潜降65m 鏡に映る夢追う者

「そういえばな、小早川が今月で研修生を卒業なんだ。それで、もしかしたら、もしかしたらだけどな、お前のところに行くかもしれないんだよな」


「なんでですか!? 私、全然関係ないじゃないですか」


「あのな、もうはっきり言うけど、あいつはお前の事が好きなんだよ」


「え? どういうことですか? そんなの困りますよ」


「いや、ちょっとな、今、研修生の中で、あいつがお前のこと好きなのが公になってしまっているんだ」

「やめてください。本当に困りますから。迷惑です! 」


「おい、おい、俺が広めたわけじゃないぞ。小早川が飲み会の席で自ら言っちまったんだ。それで他の研修生の連中がはやし立てたあげく、『卒業と同時に男としてはっきり告白してこい』って面白がって煽ったんだよ。そしたら、あいつもその気になっちまって、ここ2カ月の間、『卒業したら告白しに行く』って息巻いてる状態なんだ」


「なに勝手に盛り上がってるんですか。それってある意味セクハラですよ!」


「だから、こうして教えにきたんだ。この際、お前、あいつが来たら嫌いなら『嫌い』って言ってしまえ。もう先輩だの後輩だの関係ないから。はっきり言って引導渡してしまえばいいよ」

「え~。そんなこと言って逆上されたらどうするんですか? 」


「大丈夫だろう。あいつだってこれから代理店として、一歩、前に踏み出す男なんだ。滅多なことはしないだろ。どうしようもない展開になったら俺に電話して来い」

「そんなぁ.... 」


これはしばらく気が抜けないなぁ。

太郎丸か七海を絶えず連れて歩くか!


****


宮野さんの警告通り小早川さんが現れたのはそれか3日後の事だった。


「哲夫さん、ちゃんと栄養のバランス考えて食事しているの? 」

「はあ。まぁ、ちゃんと食事はとってますので 」


「そうじゃなくて、これから風邪とかひくこともできないし、お野菜もお肉もきちんとね。カップ麺とかそういうのじゃだめだよ」

「はい。気を付けます」


「うん.. あのね、もし ..あれだったら.. あっ!」


これから大切な場面に現れたのは噂の!


「よう、久しぶりだな」


「桃さん、こちらお友達の方ですか?」

「まぁ.. 私の先輩の方です」


「ちょっと話があるんだけどさ」


そういうと小早川さんは哲夫さんを見た。


「あ、桃さん、僕はコンビニ寄ってそのまま帰りますので.. お疲れ様です」

「はい。じゃ、哲夫さん、また明日」


小早川さんは、邪魔者を排除し、満足そうに薄ら笑いを浮かべている。


「ふふん、じゃあ、ちょっと今から付き合ってよ。車そこにあるからさ」

「小早川さん、何なんですか? お話があるならここでしてください。私、車に乗りませんよ!」


「..っ ....じゃ、ちょっと、歩くだけならいいだろ」

「 ..はい、それなら」





私と小早川さんは坂の下にある『大きなケヤキがある公園』で話をした。


「あのさ、俺は今月で研修生卒業なんだ。来月からは個人代理店としてようやく動いていくんだ」

「そうですか。おめでとうございます。来月からがんばってくださいね。」


「ああ.. 」

「それだけですか? じゃ、私も帰りますので.. 」


「それだけのはずないじゃないか。あのさ、いろいろ悪かったよ。俺もそういうつもりじゃなかったんだけどさ.. いろいろ。そのさ、謝るから水にながしてさ。その.. まず俺とお友達からでいいから.... 俺は柿沢とこれからもお付き合いをしていきたいなって」


「 ..あの今さら謝ってもらっても仕方がないことだし、別に謝ってもらおうとか思ってませんから、自由にしたらいいんじゃないですか? 私も小早川さんが『用がある』というのなら今みたいにお話を聞きますので」


「そうか.. なんだよ。なんでそんな風な感じで言うんだ.. あいつか? さっきの奴か? あんなのがいいのか? この前もお前らが練馬で一緒に歩いてるの見たぞ。あいつは司法試験のニートだろ? 知ってるぞ、俺は! いつ合格するかもわからないじゃねぇか。そんな当てのないニート野郎なんかよりも、俺の」


「あの! あの人は哲夫さんって名前なんです。今も夢に向かって一生懸命に前を向いてがんばってるんです。そして私に約束してくれたんだから!!  夢に向かって一生懸命努力する人を『ニート』とか言ってさげすむのはやめてもらえませんか? 『当てのないニート野郎』とか言って馬鹿にするのやめてよ! 小早川さんだって夢をみて研修生やっていたんじゃないんですか!? 」


「 ....そっか ..わかった。そうだな。もう用はすんだよ。悪かった 」

「それじゃ、私、帰ります。この先、小早川さん、代理店としてがんばってください。  それからまたオイル交換にでも来てください 」


****


LINE

『宮野さん、さっき小早川さんがきました。たぶん、宮野さんが思った通りの展開になりました 』

『そっか。一応、戸締りをしっかり! 太郎丸のリードも長くしときな! 』


『そうしておきます。ありがとうございました 』




グフゥ...フカ!フカ...ワン

「太郎丸。やっぱり、こういうのって胸が痛いね.... 甘えん坊だね。 君は.. 」


...フカ..フ...フカ..グフゥ..グフゥ

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