第8話【問題用務員と魔法列車乗っ取り】

「はい、確かに」



 駅員に切符を見せれば、切符鋏で小さな紙に穴が開く。


 乗車を許可された切符を手にして、ユフィーリアとショウは人で溢れ返るイストラの駅構内を歩く。

 硝子製の天井から差し込む夕陽が、家路に着く魔法列車の乗客たちでごった返す駅構内を真っ赤に染め上げる。子供が「今日のご飯はぁ?」という甲高い声に母親らしき女性が「ハンバーグにしようか」などと微笑ましいやり取りが、すぐ側で聞こえてきた。


 ショウはケーキの入った白い箱を掲げ、



「ハルさんたちは喜んでくれるかな」


「アイツらなら絶対に喜ぶだろ。お前が選んだって言えば泣くぞ、多分」


「泣くだなんて大袈裟な……」



 そうは言っても実際にあり得そうなので、ショウは苦笑する他はなかった。


 魔法列車が停止している駅のホームへ足を踏み込めば、驚くほど乗客はいなかった。どうやらヴァラール魔法学院の方面へ向かう魔法列車には利用者があまりいないようだ。

 まあ利用者が存在しない理由も納得できる。ヴァラール魔法学院の所在地は山々と壮大な渓谷など、自然に囲まれた辺鄙な場所にあるのだ。そんな場所に用事がある人間は学院の関係者以外だと、周辺の魔法動物の生態系を調べる学者ぐらいのものだろう。


 雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、



「帰りは食堂車に乗ってみるか。軽くお菓子でも摘みながら帰ろうぜ」


「ケーキもあるのに?」


「エドたちには内緒だぞ」


「分かった」



 2人して悪戯小僧めいた笑い声を漏らし、開いたままの状態になっている扉から魔法列車に乗り込んだ。


 利用者が少ないからか、車内は静謐せいひつに包まれている。行きに切符鋏で切符に穴を開けた無愛想な乗務員すらもいない。どこかで仕事をしている最中なのだろうか。

 誰も利用している気配がない無人の個室を通り過ぎ、煌びやかな照明器具が等間隔で天井から吊り下げられた明るい廊下を歩く。魔法列車には食堂車も併設されており、長距離を移動する際は食堂車で食事を摂ることが出来るのだ。これは乗車賃に含まれていないので、別途料金を支払う必要がある。


 個室に食事を持ってきてもらうことも可能だが、やはり経験がないのであれば体験するのが1番である。



「今度は最初から食堂車に行こうな。あそこのナポリタンがお勧めでよ、エドがよく山盛りの状態でお代わりするんだ」


「そうなのか? そう聞いてしまうと気になってしまうな」


「お、じゃあ食べちまうか? 2人で1皿食えば夕飯も入るだろ」


「いいのか?」


「問題児なんだから悪く生きようぜ、悪くな」


「そうだな、悪く生きよう」



 しめしめと2人で笑うユフィーリアとショウは、食堂車に繋がる扉を開いた。



「あ゛?」



 真っ先に振り返ったのは、明らかに気質の人間ではない雰囲気が漂う筋骨隆々とした男だった。その手にはつい最近になって開発された銃火器形式の魔法兵器エクスマキナが握られている。6発分の弾倉がついたそれは、回転式拳銃リボルバーを模した魔法兵器と推測できる。

 髪の毛が1本も生えていない禿頭とくとうには蛇の刺青が施され、鋭い光を宿した双眸がユフィーリアとショウを真っ直ぐに睨みつける。刃のような視線とはまさにこのことだ。


 回転式拳銃の魔法兵器で肩を叩きながら、男は「おいおい」とユフィーリアに詰め寄ってくる。



「随分と別嬪さんじゃねえかァ、え? おい、お嬢ちゃん。大人しくしてねえとアヒンッ」



 ユフィーリアが無言で指を弾けば、食堂車の床から生えた巨大な氷柱が男の尻に突き刺さった。もちろん尻穴へ氷柱の先端が吸い込まれていった。最悪の結合である。

 尻に氷柱が襲い掛かってきた男は、白目を剥きながらビクンビクンと震えている。「ぉ、おごッ」と口の端から涎を垂らして、大変ご満悦の様子だ。その趣味は、さすがにユフィーリアも一生理解できないが。


 男の手から滑り落ちた回転式拳銃リボルバー魔法兵器エクスマキナを拾ったユフィーリアは、



「お、格好いいなこれ。貰っとくか」


「拳銃とユフィーリアの組み合わせ、最高……!!」


「ショウ坊、どうした?」



 ショウが唐突に拝み始めたので、さすがのユフィーリアも困惑した。「格好いい……抱いて……」と呟いていたが、これは無視する方が彼の精神衛生的にも得策だろう。



「うわ……」



 食堂車の様子を目の当たりにしたユフィーリアは、引き気味な表情を浮かべる。


 食堂車には他に利用客がいた。それだけならまだしも、全員揃って銃火器形式の魔法兵器エクスマキナを携帯していたのだ。決して安いものではないのに、合わせて20名弱の柄の悪そうな人間が食堂車にて魔法列車の従業員たちを集めていたのだ。

 そしてその従業員たちは縄に縛られた状態で、強制的に膝をつかされている。彼らの後頭部には魔法兵器の銃口が突きつけられ、恐怖のあまりガタガタと震えている様子だった。


 柄の悪そうな男たちは、仲間のケツに氷柱を突き刺したユフィーリアを睨みつけてくる。



「ああ゛? 何してんだクソアマ!!」


「オレたちを誰だと思ってやがんだ!?」


「舐めた真似してるとぶげぇッ」



 最後の奴には奪ったばかりの魔法兵器エクスマキナをぶっ放してやった。


 ちょうど銃口を向けた先が相手の眉間だったようで、引き金を引くと魔法兵器に充填された魔力が光弾となって射出される。簡易的な魔力砲になるのだろうか。

 射出された魔力の光弾が寸分の狂いもなく相手の眉間に叩きつけられ、後ろに身を仰け反らせた衝撃ですっ転ぶ。よほど強い衝撃が襲い掛かったのか、相手は白目を剥いて気絶していた。


 正直、投球などが下手くそなユフィーリアなので銃火器に関する扱いも非常に苦手である。眉間に当たったのも偶然だ。



「やべッ、当たっちゃった」



 ユフィーリアは魔法兵器エクスマキナを片手に苦笑すると、



「まあいいか。奇跡だ奇跡、帰ったらエドに自慢してやろ」


「このクソアマァァァ!!」



 2人も仲間がやられたことに激昂し、柄の悪い男ども総勢20名が一斉に銃火器形式の魔法兵器エクスマキナを構えた。


 ぞろりと揃った銃口の数々を眺めても、ユフィーリアは冷静でいられた。逆に思考回路が徐々に冷めていき、どうやって処すべきか身体が覚えている。

 彼らは知らないだろうが、ここにいるのは世界を終焉に導く最強の死神――七魔法王セブンズ・マギアスが第七席【世界終焉セカイシュウエン】である。喧嘩を売って簡単に勝てると思ったら大間違いだ。


 ユフィーリアはわざとらしく両手を上げると、



「そうカッカするなよ、お仲間の魔法兵器エクスマキナは返してやるから――」



 そう言ったユフィーリアは右手に持っていた回転式拳銃リボルバー魔法兵器エクスマキナを、



「――――やっぱやーめた☆」



 背後に向かって放り投げた。


 ユフィーリアの背後に控えているのはケツに氷柱が刺さって気持ち良くなっちゃっている馬鹿野郎――ではなく、世界で1番可愛いお嫁さんのショウだ。空中に舞う魔法兵器エクスマキナに手を伸ばし、彼は難なく受け止める。

 それを受け止めた姿を確認したユフィーリアは、雪の結晶が刻まれた煙管を柄の悪そうな野郎どもに突きつけた。



「今日がお前らの命日だァ!! 母ちゃんに懺悔の準備は出来たかケツの青いクソガキどもが!!」



 拘束された魔法列車の従業員を助ける立場にいるはずなのに、どうしてか悪役の気配が消えないユフィーリアは近くに立っていた柄の悪い筋肉馬鹿に飛びつくのだった。



 ☆



「ゥオラ!!」



 筋骨隆々とした男の懐に潜り込み、ユフィーリアは相手の顎に拳を叩き込む。ゴキンと音がすると同時に男は膝から崩れ落ちた。

 顎を殴られたことで脳震盪を引き起こした男の胸倉を掴み、仲間たちめがけてぶん投げた。彼らも中途半端な良心が残っていたのか、軽々と空中を舞う仲間の巨躯に押し潰されてしまう。


 男たちは「この野郎!!」と叫ぶと魔法兵器エクスマキナをユフィーリアに向けるが、



「ユフィーリアに何をするつもりだ」



 ショウの絶対零度の声が落ちると同時に、3度の銃声が轟いた。

 射出された魔力砲マギア・カノンが的確にユフィーリアへ魔法兵器を向けた男どもの眉間にぶち当たり、脳震盪を起こして気絶する。さすが普段から神造兵器レジェンダリィ冥砲めいほうルナ・フェルノを乗り回しているだけある。


 とうとう最後の1人になってしまった魔法列車の無断占拠犯は、ガタガタと震えながらもショウに魔法兵器を突きつけた。



「ウチの嫁に何してんだァ!!」


「げえはッ!?」



 食堂車の机に飛び乗ったユフィーリアによる飛び膝蹴りが炸裂し、男が窓を突き破って吹き飛んだ。他の気絶を果たした連中よりも気の毒な最後だった。


 さて、これにて従業員の救出は完了である。

 ユフィーリアは魔法を使って、従業員の身体を縛る縄を解いてやった。自動的にシュルシュルと音を立てて、縄が床に落ちる。



「た、助けてくれてありがとうございます!!」



 運転手らしき壮年の男が、ユフィーリアに涙を流しながらお礼を述べる。



「何があったんだよ、一体」


「そ、それが……急に乗り込んできて『動くな』と言ってきたんです。それで従業員たちが食堂車に集められて、縛られて……」


「へえ」



 状況は理解できたが、わざわざ魔法列車を乗っ取る必要があったのだろうか?

 気絶した犯罪者どもから情報を聞き出すのは簡単だが、別にユフィーリアはそこまで興味がある訳ではない。イストラに常駐する警察官に突き出してハイ終了である。


 雑魚を終焉に導く必要はない。適当な活躍を残してやるのも一興だ。



「ユフィーリア」


「ん、ショウ坊もお疲れさん。いい補佐だったぞ」



 的確な射撃の技術にユフィーリアは可愛い嫁に称賛の言葉を送るが、



「あの、ユフィーリア……その……」



 ショウの側頭部には、銃火器型の魔法兵器エクスマキナが突きつけられていた。

 彼を背後から抱きしめ、身動きを取れないようにしているのはやたら綺麗な顔をした男である。透き通るような金髪を一括りにし、切れ長の翡翠色の双眸でユフィーリアを見据えている。女性ならば黄色い声援を上げそうな整った顔立ちだが、ユフィーリアの琴線には触れなかった。


 薄い唇に下卑た笑みを見せる美丈夫は、



「大人しくしてもらおうか、お姉さん。この可愛い子の頭を吹き飛ば」


「――せるモンならやってみろ」



 ショウの側頭部に銃口が突きつけられた姿を認識した時点で、ユフィーリアの手には雪の結晶が刻まれた煙管から銀製の鋏に切り替えていた。錆びも汚れもない綺麗な鋏で、ユフィーリアの身長と同じぐらいの大きさはありそうだ。

 それを両手で掴めば、2枚の刃を留める雪の結晶の形をした螺子ねじが弾け飛ぶ。鋏の形式から双剣の形式に変化し、銀の刃を両手に装備したユフィーリアは強く床を踏み込んだ。


 狙うは奴のお綺麗な顔面である――いざ出陣。



「嫁に何してくれてんだ死ねカス!!」


「あああああああああああああああッ!?」



 容赦なく男の左眼球に鋏の先端を突き刺したユフィーリアは、痛みのあまり絶叫しながら床をのたうち回る美丈夫の顔面をボコボコにぶん殴ってやるのだった。

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