第9話【問題用務員とラッキースケベ】
さて、魔法列車の乗っ取りを試みた馬鹿どもを縄で縛ってからお説教である。
「で、だ」
ユフィーリアは小さく縮めた銀製の鋏をショキショキと鳴らしながら、食堂車の床でお行儀よく正座させられる人相の悪い男の集団と彼らを率いていた美丈夫を見やる。
眼球の片方は抉れているし、顔中もボコボコに腫れあがっている。生きていることが奇跡と言ってもいいだろう。
「何でこんな面白――じゃねえや、馬鹿なことをやったんだ?」
「ユフィーリア、半分ぐらい本音が出ていたが」
「気のせいだよ気のせい」
思わず本音がポロリと漏れそうになったが、ユフィーリアは咳払いして誤魔化した。魔法列車の乗っ取りなどなかなかない出来事である。もしこの場に問題児が全員揃っていたら、間違いなく魔法列車の乗っ取りに加担していたことだろう。
いや、加担ではなく犯人をとっ捕まえた上で自分たちが犯人になるぐらいはしてのける。だってその方が断然に面白いではないか。
顔がボコボコに腫れあがった美丈夫は、
「ヴァラール魔法学院に行きたかったんだ……」
「あ? 何でウチの学校に?」
どうやらこの美丈夫、ヴァラール魔法学院に用事があったらしい。確かにあそこは関係者以外の立ち入りを禁じているので、もし用事で押し入りたい場合は人質でも取った方がいいだろう。
まあ、応じてくれるとは限らない。学院長が性根の腐ったクソ野郎なので、交渉に応じる可能性は虚数の彼方と見ていいだろうか。
首を傾げるユフィーリアに、美丈夫が静かに語り出した。
「実は、オレはラッキースケベ体質なんだ」
「何だその面白い体質は」
「ユフィーリア、もう本音が隠せていない」
ショウからの冷静なツッコミに「気のせい気のせい」で押し通し、ユフィーリアは美丈夫のラッキースケベ体質とやらの尋問に取り掛かる。
「どういう仕組み? どんな感じなんだ? それっていつから?」
「答えるより実践した方が早いな」
美丈夫は縄に縛られた状態でも器用に立ち上がるが、足を
転んだ先にいたのはユフィーリアだ。「あ?」と何もないところですっ転んだ美丈夫を見ていたら、相手に押し倒されて一緒に食堂車の床へ倒れ込む。
そして、彼のラッキースケベ体質とやらを目の当たりにした。
「なるほど、こういうことか」
ユフィーリアは納得したように呟く。
転んだ美丈夫の顔面が、ユフィーリアの豊満な胸に埋め込まれていたのだ。通常の感覚を持ち合わせる貴婦人だったら「いやーッ!!」と叫ぶなり相手の頬を引っ叩くだろう。残念ながら相手は今世紀最大の問題児なので、この珍しい体質を面白がっていた。
ただしその体質を面白がっているのはユフィーリアだけで、ユフィーリアの可愛いお嫁さんは許さなかった。許すはずがなかったのだ。
「ユフィーリアに何をするこの変態!!」
「げぶぅッ!?」
いつまでもユフィーリアの豊満な胸に顔を埋めたまま動こうとしない美丈夫の脇腹を蹴飛ばしたショウは、蹴飛ばされた痛みのあまり身体を折り曲げる美丈夫の顔面をボコボコと蹴り飛ばす。瞳には絶対零度の光が宿されていた。
あれ以上の暴力はさすがに相手が死にかねない。
起き上がったユフィーリアは、無心で美丈夫を蹴りまくるショウに「おーい、ショウ坊」と呼びかける。
「おいで」
「ユフィーリアッ」
両腕を広げれば、即座に美丈夫を蹴飛ばすことを止めてユフィーリアの胸の中に飛び込んでくるショウ。グリグリと額を肩口に押し付けるその姿は、まるで主人に甘える猫のようだ。
うん、やはり嫁は可愛い。世界で1番可愛い。「ユフィーリア、ユフィーリア」と甘えた声で何度も名前を呼んでくるところもめちゃくちゃ可愛い。
ショウの背中をポンポンと撫でるユフィーリアは、
「で、そのラッキースケベ体質をどうにかしてほしくてヴァラール魔法学院に行きたかったのか?」
「ぶぶぅ(ああ……)」
もうボコボコに色々な部分が腫れているので、美丈夫の滑舌が悪化していた。
「ぶぶぅ、ぶぅ、ぶふふぅ(あの学院ならどうにか出来るかと)」
「面白がって実験されるのが目に見えるな」
ユフィーリアは遠い目をして、彼に待ち受ける運命を予測する。
学院長のグローリア・イーストエンドなら、確かに彼のラッキースケベ体質をどうにか出来るかもしれない。ただ、彼は人間でも魔法の実験台にしようとする性根が腐っている魔法使いなので、この美丈夫は確実にグローリアの実験道具と成り果てる。
まあラッキースケベ体質なんて面白い体質など、すぐにどうにかなってしまって飽きられることだろう。飽きられたら最後、彼は別の魔法実験で死ぬことになる。
結論から言って、ヴァラール魔法学院なら解決できるだろうが、まともに取り合ってくれる訳がなかった。
「でもまあ、解決できるには解決できるけどな」
「ぶぶぶッ(本当か?)」
釣られたばかりの魚よろしくビチビチと床の上で跳ねる美丈夫は、
「ぶぶふ、ぶぶぶぶふふぶぶぶふぅ(頼む、このラッキースケベ体質をどうにかしてくれ)」
「やっぱりこのまましばらく様子見でもしようかな」
「ぶぶぅ(そんなあッ!?)
うん、やはり面白いことになった。顔面がボコボコに腫れあがっていても、この美丈夫は随分と感情豊かである。
彼のラッキースケベ体質をどうにかすることなど、ユフィーリアにとっては赤子の手を捻るようなものだ。
何故なら、ユフィーリアは
ユフィーリアは銀製の鋏を掲げ、
「痛くはしねえから大人しくしてろよ」
「ぶふ、ぶぶふ(やった、これで)」
興奮のあまり飛び起きた美丈夫が、再び足を滑らせて転がる。
今度は何も当たらず、誰も押し倒すことはなかった。ただ無様にすっ転んだ美丈夫は「びふふふ……」などと言いながら上体を起こす。
しかし、彼のラッキースケベ体質は遺憾なく発揮された。彼が頭を突っ込んでいたのは、ショウのスカートの中だったのだ。
「ぶふ(あれ?)」
「やっぱり殺すか」
「むぶぶふ、ぶぶふー(誤解だ、待ってくれ)」
「なァにが誤解だウチの嫁のスカートに頭突っ込む変態に誤解も6階もあるかあ!!」
銀製の鋏を巨大化させ、変態的な美丈夫に斬りかかるユフィーリアはショウに抑えられながら暴言を吐き続けるのだった。
☆
結局、あのラッキースケベ体質な変態クソ野郎の件は学院長の実験台にしてやることを決めた。
「あンの野郎、ショウ坊のスカートの中に頭を突っ込むとか変態の極みじゃねえか」
「ユフィーリア、あれは不可抗力だから仕方がないのでは?」
「アタシだってまだやったことねえのに」
「ユフィーリア?」
ラッキースケベ体質を自称する変態クソ野郎のことを思い出してしまうユフィーリアは、苛立ちを鎮める為に注文した珈琲を啜る。苦味が舌いっぱいに広がっていき、徐々に思考回路も落ち着きを取り戻してきた。
全く、せっかくのデートを台無しにする勢いで変な奴に遭遇してしまったものだ。おかげで最悪の気分である。
もしグローリアがあの変態野郎で魔法実験をするならば、ユフィーリアも協力することにしよう。まずは髪の毛を全部抜いて、代わりに雑草を生やしてやる所存だ。
「ユフィーリア」
「ん、どうしたショウ坊?」
向かいの座席に腰掛けるショウは、行きにも飲んだ空茶の『雨』を啜りながら言う。
「怒っているか?」
「そりゃ怒るに決まってんだろ。アタシの可愛い嫁さんの秘密の花園に頭から突っ込みやがって……次に顔を合わせた時には4分の3殺しにしてやる……」
「なら、俺も怒る」
「んん?」
それまで綺麗な澄まし顔で雨粒が
「あの助平はユフィーリアの胸に顔を押し当ててきて……絶対に許さない。父さんに言い付けて冥府で石抱きしながら5時間のお説教の刑に処してやる」
「いや別にアタシのことはいいけど、ショウ坊の方が」
「よくない」
ショウは「むー……」とジト目でユフィーリアを睨みつけ、
「ユフィーリアは俺の旦那様だから、俺以外に身体を許したらダメだ。もし誰かに押し倒されていた場合、俺は浮気と判断してユフィーリアを押し倒した何某を冥府に叩き込んでやる」
「え、それアタシじゃなくて?」
「ユフィーリアはしっかり手錠と足枷で用務員室に繋いで、誰の旦那様なのかじっくりと教え込むことにする」
何故だろう、死ぬことよりも恐ろしいことが待ち受けているような気がする。
底知れぬ寒気を感じたユフィーリアは、思わず身震いをしてしまった。それまで頭の中を支配していたラッキースケベ体質の美丈夫に関する苛立ちなど、どこかへ消える勢いで怖かった。
しかし、それはそれで困ったものだ。可愛いお嫁さんの可愛い嫉妬は嬉しい限りだが、ユフィーリアの周囲にはエドワードやハルアがいる。それ以外にも学院長のグローリアや副学院長のスカイもいるので、一切の接触を断つのは難しいのではないだろうか?
「あのー、ショウさん?」
「何だ?」
「どこまで譲歩していただけます?」
「俺の知っているヴァラール魔法学院の関係者までなら」
あ、よかった。完全に断たれることはなさそうである。
「ところでユフィーリア」
「どうしたショウ坊」
「俺のスカートの中に頭を突っ込みたいという願望は本当のことか?」
「…………」
綺麗な笑顔で首を傾げるショウから、ユフィーリアはそっと視線を逸らした。
確かにその欲望はあるにはあるのだが、あれは思わず口から出てしまったアレであって本当にやるには心の準備が必要になるとかならないとかアレとかソレとか以下略。
多分、彼は言えばやってくれる。間違いない。可愛いお嫁さんは自分で言うのもあれだが、ユフィーリアのことを盲目的に愛しすぎているのだ。ユフィーリアに害あるものは排除し、ユフィーリアの言葉に従い、髪の毛1本どころか血の1滴までユフィーリアに捧げる勢いだ。
ショウは空になった空茶の
「頭、突っ込むか? 俺はユフィーリアにされるなら構わないが」
「いや構うから、こんな外で変態的な行動に移さないからアタシは」
「なるほど。では夜に、居住区画でなら問題ないな? この前買ったえっちな下着を穿こう」
「やべえ墓穴掘った!!」
お嫁さんの暴走気味な頑張り方に、ユフィーリアは頭を抱えるのだった。
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