潜降40m 忍び寄る危険

正月三箇日が過ぎると、私は企業総合賠償責任保険の勉強を始めた。


1月14日に社員90名の中小企業「境システムズ(株)」に保険の説明をしに行かなければならないからだ。

企業総合賠償責任保険は施設賠償・請負賠償・生産物賠償、そのほか最近注目される人格侵害・名誉棄損に関する補償などが含まれる総合保険。


この中でも私が不得意なのが請負賠償責任の項目。

発注者・元受け・下請け・孫請けの関係や責任区分を頭に入れておかなければならない。

業界自体がよくわからないから..もう難しい!


しかし、この分野の保険を取れるようにしておけば柿沢自動車整備会社の保険料挙績はかなり増額する。


今年は保険の手数料UPが仕事の目標だ!!

そして舞いあがれ! 私の給与!!


今年は自動車免許も取りに行かなきゃいけないし、ダイビングももっとステップアップしたい。特にVisitが勧めるアドバンスのCカードを取りたいし..


「う~ん! やることいっぱいあるなぁ。よしっ!  がんばるぞ!  」

と言った矢先にベッドへ寝転ぶと勉強疲れのためか、そのまま寝てしまった。


・・・・・・

・・


目が覚めたのは20:00過ぎ。

私はスーパーLIKEに少し遅い夕食と朝食パンを買いにいこうと出かけた。


しばらく歩いて十字路を曲がる。


すると、スーっと後方から車が近づいてきた。

私の横に並走するように減速、そしてゆっくり窓が開いた。


「お姉さん、ちょっとお願いがあるのですが」

「はい? 」

私は道を尋ねられるのかと思った。


「ここにさ、アクセサリーが10点ばかりあるんだけど、これをお姉さん、受け取ってもらえないかな? もちろん料金などは取らない」


「え? なんですか??」


私は訳が分からないので聞き返した。

その私の顔をじっくりみて一呼吸置くと、男の人は続けた。


「この年末年始にデザインアクセサリーのイベントがあったんだけど、この品をそこに出し損ねて.. だからといって持って帰るわけにもいかない商品で。だからお姉さんにこのアクセサリーを受け取ってほしいんですよ。受け取った後はどこに売っても別に自由ですから。」


何か嫌な感じだ.. なんか危険を感じる。


男の人は続けた。

「だけどお姉さんも大人の女性だよね~。無料とは言え、ただ受け取るのも大人のする事じゃないでしょ。だからそこでちょっと私たちとお酒の一杯でも飲んで、名刺の交換でもしませんか」


奥にいるもう一人が私の顔を覗き込んだ。


『結構です。いりません! 』ときっぱり断ると足早に来た道を引き返した。


十字路を曲がりしばらくして後ろを見ると、あの車が付かず離れず付いてきているのがわかった。

私が見たことで停車し、中からこちらの様子をうかがっていた。


怖かった。

身がすくんだ。


(どうしよう。どうしよう。このまま家にもどったら..あとをつけられている..ダメだ!..)


少し駆け足で柿沢自動車を通り過ぎ、その先の坂をまっすぐ下った。


後ろを振り返るのが怖かった。


そして、昭和風の看板が飾られた家に着くと、私は夢中で呼び鈴を押した。


(哲夫さん、お願い! 出て! 哲夫さん!!)


「どちらさまですか? 」

哲夫さんの声がした!


「哲夫さん! 哲夫さん! 」


****


私は看板屋に入り事情を説明した。


哲夫さんは辺りを見渡し怪しい車がいないことを確認するとこう言ってくれた。


「桃さん、今日からしばらく僕は『哲夫の部屋』に泊まりますので安心してください」


哲夫さんは、一応警察にも連絡をしてパトロールの強化をお願いしてくれた。


****


年末年始の休み明け、会社でその出来事を話すと、お父さんは顔を真っ赤にして激高した。

すぐに外の階段と駐車場にセンサー付きのライトを設置してくれた。


そして強い口調でこう言った。


「今度、俺に真っ先に電話しろ! ヤローぶちのめしてやる!! 」


こんなに怒ったお父さんを見たのは初めてだった。

そして凄く心強く感じると涙が溢れた。


そんな私を見るとお父さんは眉毛を下げ、抱きしめてくれた。


太刀さんはパンチ王子ことジンさんに連絡をして、近辺に警戒網ひいてくれていたという。

太刀さん自身もしばらくの間、朝と晩に見回りをしてくれていた事は後で知った。


それ以降、私は怪しい車を見ることはなかった。


****


後にこの事件がきっかけで、私は太郎丸と出会うことになる。

それはまた後のお話で。

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