潜降41m 傷つくもの①

「桃ちゃん、こんにちは。もう大丈夫? 」

軽トラから話しかけてきたのはジンさんだった。


「ああ、ジンさん、ありがとうございます。おかげで安心しました」


あの例の怪しい車両は、その後ジンさんの仲間が見かけ通報。


警察の職務質問の後、取り押さえられた。

男女関係なく声をかけ、その後、店に誘うと逃げ道を塞いで、高額なお金を要求する詐欺グループだった。

この事件はTVニュースでも流れた。


「でも、太刀さんが先にあいつらを見つけなくてよかったよ」

「何でですか? 」


「気づかなかった? 太刀さん無口になっているのを 」

「はい。ここのところ静かになっているのは気づいてました」


「桃ちゃん、ああいうときの太刀さんはかなり怒っているときか復讐を考えているときなんだよ」

「え?? そうなんですか? 」


「そうだよ。俺はずっとヒヤヒヤしていたんだよ。しばらくあの状態の太刀さんを見なかったから」


これは相良さんが言っていたあの言葉と関係しているのだろうか?

『-どちらかというと太刀、お前の方が危ねぇもんな-』




「太刀さんが『危ない』って噓ですよね? 」

「桃ちゃんには危なくないよ。そういうのじゃないんだよ。太刀さんが危ないのは自分を傷つけてしまいそうな危うさなんだ」


「どういうことなの? ジンさん?」


私はジンさんから太刀さんの話を聞いた。

だって太刀さんには自分を傷つけるような事をしてほしくないから。


ジンさんは重い口を開いてやっと『太刀さんがこの会社に入ったきっかけ』の話だけをしてくれた。


——太刀さんは俺なんかとは全然違うタイプの人なんだ。

俺は仲間とつるんでちょっとした悪さなんかをしていたけど、太刀さんはあまり人と関わらないようにしていたよ。


なかにはそんな太刀さんを嫌う奴もいたけど、決して手を出したり、絡んだりする奴はいなかった。


それは太刀さんが異常な執念深さを持っている噂があったからだ。

やられたら、それをいつまでも根に持ち、それに見合った復讐をしようとするからだ。

ケンカが強い弱いじゃなく、所謂、たちの悪い男だよ。


太刀さんが怒ってたり復讐を考えているときはいつも黙りこくって静かなんだ。

それが何日も続く時もあった。


どこかで誰かが階段から落ちて入院すれば、『あれやったの太刀じゃないの? 』って言われるくらいだった。


桃ちゃん、高校生がケンカで3人を数秒でやっつけるなんてドラマとかアニメの話なんだよ。

実際、そんなことは格闘家の武勇伝くらいなものだよ。


でも、俺は見たよ。

太刀さんは偶然だったって言ってたけどね。


俺はこんな見た目だけどあまりケンカは強くなかったんだ。

あれは、ちょうど俺が3人にボコられていたところ、偶然そこを通ったのが機嫌の悪い太刀さんだった。


太刀さんが言うには、胸ぐらを掴もうと拳をだしたところ、その拳が丁度良い角度でアゴに当たったらしい。

相手は平衡感覚を失って手を突いた。

仲間が倒れた奴に駆け寄り、かがんだ瞬間、そいつの横腹の上あたりを蹴った。

肋骨が折れて、それで2人目。

もうひとりは完全に戦意喪失で、終わりだよ。


ほんの少しの出来事だよ。

こんなの滅多にあることじゃ無いから。

もっとも太刀さんは空手習っていたから出来たのかもしれないけど。

そのおかげで足癖も凄く悪いからね。


そしてあの日もいつものように太刀さんは何かに不機嫌だったらしい。

イラつきから通りがかった工場脇にあった一斗缶を蹴とばした。


その一斗缶には廃油が入っていて、それが道路に広がると大変なことになったんだ。

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