第六話 _ 寂寞

 何も無い空間で、昼寝をしているような、そんな感覚だった。


 瓦礫に押し潰された時の痛みは、未だ消えそうにない。


 私はきっと、死んではいない。

 だって、死んだらこんな事を考える脳も機能しなくなるわけだし。


 早く目が覚めないかな。私が大怪我を負っていたとしても、優斗を助けられたなら別に良い。


 私が瓦礫に埋もれた時、優斗はどんな顔をしてたっけ。

 絶望、っていう言葉が合いそうな…そんな表情だったな。


 ぼおっとしながらそんな事を考えていると、急に目の前が真っ暗になった。

 比喩とか、そういうのじゃない。本当に視界が真っ暗になって、何も見えない。


 突然の事に戸惑っている内に、何処からか声が聞こえてきた。


「いやぁ、入りにくいなあ」


 異常なまでの気持ち悪い声色に、背筋が凍りつく。


 入りにくいってどういうこと?まず何に入ろうとしてるの?


 そう言いたいけれど、声が、体が、言うことを聞かない。


「ま、無理やり入るしかないか。ちょっと失礼」


 声がそう言った直後、心臓がドクンと大きく跳ね上がるように鳴った。


 何かが、私の中で、蠢いているような感覚がする。


 さっきまでよりも、体の感覚が段々と無くなっていく。

 『死ぬ』とかじゃなくて、『持っていかれる』ような、不思議な感じ。


「これで良し。もう君は眠っていていいよ」


 この声が言う『君』は、きっと私のことなんだろう。というか、それ以外は考えられないし思いつかない。


 襲ってくる眠気に耐えながら、私はようやっと理解した。


 こいつは、私の体を使おうとしてるんだ。


 そんなことさせたくない。絶対に死人が出る。確実に、間違いなく。

 目が覚めたら傍には優斗が居るはずだ。第一被害者はどう考えても優斗になってしまう。


「さ、始めよっか」


 変わらずの気持ち悪い声色と共に、また意識が薄れていく。



 嫌だ。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!



 叫べない代わりに、脳内で何度も何度も繰り返す。


 届かないのに。誰にも届かず、私の脳内だけで鳴り響くだけなのに。


「五月蝿いなあ。黙ってろよ」


 急激に低くなったその声を合図に、私の意識はプツンと途切れた。


          *


 目を覚ました時に瞳に映ったのは、案の定、優斗の顔だった。


 …………首、無いけど。


「あぁ…、はは」


 乾いた笑いが、口から零れる。

 手に持った優斗の生首は冷たくなっていて、表情も崩れ果てていた。

 多分、素手で首を握り潰したんだろう。その時の気持ち悪い感触は、何故かぼんやりと思い出せる。

 頭と離れたことで地面に落ちた優斗の体を見下ろしながら、周りで鳴り響く数々の悲鳴に気づいた。壁が崩れた音は相当大きかったのだろう、人だかりが出来るのも無理はない。

 …で、その人だかりの真ん中で私が優斗を殺したってわけか。

 なんだか、悔しいとか悲しいとかを通り越して、笑えてくるな。実際、さっきもちょっと笑っちゃったし。


 そういえば私、なんで、に体を使われるって分かったんだろう。

 普通そんな事分かるはずもない。突飛な話だし、私は霊やらなんやらは信じていないのだ。

 いや、まず誰だったんだろうか。あんな気味の悪い声なんて、人生で一度も聞いたことがない。


 考え込むように固まりながら突っ立っていると、大勢の足音が聞こえてきた。

 …きっと警察だ。足音の方向を見なくても、大体は予想できる。

 どうか捕まえないで欲しい。私を射殺して欲しい。優斗の居ない世界なんて、もう要らないから。

 そんなことを願っていた、その時。


『よーし、よく願ってくれたね!』


 先程のが、頭に鳴り響いた。


『この世界、もう要らないんでしょ?』


 さっきの、何かを企んでいるような喋り方ではない。提案するような、寄り添うような喋り方。


「…うん、要らない。もう、興味もない」


 頷き、肯定し、追加する。


『あはは、ほんと、どの世界でも変わんないね』


 意図の分からない言葉だったけれど、嬉しそうに笑っていることだけは分かった。


 突如。体を取られる直前までの暗闇が、私を包み込む。

 そのまま薄れていく意識に、また願った。



 どうか、もう戻ってこないでくれ。


 どうか、そのまま消え去ってくれ。



 その願いが叶うのは、

 まだ少し、先の話だった。

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