第35話 一次試験


 会場は小さな部屋だった。

 規模は普通の教室と同じくらいだが、教材や黒板などが見当たらないため、普段は多目的室か会議室に使われている部屋なのだろう。


 部屋の中には、三人の試験官がいる。

 黒いローブを纏った女性と、筋骨隆々の男性、それから老齢の女性だ。

 ウィニングたち受験生は、彼らの前に並べられている椅子に腰を下ろした。


「では、これより一次試験の面接を行います」


 ローブを纏った若い女性が告げる。

 一瞬、部屋に緊張が張り詰めた。

 すると老齢の女性が穏やかに笑って口を開く。


「面接と言っても、話し込むわけではありませんから、気を楽にしてくださいね」


 そう言って、老齢の女性はローブの女性に目配せする。

 試験の説明が再開された。


「これから皆さんには二つのことをしてもらいます。一つは簡単な自己紹介です。名前と年齢、あとは学園で何をしたいのかお話しください」


 受験生たちは頷く。


「そしてもう一つは、個性をアピールしてもらいます。アピールはどんな形でも構いませんし、その個性は魔法でなくても問題ありません。魔法は入学後にいくらでも学べますからね」


 中々、難しそうな試験だった。

 しかし合点がいく。シャリィが「披露した」と言っていたのは、これのことか。


「モード=ヘリオス、十二歳。ヘリオス男爵家の次男です。私が学園に通いたい理由は――」


 早速、一人目の受験生が自己紹介を始めた。

 身なりが整っているとは思ったが、どうやらこの受験生は貴族らしい。


「個性のアピールは……風の魔法で、この椅子を操ってみせます」


 そう言って貴族の少年は、自身が座っていた椅子を風の魔法で浮かせた。

 右に左に、椅子は自由に動き回る。ただ浮かせることなら素人にもできるかもしれないが、この微調整は熟練者でなければ難しい。面接官たちは感心した様子でその光景を眺める。


 男爵家の少年がアピールを終えると、今度は少女が自己紹介を始めた。

 少女は、伯爵家の長女らしい。


(なるほど……貴族と平民で、番号を分けたのか)


 案内の時点で随分番号が飛んだなと思ったが、恐らく貴族だけ250番以降に割り当てられているのだろう。


 貴族と平民が同じ部屋で試験を受けると、トラブルが起きたり、平民が本来の実力を出せなかったりするかもしれない。それを懸念してのことだ。


 王立魔法学園では、身分による上下関係を機能させないという規則がある。権利関係にビクビクせず、平民も貴族も平等に探求し、そして競い合いってほしいという理念のもとだ。


 しかし学園内のローカルルールに、受験生がすぐ適応できるわけもない。


 これに加えて、知り合い同士が同じ部屋になることも回避して番号を割り当てられたのだろう。

 だからウィニングたち三人は番号が離れており、更にウィニングに関しては桁が違ったのだ。


 二人目、三人目の受験生が滞りなく個性のアピールまで終わらせる。

 四人目は、鮮やかな赤髪を垂らした、気の強そうな少女だった。


「エイラ=ヴァーミリアン、十二歳。ヴァーミリアン公爵家の長女です。家の名に恥じない優れた人物になるべく、学園に通って成長したいと思います」


 面接官たちが「ほぉ」と興味深そうな態度を示す。

 王族に次ぐ地位である公爵家、その長女に相応しい風格を既に彼女は持っていた。


「我がヴァーミリアン家に代々受け継がれる固有魔法を披露します」


 そう言って、エイラは右の掌を開いた。

 瞬間、まるで炎を凝縮したかのような真紅の槍が現れる。


「これは……っ!」


「見事ですね……」


 面接官たちが目を剥いて驚いた。

 凄まじい魔力の密度だった。恐らく、彼女は一級の紋章持ちだ。


「宝槍《紅蓮ぐれん》です。龍種すら一撃で屠ることができます」


 エイラが簡潔に魔法の説明をする。

 面接官たちは手元の紙に短く何かを書いた。


「では、次の方」


 エイラが座り、ウィニングの番になる。

 ウィニングは椅子から立ち上がった。


「ウィニング=コントレイル、十歳。コントレイル子爵家の長男です。学園に通って、色んなところを走りたいです!!」


「……走る?」


「はい! グラウンドとか、廊下とか!」


「……廊下は走られたら困るのですが」


 ヤバイ奴が来たな……と、面接官はあからさまに困惑した。

 一方、ウィニングは個性のアピールについて悩む。


(室内だと、特に見せられるものがないなぁ……)


 元々自分は走ることしかできないので、この手のお披露目には不向きな人間だ。

 マリベルの時と同じように、この小さな部屋で鬼ごっこを始めるわけにもいかない。


 考えた末、ウィニングは思いついた。

 ウィニングは、ローブを着た若い女性の面接官に視線を注ぐ。


「貴方の後ろに現れます」


「……はい?」


 女性が首を傾げた。


 ――《発火・技イグニッション・テクト》。


 それは、繊細な走り。

 音を立てず、動きを細かく制御でき、それでいて目にも留まらぬ速さを実現するこの走法なら室内でも効果を発揮する。


 ウィニングは一瞬で跳躍し、部屋の天井に両足をつけた。

 その後、すぐにローブを着た女性の背後に着地する。


 あまりにも一瞬のことなので、この動きを視認できた者は誰もいない。

 だから面接官たちは、目の前にいたウィニングが突然消えたことで困惑していた。


「こんにちは」


「わひゃぁああぁあぁぁぁあ――ッ!?」


 ウィニングが声を掛けると、女性は驚きのあまり机を吹き飛ばして床に転がった。

 想定外の光景に、部屋の時が静止する。

 沈黙の中、ウィニングは頭を下げた。


「……すみません。驚かせるつもりはありませんでした」


「お、おおお、驚くに決まってるでしょ!! 何やってるんですか貴方っ!?」


 女性は心臓を抑えるように、胸に手をやりながら叫んだ。

 相当驚かせてしまったらしい。本当にそんなつもりはなかったウィニングは重ねて謝罪した。


「……ウィニング君。貴方は今、どのように彼女の背後へ?」


 老齢の女性面接官がウィニングに訊く。


「えっと、こんな感じですね」


 ウィニングは再び跳躍した。ただし今度は速度を緩める。

 天井に足をつけたウィニングがそのまま静止すると、面接官が「ほぉ」と感心の声を零した。

 最後に、ウィニングは自分の席の近くへ着地する。


「天井を歩いている魔法は《吸着ソープション》ですね。……いい練度です。師は誰ですか?」


「マリベル=リスグラシュー先生です」


「おぉ、彼女でしたか」


 老齢の女性面接官は、マリベルのことを知っている様子だった。


「先生を知ってるんですか?」


「ええ。魔法使いの間では有名ですよ。水属性の魔法使いで、彼女の右に出る者はいないでしょう。深海の主、渦の女王などと呼ばれていますね」


「色んな異名があるんですね」


「魔法使いに限らず、個性的で優れた能力を持つ人は、異名を与えられる場合が多いのです。貴方もいつかそうなるかもしれませんね」


 既に「走る災害」と呼ばれているウィニングだが、これは言わない方がいいかなと判断して黙っておいた。主に災害・・の部分が邪推されそうで怖い。


「もう一度、《身体強化》を見せていただいても?」


「はい」


 なんだか俺の面接だけ長いような……と疑問に思いながらウィニングは魔法を発動する。

 すると、面接官たちは再び「おぉ」と感心の声を零した。


(――――――あ)


 刹那、ウィニングは奇妙な感触を覚える。

 何処かで、自分以外の誰かが《身体強化》を発動しているような気配――――凡そ一年前、ウィニングが自由を得たあの日の夜にも感じたものだ。


 あれ以来、ウィニングが《身体強化》を発動すると、偶にこの感覚を抱くようになった。

 それはまるで、ウィニングに呼応するかのように魔力を放出している。


 未だにこの感覚の正体が何なのかは分からない。

 全てが謎に包まれていた。


(ちょっとだけ……共鳴してみようかな)


 好奇心がウィニングを突き動かした。

 あれ以来、何度か共鳴を試している。まだ成功した試しはないが……今度こそできるかもしれない。


 ウィニングは意識を集中させて、共鳴を開始した。

 瞬間、共鳴の対象に指定した何者かから、膨大な魔力が逆流する。


 これを、制御できれば凄まじい力を手に入れられるのだが――。

 やはり今回も制御しきれず、ウィニングの《身体強化》は途切れた。


「……あ」


 そこでウィニングは我に返る。

 そういえば今は面接の最中だった。


 しかし、折角だから相談してみるのもいいかもしれない。

 不思議そうにしている面接官に、ウィニングは訊く。


「あの……今、何かを感じませんでしたか?」


「何か、ですか?」


「こう……この場で、俺以外にも《身体強化》を発動している人の気配というか」


「……いえ、特になかったと思いますが」


 老齢の女性面接官が答えた。

 他の面接官たちも一様に首を傾げている。


 以前、マリベルにも相談してみたが、同様の反応だった。

 やはりこの感覚は、自分にしかないらしい。


「えーっと……じゃあ、以上です」


 ウィニングはどこか気まずい顔で着席した。

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