第36話 面接官たちの思案
ウィニングたち受験生が部屋を出る。
通常ならすぐに次の受験生たちが部屋にやって来る手筈だが、今回はその前に、老齢の女面接官が入り口にいる係員へ声を掛けた。
「五分、遅らせてください」
「……畏まりました」
一次試験の面接では、偶にこういう時間が設けられる。
受験生たちの個性があまりにも強すぎて、合否の判断に迷ってしまう時間だ。即断できそうにない場合、五分ほど次の受験生を招くまでの猶予を設けられる。
今回の試験では、これが初めてのことだった。
だが仕方ない。先程の面接は少々驚くことが多かった。
「エイラ=ヴァーミリアンさんについて、皆さんはどう思いますか?」
老齢の女面接官が、他二人の面接官に尋ねる。
「合格には違いないでしょうな」
と、答えたのは筋骨隆々の男性。
「ですが、手に負える教師は少ないかと思います」
「そうですね」
黒いローブの女性の発言に、老齢の女面接官は頷いた。
「全ての分野ではありませんが、恐らく戦闘魔法に関しては教師と同程度の実力でしょう。あれほど才能の持ち主……是非とも我が学園に来てほしいですが、扱いに困りそうなのもまた事実」
老齢の女は、そこで一拍置いて続ける。
「というわけで、特待生として推薦しておきましょうか」
「……なるほど。三つある枠のうち、一つは彼女へ与えますか」
「まあまだ一次試験ですから、彼女の入学が決まったらの話になりますね。……ほぼ間違いなく、残りの試験も通過するでしょうけど」
公爵家の子息令嬢ともなれば、その評判も耳に入ってくるものだ。
ヴァーミリアン家の長女は文武両道の天才として名高い。魔法学園の難解な試験も、彼女ならきっと容易く乗り越えてみせるだろう。
特待生に選ばれると様々な便宜が図られる。
例えば学年の壁を隔てて好きな講義を受けられるし、逆に嫌いな講義は受けなくてもいい。
特待生という制度が生まれたのは、十年前のとある事件が切っ掛けだ。
凡そ十年前、この国の王子が王立魔法学園に入学した。
その王子はとんでもない天才だった。だが同時に我儘でもあった。
俺にこんな下らない講義を受けさせるな――そう言って王子は、一つの教室を丸焼きにしたのだ。
以来、学園の講師たちは学んだ。
溢れ出る才気の持ち主に、嫌々講義を受けさせてはならない。
足並みを揃える必要がない彼らには、特別な、独自の道を用意するべきなのだ。
ただし特別な道は、多すぎれば無秩序になってしまうため、一つの学年に三人分のみとした。
エイラ=ヴァーミリアンは、そのうちの一つを与えるに相応しい人物だ。
それと……第三王女も相応しいだろう。
残りの一つは今のところ保留だ。
「さて、では最後に……もう一人の方を」
老齢の女に、他二人も頷く。
「……第三王女のお気に入りですね」
男の発言に、老齢の女は頷いた。
第三王女のお気に入り……それが事実かどうかはさておき、そう呼ばれている少年がいる。
第三王女は、見た目だけなら可憐で麗しい少女だが、その実態は切れ者だ。でなければ
そんな彼女が、この噂を否定せず黙認している。
つまり彼女にとって、この噂は広まった方がいいのだろう。
――唾をつけている。
殆どの人は、面白可笑しく噂しているだけ。
だが第三王女の本性を知っている者にとっては、違う景色が見える。
間違いなく、狙っている。
第三王女はこの少年を標的に定めている。
少なくともここにいる一人。
魔法学園でも
「彼はコントレイル子爵家の者みたいですね。目的を聞いた時は首を傾げましたが、飛び級を狙っているとは中々野心的です」
それに、個性のアピールも独特で面白かった。
受験生の中には風の魔法で椅子を動かす者もいたが、あの程度の芸当は、魔法学園の生徒ならできる者が沢山いる。
その点、ウィニング=コントレイルが披露したのは紛れもない個性だった。
全く音を立てない高速移動とは、実に面白い。しかも天井や壁を縦横無尽に動き回れるとみた。
だが、最後に見せた《身体強化》。
あれだけは評価が分かれるだろう。
「私は、端的に述べれば……拙いと感じました」
黒いローブを着た女が語る。
「最後に《身体能力》を見せてもらった時、すぐに制御に失敗していましたから。ひょっとしたら個性のアピールで見せた動きも、本当は成功するかどうか綱渡りだったんじゃないでしょうか」
黒いローブの女は不安げに語る。
いきなり背後に立たれた彼女としては、色々と思うところがあるのだろう。
「もし彼が魔法の制御に失敗していたら、貴女は大怪我をしていたかもしれませんね」
「そうです」
「ですが逆に言えば、貴女はたった十歳の子供に命を握られたことになりますね」
「――っ」
命は言い過ぎかもしれない……が、老齢の女はあながち間違いでもないだろうと思っていた。
何故なら、最後にウィニングが見せたあの《身体強化》の出力は、
「最後に見せてもらったあの《身体強化》……私には、制御に失敗したというより、何らかの事情で急に出力が上がったように見えました。結果的に制御できていないので、マイナスの印象は避けられませんが……一瞬だけ爆発的に増えたあの出力、下手したらエマ=インパクトに匹敵するほどのものでしたよ」
「そ、そこまで、ですか……」
筋骨隆々の男が驚愕する。
世界最強、エマ=インパクトの実力は魔法使いなら誰もが知るところだ。
「個人的には、彼も特待生に推薦したいくらいですが、流石にそれは保留にしておきましょう」
老齢の女は、どこか楽しそうに微笑んだ。
その気になったら、
「彼は実に……探究心を刺激してくる子供ですね」
王立魔法学園では様々な学問に触れられるが、その中でも大部分を占めているのが魔法学だ。文字通り魔法について学ぶこの学問は、魔法薬学や魔法技術、魔法陣、錬金、詠唱学など様々な派生形がある。
それらの細分化した学問・研究を、まとめて統治する人物がいた。
彼女はこれまでに数々の魔法を開発し、一般市民の生活から国家を守る軍事にまで影響を与えてきた。
彼女の知識は深淵に至る。積み上がった功績は、学内の誰よりも多い。
魔法学の最高権威――イザベラ=モーリス。
彼女は第三王女よりも、公爵家の長女よりも、子爵家の長男に興味を抱いた。
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走りたがりの異世界無双 ~毎日走っていたら、いつの間にか『世界最速』と呼ばれて色んな権力者に囲まれる件~ サケ/坂石遊作 @sakashu
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