投げかけるべきではない。死んだ者は運がなかった、ついていなかった。生きた者は死んでいった者たちの遺志を引き継いで生き延びなければならない。散っていった者たちが望んだユタの村の未来を、引き継がなければならないのだ。暫くしてカケルとトゥグリは目を覚ます。そして二人を心配そうに覗き込む村人たちの顔を見て、思わず安堵する。戦いが終わったことを意味するのだから。だがその時、ふと大地が震えた気がする。
「ガアァ・・・アァ・・・」
村人たちが思わず地喰いの方を見ると、地喰いは死に態の体を引き摺って何処かに行こうとしている。その地喰いの向かう先を見て、村人たちは驚愕の表情を浮かべる。地喰いの目的地は一つの洞窟だ。このユタの村では特産品として命の石がある。今から地喰いが向かう洞窟には遠目からでも命の石が豊富にあることが見て取れる。村人たちの顔に緊張が戻り、各々が武器を取って、地喰いにとどめを刺そうとする。災厄に自我があるかは不明だが、もし命の石の使い方を地喰いが知っているのならば、戦況は大きく変わるからだ。
「待ってください!何か様子が変です」
殺気だった村人たちを止めたのは、先ほどまで地喰いに食らいついていたカケルだった。村人たちはそんなカケルの横を通り抜けて地喰いを追おうとするが、やがて洞窟の前で立ち止まった地喰いを見て、本当に様子が変だと気付いたようだ。命の石で埋め尽くされた洞窟の前で、災厄が立ち止まる。それは異様な光景だった。やがて地喰いは再度に一鳴きして、眠るように息を引き取る。
「一体何だったんだ。最後に地喰いは何がしたかったんだ・・・?」
マウリがそんな疑問を口にしながら洞窟に歩み寄る。そして目を見開く。命の石に囲まれて、その中に骸骨があるのだ。大きさからして大人の骨だろうか。命の石に囲まれる白骨死体は、妙に幻想的だ。そしてそれと同時にカケルはまた意識を手放す。薄れかける意識の中でカケルは、一つのメッセージが投影装置に映し出されるのを見た。
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